
「戦国自衛隊」は1979年に公開された、千葉真一が主演とアクション監督を務めた歴史SF映画です。
角川書店(KADOKAWA)が映画業界に進出し、それまでは短い映画の二本立てが多かった映画業界に2時間を超える大作を上映するスタイルを持ち込んだ頃の映画となっています。
千葉真一の芸能活動20周年、ジャパンアクションクラブ設立10周年という節目の年ということもあり、アクションシーンの力の入り方がすごい作品です。
過去にタイムスリップした自衛官たちの葛藤と活躍を描く、邦画の中でも異質な作品を今回は取り上げてお伝えしていきます。


戦国自衛隊(1979年)
伊庭義明(千葉真一)が率いる21名の陸上・海上自衛官たちは演習に参加するために新潟へ向かうが、突然補給地ごと別の時代へタイムスリップしてしまう。
そこで自衛官たちは謎の武者たちの襲撃を受け混乱するが、越後の武将である長尾景虎(後の上杉謙信)と遭遇し、今いるのが戦国時代であることを知る。
景虎は見たこともない自衛隊の装備に興味津々で、隊長の伊庭とも意気投合し仲間になる。
だが隊員たちの中でもこの状況でどのように行動するか意見が別れ、隊を離脱する者も現れた。
伊庭は景虎と親交を深めるうちに、この時代に自分たちが来たのは天下を取るためではないのかと考えるが…。
戦国自衛隊(ネタバレ・考察)
作品の中で無許可離隊した自衛官が村を襲撃するなど内容に問題があったため、自衛隊の協力が得られなかった「戦国自衛隊」は、制作の様々なところで苦労が伺えます。
完成に至るまでに見られた苦労を始めとして様々なトリビアをご紹介していきますので、映画好きとの会話のネタにしてみてはいかがでしょうか。
8000万円で戦車を自作
最初に制作陣は自衛隊から61式戦車を借りようと考えていましたが、上記の要素などにより協力が受けられなかったため、戦車を1台組み立てることになりました。
ファンの間では角川61式戦車と呼ばれるこの車両は8000万円かけて作られた実物大模型で、自走可能かつ発射エフェクトも出るというすごい代物です。
制作の参考になったのは、プラモデルメーカーのタミヤが出している1/35の61式戦車で、これをベースに原寸大まで拡大してパーツを作り出し組み立てるという凄まじさ。
事情を知らない人たちは映画の角川61式戦車を見て、自衛隊がよくぞここまで協力してくれたと感動したそうですので、技術力の高さが分かります。
「戦国自衛隊」で出番が終わったこの戦車は後に「ぼくらの七日間戦争」という映画で登場するなど、様々な映画やキャンペーンなどで活躍しているようです。


自衛隊の装備を作るのに一苦労
戦車だけでなく、登場する車両やヘリコプター、銃器類も改造や制作、塗装の変更をするなど苦労が多かったようです。
装甲車はアメリカの対空自走砲をカスタムして制作、小型トラックはジープを陸上自衛隊仕様に改造して使っています。
ヘリコプターは空輸会社から借りて塗装を変えていますが、シコルスキーS-26と呼ばれるこの機種は海上、航空自衛隊は使っていますが陸上自衛隊では採用されていません。
衣装はアメリカ軍の熱帯活動用戦闘服になっており、サスペンダーやベルトなどは自衛隊の流出品を使っているようです。
銃火器類はメーカーにプロップガンを発注し、「戦国自衛隊」のあとも自衛隊の装備が必要なシーンではよく使われています。
千葉真一がこの映画にかけた情熱
主人公である伊庭を演じると同時に、アクション監督として出演者のスタントシーンをコントロールするなど大活躍した千葉真一なくしてこの映画は完成できませんでした。
千葉真一率いるジャパンアクションクラブの見せ場や、物語を彩ったシーンの裏話を含めてお話していきます。
ヘリパイロットの活躍と苦労
船で隊を離脱した矢野隼人(渡瀬恒彦)を追いかけていくときに、ロープ1本でヘリにぶら下がりながら銃撃するアクションシーンがあります。
この時千葉は足にハイスピードカメラをぶら下げ、高速で海面上を移動するシーンを自ら撮影しているのです。
1979年当時のハイスピードカメラは重量がある上にサイズも大きく、危険を伴うものでしたが迫力あるシーンを撮ることができました。
またジャパンアクションクラブの新進俳優で、武田勝頼として出演していた真田広之は、川中島の戦いでホバリングするヘリに飛び乗り、味方が広げた布の上に飛び降りるアクションを見せています。
ヘリから布の上に飛び降りるシーンは1発勝負でしたが、真田は見事に決めてみせたのです。
数々のヘリシーンで素晴らしい技量を見せたのが、パイロットの加納正です。加納は1万時間以上のヘリ飛行経験を持ったベテランで、日本で5本の指に入る技量でした。
城郭や馬にギリギリまで近づく難しい飛行を披露し、スタッフやキャストを感嘆させ、名場面を作り出したのです。
加納のいるシーンは彼抜きでは撮影できないため、役者としては素人ですがキャストとして出演しています。
馬にもお金と手間を惜しみなくかける
ヘリのシーンと同じく、騎乗している兵の目線を見せるために千葉真一自身がカメラ付きのヘルメットを被り、撮影に参加しています。
この他にも疾走する馬上から落ちている弓と矢を拾うシーンをスタント無しで撮るなど、千葉の映画にかける情熱は凄まじく、スタッフを大いに心配させました。
馬はアクションに向いているアメリカンクォーターホースを輸入し、撮影に入る1ヶ月前から千葉やジャパンアクションクラブのメンバーと共に生活して訓練したのです。
馬が倒れるシーンでは怪我がないようにクッションを敷き、安全に撮影されました。
川中島の戦いで武田信玄の首をとった伊庭に向かって、武田勝頼が槍を投げ、馬上から斬りかかるシーンがありますが、ここもスタントなしで千葉真一と真田広之が演じています。
武田の武者たちが馬の側面に張り付き、そこから馬上へと移るスタントは千葉真一が過去に別作品で見せたものをジャパンアクションクラブのメンバーが再現したものです。
合戦のシーンでの多彩なアクションや迫力あるカメラワークは、馬たちと千葉真一率いるジャパンアクションクラブの活躍で出来上がっています。


武田軍と対決した自衛隊はどう戦ったのか?
戦国時代にタイムスリップしてしまった自衛隊員は、現実離れした状況の中で各々がどう生きるべきなのか悩みつつも川中島の戦いで武田信玄軍と戦います。
訓練された若干11名の自衛官が、現代兵器を使って2万の軍勢を相手に戦うシーンは「戦国自衛隊」の一番の見どころになるのです。
現代兵器を駆使して戦う自衛隊と、最強騎馬軍団を操る武田軍の対決についてスポットを当てていきましょう。
戦国時代の武者は恐れを知らない
自衛官たちは訓練を積んでいますが、いままで景虎を支援することあっても、自衛隊のみの大規模戦闘は川中島の戦いが初めてになります。
機銃や戦車があっても訓練とは違い、武田軍の武者たちが押し寄せるなかでパニックになり、本来の能力を発揮することができません。
一方、戦国時代の武者たちは常に戦争を体験しており、殺し殺されることが日常の中にあるといっても過言ではないでしょう。
撃たれても撃たれても前進してくる武田軍の士気の高さは、自衛隊員が恐怖するのも分かります。
武田軍は兵器対策をしていた
景虎は主君に反逆し兵を挙げるなど、伊庭と手を組んで戦車やヘリコプターを使っていたため、武田軍は謎の兵器の存在を知った上で対策を講じていました。
車両には丸太を落としたり、落とし穴を掘ることで行動不能にさせ、そこに火をつけた木材を突っ込ませることで破壊します。
これによって弾薬を搭載したトラックが爆発、装甲車が行動不能になるなど戦力を削がれていくのです。
ヘリコプターは低空ホバリングをしている際に武田勝頼に乗り込まれ、乗員を殺害され墜落します。
装備に適した戦法を取っていれば楽に勝てた?
自衛隊の装備を考えて、伊庭は火力で押し切れると考えたのでしょうが、認識が甘かったのではないでしょうか。
確かに序盤は遠距離からの砲撃などで優位に立ちましたが、接近戦闘になると多勢に押されてしまいます。
ヘリコプターという兵器を持っているのですから、上空から本陣を探し出し武田信玄を狙えば総崩れを狙えたと思います。
自衛隊の全滅寸前に伊庭が敵本陣へ突撃し、武田信玄との一騎討ちに持ち込んで辛くも勝利を収めましたが、殆どの装備と隊員を失った自衛隊はもはや戦力とはいえませんでした。
ドラマとしての「戦国自衛隊」
斎藤光正監督は青春ドラマなどで実績があり、本作もプロデューサーの角川春樹いわく日本の「アメリカン・グラフィティ」を作ると意気込んで制作しました。
ですが圧倒的なクライマックスのビジュアルやアクションの前では、青春ドラマの一面があるということを忘れてしまいがちです。
映画の中に織り込まれている青春要素をチェックしていきましょう。
伊庭と景虎の運命的な出会い
タイムスリップした後に会話した武将、長尾景虎は伊庭と交流を深めていくうちに、伊庭の中に武将としての野望を感じるのです。
一緒に天下を取らないかと誘うことで二人の間には友情を超えた絆が芽生えます。
伊庭は自衛隊での訓練の日々に飽きており、実戦を感じられる戦国時代で友を得たことで青春を手に入れるのです。
元の時代に戻りたいという隊員に激昂し、銃を突きつける伊庭はもはや昭和の人間ではありませんでした。
ですが景虎は、他の大名から正体のわからない伊庭たちは天下人として認められない、手を組んでいれば景虎も朝敵とみなすと告げられ、苦渋の決断の末に伊庭たちを討ちます。
戦国の世に生きようとした伊庭が、戦国側から排除されてしまう物悲しさが青春ドラマかつSFとして優れた脚本だと感じさせてくれるのです。
伊庭と景虎の交流シーンは実際に親友だった千葉真一と夏八木勲が演じたからこそ、つながりを深く感じさせます。

青春がない隊員のほうが多かった
自衛隊の隊員たちの中でも、様々なドラマが語られます。演習地で離隊して彼女と駆け落ちしようとするものや、隊内でクーデターを企んでいたものなどバラバラです。
彼女と駆け落ちしようとしていた菊池隊員(にしきのあきら)はタイムスリップを信じることが出来ず、友人の隊員と隊を離れて山中を進みますが、野武士に襲撃されて命を落とします。
クーデターを起こした矢野隊員(渡瀬恒彦)は戦国の世で好き勝手に生きることを決め、重火器を持ち出して哨戒艇で村を襲いますが、伊庭の手によって粛清されるのです。
矢野の自分勝手な行動を罰している伊庭が、いつの間にか戦国時代に魅了されて部下を自分の野望のために従わせる展開も、皮肉の利いたメッセージを感じます。
矢野や伊庭のように自分の意志で生き方を選べれば青春かもしれませんが、上官に振り回されて死んでしまった隊員たちの青春とは何かと考えざるをえません。
音楽を織り込むことで青春ドラマに深みを出す
要所でバラードやニューミュージックを織り込んでいるのですが、参加しているアーティストが豪華で名曲が多いのも特徴です。
映画音楽を多く手掛けている井上堯之、ロックやレゲエで名を知られる名シンガーのジョー山中、歌手への楽曲提供が多い高橋研らが候補に上がりましたが、全員違う事務所に所属していたため制作は難航すると思われました。
ですがプロデューサーの角川春樹が垣根を超えて全員を集めてすべてボーカル曲のサウンドトラックを作り、完成させたのです。
中でも松村とおるはメイン曲である「戦国自衛隊のテーマ」を作り、一躍映画ファンに知られることとなります。
まとめ
自衛隊と戦国武将、どっちが強い?という男子が思いつきそうな架空戦記を見事に映画化した「戦国自衛隊」。
現代のSFでは定番とも言えるタイムスリップを組み込み、ダイナミックなアクションと合戦シーン、熱い歌声で男子のハートを鷲掴みにします。
製作者の熱量と力技で勢いを作り、それで押し通すあたりが70年代の角川映画らしくパワフルで、細かいことを抜きにすればかなり楽しめるでしょう。
男の友情と野望、そして破滅を描いた作品として、観るべきところのある作品です。