「ボヘミアン・ラプソディ」は2018年に公開された、イギリス・アメリカによる合同制作の伝記映画です。
伝説となっているブリティッシュロックバンド「クイーン」の栄光と苦難をボーカルだったフレディ・マーキュリーのエピソードを中心に描いています。
オリジナルメンバーであるブライアン・メイ(ギター)とロジャー・テイラー(ドラム)が全面協力し、134分の上映時間にバンドの歴史をきっちり詰め込んでいるのです。
主演のラミ・マレックはフレディの魂が宿ったかのような演技で観るものを圧倒し、アカデミー主演男優賞を獲得しました。
また音楽の素晴らしさや、世界最高のライブに選ばれた「ライブ・エイド」のパフォーマンス再現が評価され、編集賞と録音賞、音響編集賞も獲得し4冠に輝いたのです。
「クイーン」の音楽が持つ力とドラマティックな内容に圧倒される「ボヘミアン・ラプソディ」の魅力を、トリビアや考察を含めてお伝えしていきます。
ボヘミアン・ラプソディ(2018年)
移民の子としてイギリスで暮らすフレディ・マーキュリー(ラミ・マレック)は、音楽への情熱を抱えながら自身の生い立ちや容姿にコンプレックスを持ち、突破口を探していた。
ある日行きつけのライブハウスで、フレディがファンとして応援しているバンドのボーカルが抜けたことを知り、自分をボーカルとして売り込む。
ブライアン・メイ、ロジャー・テイラーはフレディと新たなベーシストであるジョン・ディーコンを迎え入れ、新たなバンド「クイーン」を結成する。
個性的な4人は非凡な才能を持っており、お互いが刺激を与え会う関係が「クイーン」の実力と評価を伸ばしていく。
メジャーデビューが決まり、ヒットを飛ばしたところでプロデューサーからすでに売れている曲と同じ系統の新曲を要求されるが、メンバーは拒否。
これまでにない曲を世に出すと意気込んで作られたオペラとロックの要素を併せ持った新曲「ボヘミアン・ラプソディ」が完成するが、6分という異例の長さになった。
ラジオ局ではこんな長い曲をかけてもらえないと猛反発を受けるフレディたちだが、友人のラジオDJに曲を流してもらうとファンからは圧倒的に支持される。
世界ツアーも成功させ、一世を風靡するクイーンのメンバーたちだが、家族を持つ他のメンバーと違ってフレディは孤独に襲われていた…。
ボヘミアン・ラプソディ(ネタバレ・考察)
世界中で大ヒットし、特に日本では口コミでの拡散とリピーターの多さから公開日が過ぎるごとに来場者数が増えていくという今までにない売れ方をした本作。
異例のロングランに続き、一緒に合唱できる応援上映まで開催された「ボヘミアン・ラプソディ」の、実話をベースにしたからこそのトリビアを見ていきましょう。
映画が始まる前からクイーン仕様
クイーンのギタリストであるブライアン・メイは演奏するときにピックを使わず、代わりに6ペンス硬貨で弾くため、オリジナルギターと相まって独特の音色を奏でます。
そんなブライアンの演奏が最初に聞けるのは、実は上映前なのです。
20世紀FOXの独特のファンファーレがロックアレンジされており、映画の世界に入る前から観客のテンションを上げてくれます。
本作のサウンドトラックにもこのアレンジファンファーレが収録されているので、映画を観て気になった方はサントラを購入しましょう。
クライマックスから撮影し始めた
「ボヘミアン・ラプソディ」がクランクインして最初に撮影されたのは、「史上最高のライブ」として万人が認めた伝説のステージ、ライブ・エイドの演奏シーンでした。
実際に開催された旧ウェンブリー・スタジアムはすでに解体されてしまった後だったので、イギリスの飛行場にスタジアムを建て、当時の様子を完璧に再現したのです。
特にコンサートステージはライブに参加したアーティストに「ピアノの上にあるペプシのコップの位置まで完璧だった」と言わしめる再現度になりました。
集まった7万2千人の観衆は特殊映像チームが最先端の技術を使って再現し、同じ動きをしている群衆が居ないだけでなく、クイーンの前に出演したU2のフラッグを持つ観衆もいるなどとてもリアル。
クライマックスとして映画で最も盛り上がるシーンが最初に撮影されたとはおもえないほどに、フレディや他のメンバーのパフォーマンスは素晴らしく、感動を与えてくれます。
”ボヘミアン・ラプソディ”ネタの映画を逆に引用
レコード会社のプロデューサーであるレイ・フォスターが、楽曲”ボヘミアン・ラプソディ”を聞いてシングルリリースすることに反対するシーンがあります。
レイは「”I’m in Love with My Car”はどうだ? ティーンエイジャーが車の中で頭を振りながら盛り上がれる曲だと思う」と提案するのです。
このシーンはレイ・フォスターを演じているマイク・マイヤーズが出演している映画「ウェインズ・ワールド」(1992年)へのオマージュになっています。
「ウェインズ・ワールド」で主人公たちがドライブしながらノリノリで頭を振って聞いていたのは”ボヘミアン・ラプソディ”なので、知っていると笑えるシーンです。
この映画はフレディが死去したタイミングで上映され、劇中で流れる”ボヘミアン・ラプソディ”が新旧ファンの人気を呼び史上初となる同一曲2度目の全英1位を飾りました。
複数の作品にまたがる監督/演者/登場人物
「ボヘミアン・ラプソディ」の監督はブライアン・シンガーになっていますが、彼は撮影中に現場を離れてしまい、製作総指揮を担当するデクスター・フレッチャーが引き継ぎました。
規定により監督の表記はブライアンになり、デクスターはクレジットされませんが、本作の後に音楽伝記ものとしてエルトン・ジョンを扱った「ロケットマン」(2019年)を監督します。
クイーンのマネージャーで、「ボヘミアン・ラプソディ」では途中で解雇されてしまうジョン・リードが、「ロケットマン」ではエルトン・ジョンのマネージャーとして登場するのです。
ジョン・リードは2つの音楽伝記作品に登場するほど著名なマネージャーということが分かります。
「ボヘミアン・ラプソディ」ではエイダン・ギレンが、「ロケットマン」ではリチャード・マッデンがジョン・リードを演じていますが、両者には共通項があるのです。
両者とも人気ファンタジードラマである「ゲーム・オブ・スローンズ」に出演しており、不思議な縁を感じます。
「ボヘミアン・ラプソディ」が爆発的にヒットした理由
伝説のバンドである「クイーン」の誕生と歴史を2時間強に収めたため、実際のバンド史とは異なる展開があり、ファンの議論も白熱した本作。
10年を超える制作期間の中で配役や制作のトラブルがあり、完成しただけでも喜びの声が上がりました。
ですが公開されるやいなや、映画を観た観客は感動を再び得るためにリピートを繰り返すほどの魅力を持っています。
なぜこれだけの魅力を持つようになったのか、原因を紐解きつつ考察していきましょう。
史実を映画としてアレンジしクライマックスへ誘導
映画タイトルが示している「ボヘミアン・ラプソディ」とはクイーンの楽曲名であると同時に、訳するところでの「はぐれ者の狂詩曲」なのです。
これは移民という背景を持ち、自分の容姿や内に秘めるコンプレックス、性的マイノリティについての悩みなどを抱えたフレディのことを表しています。
そんなフレディが夢を叶え、才能を発揮して名声を得るものの私生活はうまく行かず、独善的に振る舞う自分を反省し大事なものを取り戻す、基本プロットはこれだけです。
この軸にクイーンというレジェンドの誕生と隆盛の歴史が全体を底上げし、はぐれ者フレディを演じるラミ・マレックの表現力と相まってストーリーを盛り上げてくれます。
ライブ・エイド出演に向かって流れを作っているので、バンドのファンは他メンバーの描写が物足りないと感じる人もいるかもしれません。
ですがメンバー全員と観客が一つになる20分間のライブシーンは充分なカタルシスを与えてくれるため、高い満足度を得られるのです。
フレディは亡くなってしまいますが、彼が残した偉大な功績が綴られるため、喪失感よりも感動が残るようになっているのもファンが増えた原因でしょう。
音楽と人間ドラマの絶妙なバランス
「ボヘミアン・ラプソディ」はドキュメンタリー映画ではなく、クイーンとフレディ・マーキュリーを軸にした人間ドラマとして描いています。
数々のヒット曲が映画を彩りつつも、楽曲の制作秘話的な場面を最低限に抑えているのは、クイーンというバンドを語る上で既に使い古されている手法だからでしょう。
主題曲である”ボヘミアン・ラプソディ”は、曲が出来上がるまでの伏線が劇中で無数に描かれており、映画を観る人が自由にイメージできるようになっています。
また劇中で「歌詞はリスナーのもの」と言っているように、歌詞を知っている人がどう解釈するかは任されており、性的マイノリティを描きつつもそれを曲と紐付けていません。
もちろんフレディの歌う楽曲は凄まじいパワーを持っており、クイーンを知らない人たちにも音楽の魅力を存分に伝えてくれます。
音楽とドラマが足し算ではなく、掛け算となって観る人をとりこにしたことが、「ボヘミアン・ラプソディ」をロングヒットへと導いた原動力なのです。
ライブ・エイドを現地で体験しているかのように楽しめる
クライマックスは1985年に開催されたチャリティイベント「ライブ・エイド」でのステージシーンです。
実際のライブでは6曲を演奏しましたが、映画では”ボヘミアン・ラプソディ”、”RADIO GA GA”、”ハマー・トゥ・フォール”、”伝説のチャンピオン”の4曲になります。
クイーンを知らない人がこのライブシーンを見ても惹き込まれるのは、監督の手腕、クイーンの演奏の凄さ、ラミ・マレックのパフォーマンスに依るところが大きいです。
降板してしまったものの、ブライアン・シンガー監督は映画のためにスタジアムを作り出し、1日1曲というペースで念入りにライブシーンを撮影しています。
そしてフレディ・マーキュリーを研究しつくして再現してみせたラミ・マレックと、バンドメンバーを演じた俳優陣が力を合わせてパフォーマンスを発揮しているのです。
このシーンは実際にライブ・エイドでクイーンが演奏した際の音源をリマスタリングして使用しており、観客の声も本物を使っています。
映画を観る人は、数十年の時を超えてウェンブリー・スタジアムで、世界中の人が認めた「世界最高のライブシーン」を体験できるのです。
これは映画という枠を超えて、体験型アミューズメントの粋に達しています。
丹念にメンバー同士の衝突と和解を描ききり、起承転結の後ろに来るボーナストラックとして楽しめるため、その爽快感はひとしおです。
絶好調の喉を感じさせるフレディの歌声とクイーンの演奏が、劣化を感じさせないクオリティで聞ける奇跡のライブシーンを楽しんでください。
フレディが求めた「家族」と「対話」
フレディの人生を振り返り、クイーンのメンバーたちが作った楽曲を流すことで、制作陣からのメッセージを伝えている「ボヘミアン・ラプソディ」。
フレディのセクシャリティな部分ばかりに目が行きがちですが、そこは本作の一片を見ているだけに過ぎません。
オープニングからクライマックスのライブシーンまで繋がっているテーマである「家族と対話」について考察していきましょう。
断絶から復活を遂げる2つの家族
ペルシャ系インド人であるフレディはその顔立ちから「パキスタン野郎」を意味するパキという蔑称で呼ばれていることにうんざりしていました。
フレディは自分の出自を嫌い、ファルーク・バルサラという本名を家族に相談もせず、フレディ・マーキュリーという名前に変更して公的に登録してしまいます。
価値観の違う息子にため息をつく父親、賛成はしなくても認めてくれる妹、生き方を応援してくれる母という家族がいるフレディですが、一度離れてしまうのです。
そんな彼の第二の家族となるのがクイーンのメンバーたち。「バンドは家族」と言っているように、はぐれ者の4人は全員が同じ方向を見つめて音楽制作に没頭します。
時にはぶつかり合うこともあるけれど、お互いを信頼し尊敬し、共に過ごすことで絆が生まれていたのです。
ですがフレディは自分の気弱さからくる孤独感とそれを隠すような傲慢な態度でバンドメンバーと関係がこじれていきます。
友人であり恋人であったメアリーと離れ、恋愛関係にあったポールの策略でソロデビューすることになり、クイーンは解散の危機を迎えるのです。
2つの家族を失い、自身が死の病に冒されたことを知ったフレディは、自己中心的だった自分の態度を改め、バンドメンバーに謝罪し受け入れられます。
ライブ・エイドに出演する直前、友人の男性を連れて実家に行くフレディは、福祉活動のためにこれからライブをすると家族に告げるのです。
新聞やテレビ、ラジオなどで活躍を見守っていた父から善行を褒められ、いつも応援してくれていた母にはステージでキスを送ると約束したフレディは家族と和解します。
フレディのルーツである2つの家族で起きた、断絶から関係の修復に至るドラマがあるからこそ、フレディは短い命でありながら自分の価値と生き方を再確認するのです。
人生に必要なことは対話
「ボヘミアン・ラプソディ」は大事なシーンで、フレディが周囲の人間と対話が成立するかどうかで彼の置かれている状況の変化を描いているのです。
フレディは改名したあとにクイーンでデビューし、実家にいるときにレコード会社から「フレディ宛」の電話を受け取り、対話します。
ここはフレディの成功の始まりとなるシーンで、自分のルーツを捨てて新しく羽ばたく男の姿を演出しているのです。
またツアー中にメアリーに電話するシーンがありますが、最初はメアリーと対話できているのですが、2回め3回めと続くうちにメアリーとの齟齬が発生していきます。
別れて友人になったメアリーとフレディの間では電話を介してお互いのすれ違いを表現するなど、対話とそのための装置である電話が効果的に描かれているのです。
家族やメンバーとすれ違っているときはうまく行かず、対話が成立することで進歩する描写を見せた後、最後に対話するのはライブ・エイドの観客です。
ステージ上で見せるコール&レスポンスで、7万以上の観客はフレディの呼びかけに対して、予行演習をしたかのような精度でレスポンスを見せます。
この一対多の対話シーンで、フレディが死ぬまでパフォーマンスを続けていきたいと願うことへの「同意」が得られるのです。
映画を通じて冒頭から最後まで対話を重んじてきたからこそ、ライブ・エイドのコール&レスポンスはその場の観客だけではなく、映画を観ている人にも届くのでしょう。
まとめ
監督の降板を始めとして、完成までに紆余曲折があったものの、結果として世界的な名作となり、ポテンシャルを遺憾なく発揮した本作。
もともとクイーンがドラマチックなエピソードを多く持っていることもありますが、伝説となるバンドを決められた時間の中で最大限に詰め込んで無事に着地させているのは見事です。
スキャンダラスな部分も最低限に抑えてあり、どの年齢層が観てもプラスの経験として胸に残る作品ですので、未見の方はぜひ一度体験してください。
フレディ・マーキュリーというコンプレックスを抱えた男性が、自分を肯定するにいたる人物描写は音楽映画という括りで縛れない感動と勇気を与えてくれます。
2回目以降の視聴は、劇中で流れる曲のそれぞれに込められた製作者のメッセージを受け取るべく、翻訳歌詞をチェックしながら鑑賞するといいでしょう。
特にスタッフロールで流れる”Don’t Stop Me Now”、”The Show Must Go On”の歌詞を知ると、より余韻が増すのでおすすめです。