美しいアルプスの自然で踊る女性

「サウンド・オブ・ミュージック」は、1965年に公開されたアメリカのミュージカル映画です。

リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世による1959年初演のブロードウェイミュージカルを、「ウエスト・サイド物語」のロバート・ワイズ監督が映画化しました。

ジュリー・アンドリュース、クリストファー・プラマー、エリノア・パーカーと、古き良きハリウッドの大御所俳優たちが出演した楽しいミュージカルで、映画史に残る名作です。

第二次世界大戦前から戦後、ヨーロッパ・アメリカで活躍した「トラップ・ファミリー合唱団」の実話を基にした物語になります。

この映画のロケ地、実際にトラップ一家が辿った旅のルートなど、ネタバレにまつわる小話、考察をご紹介していきましょう。

サウンド・オブ・ミュージック(1965年)

見どころ
長年にわたり愛され続けている名作ミュージカル。「ドレミの歌」、「私のお気に入り」、「エーデルワイス」など劇中で歌われる名曲の数々が作品を盛り上げる。
出典 : video.unext.jp

あらすじ
1938年、オーストリアにある古風で厳格なトラップ家に家庭教師としてやって来た修道女・マリア。彼女は7人の子供たちに音楽や歌うことの素晴らしさを伝えようとするが、大佐とは事あるごとに衝突してしまう。やがてマリアは大佐に惹かれていき…。
出典 : video.unext.jp

サウンド・オブ・ミュージック(ネタバレ・考察)

7人の子役たちの可愛らしい演技と素敵な歌の数々が楽しめる「サウンド・オブ・ミュージック」。

元軍人の大佐・トラップ氏に家庭教師として雇われたお転婆な修道女だったマリアが、子どもたちやトラップ氏に受け入れられ、家族の一員となる物語です。

この映画の小話をご紹介します。

NG映像がそのまま使用される

マリアがトラップ家に初めて向かうシーンで、中庭を駆け抜けていたジュリー・アンドリュースはつまずいて転びます。これはアクシデントでした。

しかし、監督のロバート・ワイズはこれを気に入って、その映像をそのまま採用しました。

7人の子どもたちの家庭教師になるマリアの緊張をよく表していると感じたからだそうです。

本物のマリアとトラップ家の子どもたちがカメオ出演

この映画は実話を基にしていて、登場人物はほぼ全員実在しました。

実は本物のマリアとトラップ家の子どもたちが、この映画に出演しています。

アンドリュース演じるマリアがトラップ家に初めて向かう途中、建物のアーチをくぐった後ろに、画面向かって左から右に横切る人々がそれです。

ぜひ画面でチェックしてみてください。

今でも映画のままのロケ地

この映画は、風光明媚なオーストリアのザルツブルクやザルツカンマーグートで撮影されました。

撮影されたのは1964年ですが、それらのロケ地では今でも映画そのままの美しい風景を見ることができるのです。

機会があったら、ぜひロケ地めぐりをおすすめします。

現地へ行くと、劇中マリアと子どもたちが歩いたのは、あの通りだ!!とか、ナチスの追っ手がかかったのはあの家の門だ!!など、様々な楽しい発見があることでしょう。

  • マリア所属の修道院:ザルツブルク、ノンベルク修道院外観
  • 「ドレミの歌」を歌った庭園:ザルツブルク、ミラベル庭園
  • トラップ家邸宅:ザルツブルク、レオポルドスクロン宮殿、フローンブルク宮殿
  • 結婚式場:ザルツカンマーグート、モントゼー教会
  • 音楽祭会場:ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ(岩窟乗馬学校劇場)

結婚式シーンには実際の大司教が出演した

マリアとトラップ氏はお互いを愛するようになります。

二人の結婚式のシーンのリハーサル中、スタッフたちは、結婚式を執り行う聖職者役の俳優を手配することを忘れていたことに気が付きました。

これから聖職者役の俳優を手配していたのでは、撮影が滞ってしまいます。

そういうわけで映画の中で結婚式を執り行っている聖職者は、俳優が演じているのではなく、ロケ地の地元・ザルツブルク大聖堂の当時の本物の大司教(アンドレアス・ローラッハー)でした。

大司教といえば、カトリック教会の位の高い人ですね!!
そんな権威ある人が快く映画に出演してくれたのです!!

末っ子が溺死!?

劇中で、当初7人の子どもたちは、全員揃いの服を着せられ、父であるトラップ氏が吹く笛に合わせて一糸乱れず行動することを強要されていました。

そんなトラップ家の子どもたちも、マリアが家庭教師になってから、すっかり子どもらしくはしゃぐようになりました。

楽しいボート遊びで大騒ぎしたマリアと7人の子どもたちがボートから湖の浅瀬に落ちてしまい、子どもたちのあまりの暴れん坊ぶりに生真面目なトラップ氏が驚くシーンがあります。

撮影にあたって、末っ子のグレーテルを演じていた子役のキム・カラスは泳げなかったので、湖に落ちたときにアンドリュースがキムを抱っこすることになっていました。

しかし、撮影中アンドリュースは、うっかりキムと反対側に落ちてしまいます。

結局次女ルイーザを演じる13歳のヘザー・メンジーズが代わりにキムを助けなければなりませんでした。

アンドリュースは、これについて何年も罪悪感を感じていたとインタビューで語っています。

映画では、ヘザーがキムを抱きとめる様子が映っています。
そのシーンもぜひチェックしてみてください。

オーストリア・アルプスの美しい映像

オープニングやフィナーレで、空撮からの壮大なカメラワークが見られるアルプスの山々も印象的です。

これらのシーンは、ザルツブルクから車で40分ほどのヴェルフェン村の山中にある草原で撮影されました。

青い空に、雪を戴いた山並みの360度のパノラマが広がります。

遠くに見えるホーエンヴェルフェン城の絶景も素晴らしく、まるで自分がオーストリア・アルプスに来たかのような感動を味わうことができるのです。

同じロバート・ワイズ監督の「ウエスト・サイド物語」(1961年)でオープニングにニューヨークのマンハッタンを俯瞰で映していった手法を思い出しました。

スケールが大きく、素晴らしい映像美です。

現代のディジタルを駆使した映像と違って、1960年代だからこそ撮影できたその場の澄み切った空気までをも映し出すかのような温かみのある画面作りが、この映画の魅力となっています。

歌に紡がれる珠玉のストーリー!!

この映画には、誰もが耳にしたことがあるような歌が満載です。

ミュージカル音楽の伝説的なコンビ、リチャード・ロジャース(作曲)とオスカー・ハマースタイン2世(作詞)による珠玉の歌の数々を聴くことができます。

12曲のうち日本人に愛されているおすすめの6曲をご紹介しましょう。

「私のお気に入り(My Favorite Things)」

聴いていると思わず楽しくなってくるような歌です。

これはJR東海の「そうだ京都、行こう」のCMで流れている曲と言えばおわかりでしょう。

あの曲は本作品が元ネタだったのです。

この歌は、劇中で、夜間に雷を恐がる子どもたちに、マリアが「辛い時は楽しいことを考えましょう」と言って教える歌でした。

マリアは着任した早々、カエルをポケットに入れられるなど、子どもたちに嫌がらせをされていましたが、この出来事で子どもたちとすっかり仲良くなりました。

「ドレミの歌”Do-Re-Mi”」

「ドレミの歌」は、小学校の音楽の授業で習った人も多いでしょう。

「ドはドーナツのド」で始まる日本語版の歌詞は、ペギー葉山さんの作詞だそうです。

オリジナルの歌詞は「ドはメス鹿のド(Doe, a deer, a female deer)」で始まります。

劇中で、マリアは子どもたちに音楽を教えようと決心しました。

音楽ならば、彼らに子どもらしい心を取り戻させてくれるだろうと思ったからです。

マリアは、子どもたちにマリアお手製のお揃いの服を7人に着せて、山やザルツブルクの街に出かけます。

そしてドレミファソラシドの「ド」から音楽を教えていくのです。

「ドレミの歌」のシーンは、子どもたちのダンスとオーストリアの風景が見どころになっています。

「もうすぐ17才(Sixteen Going on Seventeen)」

トラップ家の長女・リーズルが、初恋の相手・ロルフと、庭のガラスの小屋(ガゼボ)の中でこの歌を歌って踊ります。

「私はお年頃」「あなたについていきたい」と、これからの人生への期待と不安に心震わせるリーズルの心情がよく表れた歌でした。

夜、雨が降る中、ガラスの小屋にきらきらと二人の踊る影が浮かび上がり、美しいシーンです。

心が浮き立つような歌で、二人が初々しく観ていてほっこりする名曲になっています。

「エーデルワイス(Edelweiss)」

この歌はオーストリアの民謡と思っている人も多いようですが、実はこのミュージカルのために作曲された歌なのです。

美しいメロディーで日本でも人気の歌となっています。

劇中、厳格なトラップ家では音楽は禁止でした。亡き妻が好きだった音楽を聴くと辛いので、トラップ氏が子どもたちに禁じたのです。

しかし、子どもたちが父の婚約者の男爵夫人を歓迎して歌を歌っている時、あまりにもそのハーモニーが美しいので、思わずトラップ氏がギターを弾きながら歌い出します。

その歌が「エーデルワイス」でした。

トラップ氏が実は音楽好きだったことがわかる大切なシーンです。

子どもたちが楽しそうに伸びやかに歌っているのを見て、音楽を禁じていたトラップ氏は自分の教育方針は間違っていたと悟るのでした。

「さようなら、ごきげんよう(So Long, Farewell)」

トラップ氏と男爵夫人の婚約披露パーティーで、子どもたちが寝る時間になったのでパーティー客に別れの挨拶をする時の歌です。

「太陽が寝たのでお別れしなければなりません」と名残惜しそうに歌われました。

「クックー」とカッコウの鳴き声が歌い込まれます。

お茶目なダンスが踊られ、子どもたち一人一人の見せ場があって、なんとも可愛らしい歌です。

「何かいいこと(Something Good)」

男爵夫人がいるのにもかかわらず、ダンスパーティーで見つめ合って踊ったマリアとトラップ氏は、お互い惹かれ合っていることに気付いてしまいます。

それを見た男爵夫人はマリアに嫉妬して修道院に帰らせるのです。

修道院に帰ったマリアは、修道院長に「男女の愛も神への愛と同じく神聖です。トラップ氏を愛しているなら、自分の気持ちを大事にすべきです」と諭され、トラップ邸に戻ります。

トラップ氏は男爵夫人に婚約解消を申し出て、彼女はトラップ邸から出て行きました。

庭のガラスの小屋で、マリアとトラップ氏は愛を打ち明け合います。

「何かいいこと」は、マリアのトラップ氏への愛がこもったしっとりとした歌です。

祖国オーストリアへの愛国心

トラップ一家は、音楽祭の合唱コンクールに参加し「トラップ・ファミリー合唱団」として歌いました。

歌ったのは、「ドレミの歌」「エーデルワイス」「さようなら、ごきげんよう」です。

特に「エーデルワイス」の合唱では、観客を巻き込んでの大合唱となりました。

会場の人々が全員、希望に溢れた眼差しで「エーデルワイス」を歌ったのです。

「エーデルワイス」の歌詞には「エーデルワイスの花よ、祖国を永遠に祝福してほしいのだ」という部分があります。

白いエーデルワイスの花が高い山に咲き続ける様を、気高いオーストリアの魂の象徴として歌っているのです。

大合唱は、祖国・オーストリアへの思いが込もったものとなりました。

映画で、観客の中に「エーデルワイス」の大合唱を快く思わない人たちがいたようですが、あれは誰ですか?
あれは、オーストリアを併合したナチス党の高官です。オーストリア国民の祖国を想う結束力を警戒したのです。

ナチスからの逃亡

この物語は家庭教師マリアとトラップ氏・子どもたちとの交流が描かれているのですが、物語の終盤になって、彼らに不穏な世界情勢が関わってきます。

どんな事件が起こるのでしょうか。映画は突然スリリングな展開となるのです。

ナチス・ドイツの軍隊がオーストリアに侵攻します。

ナチス海軍からトラップ氏に軍艦への出頭命令が下るのです。

ナチス・ドイツのために働くことを潔しとしないトラップ氏は、出頭には応じないことにします。

兵役を拒否したトラップ氏は、ナチスに逮捕される恐れがあるため、家族とこの国を出ていくことに決めました。

音楽祭の合唱コンクールに出場して、自宅に帰ったと見せかけ密かにオーストリア脱出を図るのです。

トラップ一家は、合唱コンクールの帰りに武装したナチス党員らにより追い詰められ、修道院に隠れます。

追っ手の中にリーズルのボーイフレンド・ロルフもいました。

リーズルと恋を語り合った彼は、ナチス党員になってトラップ一家を反逆者として取り締まる立場になってしまったのです。

リーズルにとっては、これが悲しい別れとなります。

映画の最後に流れる曲が、「すべての山に登れ(Climb Ev’ry Mountain)」です。

マリアとトラップ氏・子どもたちは、無事追っ手を逃れて、アルプスの山々を登り国境を超えるのでした。

時代背景・史実は?

「トラップ・ファミリー合唱団」の実際は映画と少し違うようです。

彼らが祖国を出たその後についてもご紹介しましょう。

ナチス・ドイツがオーストリアを併合したのは1938年のことです。

マリアが修道院から家庭教師としてトラップ一家に派遣されたのは、そんな出来事があった頃でした。

当時オーストリアでは、併合は歓呼の声に迎えられました。

その時はまだ、ナチスの残酷さはあまり知られていなかったのです。

しかしトラップ氏は、オーストリアのナチス・ドイツによる支配には反対でした。

史実では、すでにこの頃トラップ一家は合唱団として活躍していました。

トラップ一家はナチス総統・ヒトラーの誕生日パーティーで歌うよう呼び出されます。

トラップ氏がそれを拒否したため、ナチスに逮捕される心配がありました。

トラップ一家は国境を越えて逃亡せざるを得なくなるのです。

実際にはアルプスを徒歩で越えたのではなく、列車でイタリアに入り、イギリスへ渡って船で自由の国・アメリカへ亡命しました。

アメリカでも「トラップ・ファミリー合唱団」として活動し、現在でも子孫がバーモント州に住んでいます。

この物語は、第二次世界大戦前後の激動の時代の記憶のもとに描かれているのです。

「サウンド・オブ・ミュージック」をオーストリア人は知らない!?

この映画にはオーストリアの美しい風景が描かれています。

日本では、オーストリアと言えばモーツァルト生誕の地であることと本作「サウンド・オブ・ミュージック」の二つを思い浮かべるのではないでしょうか。

しかし、オーストリアの人に聞いたのですが、映画「サウンド・オブ・ミュージック」は、オーストリアでは観られていません。

オーストリアにいてもテレビで放映されず、ドレミの歌など日本やアメリカでは誰でも知っている曲も、オーストリアではほとんどの人が知らないそうです。

この映画の存在を知っているオーストリア人でも、描写が史実と少し違うので、わざわざ観ることはないと言います。

そういうわけで、ザルツブルクに行ってミラベル庭園で「サウンド・オブ・ミュージックのロケ地だ~!!」と興奮するのは、映画を製作したアメリカの人々と日本のファンなのだそうです。

まとめ

舞台となったオーストリアではあまり観られていないようですが、こんな素敵な映画を観ないなんてもったいない!!

美しい映像で家族愛が描かれ、楽しくて心が元気になる映画です。

一般市民であるトラップ一家がナチス・ドイツを手玉に取って成功したストーリーでもあります。

すべての年代の人々に観ていただきたい映画です。

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