エスター(ネタバレ・考察)

「エスター」は2009年に公開されたサスペンス・ホラーです。

家族のために養子として迎え入れた孤児の少女が、里親にとって理想の子供を装いながら少しずつ家庭を侵食し、恐怖に陥れる展開は背筋が凍ります。

当時12歳だったイザベル・ファーマンが聡明かつ残虐な怪物エスターを演じているのです。

9歳の外見でありながら実年齢は33歳という難しいキャラクターをこなしてみせたイザベル・ファーマンは本作で知名度を上げました。

自分の目的のために手段を選ばず、障害となる人間を日常の中で排除していく彼女の姿を観ていると、日常に潜む悪意が怖くなるかもしれません。

全世界の興行収入が84億円を超えた名作ホラーに描かれている少女の秘密や謎、観客が気になる疑問点、映画がより楽しめるトリビアなどを織り交ぜて考察していきます。

エスター(2009年)

3人目の子供を死産で失い、心に傷をもったケイト(ヴェラ・ファーミガ)とその夫ジョンは、苦しみを癒すために孤児院に向かい、養子を迎え入れることにする。

そこで出会ったエスター(イザベル・ファーマン)は9歳にしては落ち着いており、大人びた振る舞いや芸術への才能を見せたことから、ケイトたちに気に入られ家族に加わる。

だが彼女が家に来てから、異変が起こり始める。エスターの本性を怪しむケイトだったが、彼女は大人の前では天使のように振る舞い、その裏で子供達を恐怖で支配していく。

エスターの持ち物から、精神病院との関係を見つけたケイトは、彼女の恐ろしい正体を知ることになる…。

エスター(ネタバレ・考察)

緊張感あふれる映画の内容とはうらはらに、興味深いエピソードが数多くある制作現場は、和気あいあいと進んでいたようです。

一方、撮影したものの編集上ではカットされてしまったシーンも有り、そのことに出演者が怒るなどネタが豊富で、ファンの興味は尽きません。

映画を観るだけでは分からない、映画好きが楽しめるようなトリビアや裏話をお伝えしていきましょう。

孤児を扱う本作に立ちはだかった問題

アメリカ上映時の原題である「Orphen」は”孤児”を意味しており、エスターがロシアからアメリカへと渡り、孤児として過ごしていることからこのタイトルになったのです。

ですが”孤児”を受け入れることで悪いことが起きる映画の内容から、孤児の面倒を見ている養父母や里親団体からの批判も浴びることになりました。

その背景にはソ連崩壊により旧ソ連諸国から多くの子供達が、アメリカやカナダに受け入れられていたという経緯があります。

旧ソ連の孤児院は資金不足と人手不足に悩まされており、良い環境とはいえず、北米の里親たちは率先して旧ソ連の子どもたちを迎え入れました。

そんな中で、「エスター」は生い立ちがロシア孤児で残虐性があるというキャラメイキングをされているため、悪い意味でのステレオタイプとして観られる可能性があったのです。

配給のワーナー・ブラザーズは予告編に入っていた、エスターが「養子を自分の子と同じように愛するのは難しいに違いない」と発言するシーンをカットして対応しました。

ですが映画本編にはそのシーンが残っており、批判を受けた結果DVDやBlu-rayでのリリース時に、「エスター」はフィクションであり現実は穏やかである、と強調されたのです。

「タイタニック」との意外なつながり

「エスター」はクライマックスで、ケイトとエスターの戦いが凍った池の上で展開されます。ケイトの蹴りによって首を折られたエスターは池に沈んでいくのです。

このエスターが水に沈むシーンは、映画「タイタニック」(1997年)で主人公ジャックが力尽き、海中に沈むシーンと同じ手法で撮影されています。

このシーンのシンクロニシティは、「エスター」のプロデューサーにジャックを演じたレオナルド・ディカプリオが参加していることから生まれているのです。

本作はいわゆる大作映画ではありませんが、他のプロデューサーもジョエル・シルバーやスーザン・ダウニーなど大物が並んでおり、期待値の高さを伺わせます。

エスターが生き残る別エンディングが存在する

VOD版では見られませんが、販売/レンタルされているDVD版やBlu-ray版には、別エンディングが収録されています。

興味のある方は、youtubeに上がっているこちらの動画から別エンディングをお楽しみください。

観られないかたに説明しますと、闘いの終わったエスターは、化粧台の前で鼻歌交じりにメイクをしています。

化粧台の鏡はひび割れており、そこから垣間見える彼女の顔には無数のガラス片が突き刺さっているのです。

生きているものはエスターしか残っていない家に警察が到着し、暗闇のなかで警察官が懐中電灯を照らすと、階段からエスターが降りてきます。

傷だらけの顔をした彼女は警察官にお辞儀をして「こんばんは、私の名前はエスター」と自己紹介をして終わるというものです。

このエンディングではマックスとケイトの生死も不明で、エスターがこの後に逮捕されるのかどうかも分からない、後味の悪いものになっています。

前日譚の制作が決定

続編ではありませんが、エスターことリーナ・クラマーが、孤児院に入る前にいた家庭での惨劇を描く前日譚「Orphan: First Kill」の制作が発表されています。

あらすじとして判明しているのは、収監されていたエストニアの精神病院「サールン・インスティチュート」から脱走し、アメリカへ渡るリーナ。

そこで行方不明になっていた富豪の娘であるエスターという少女になりすまし、家庭に入り込みます。

ですがエスターが別人であると疑っている母親と対立し、リーナが一家を惨殺するというものです。

映画「エスター」では前の家族は火事で死亡しており、孤児院に引き取られているためリーナの勝利は確定していますが、どのように盛り上げてくれるのでしょうか。

なおリーナ役はイザベル・ファーマンが続投することに決定しています。

特殊メイクやカメラワークを駆使して、幼い頃のリーナを演じるらしいですね!
前日譚が出る前に、U-NEXTで「エスター」をおさらいしてはいかがでしょうか。

ピアノシーン削除で大激怒

ケイトはピアノの講師をしており、マックスや死産してしまったジェシカのために作曲だけでなく演奏をするシーンもあります。

演じているヴェラ・ファーミガはもともとピアノ演奏を趣味にしているほどの腕前を持ち、演奏シーンはもっと長かったのですが、監督が編集の段階で大幅にカットしたのです。

ヴェラはこのことに激怒し、DVDリリースの際はフルシーンを収録してほしいと嘆願したのですが、実際には収録されませんでした。

エスターがチャイコフスキーを完璧に演奏するシーンは隠された能力の片鱗を見せる恐ろしさがありますが、ケイトの演奏シーンは特にインパクトはないので、仕方ないでしょう。

エスターという少女の正体を考察

エスターは恐るべき殺人者で、自分の邪魔をするものに容赦しません。

実年齢が33歳という彼女がどういう人生を歩んできたかが終盤で明らかになりますが、開示されていない若年時の情報などもあり、謎に包まれています。

初期設定時に描かれていたエスターのルーツを紐解きながら、劇中に登場したキャラクターたちの反応や行動の意味を探っていきましょう。

初期の脚本に見られる幼少期

映像としては記録されていませんが、エスターはどのような生い立ちであったかが脚本の初期設定として、海外サイトなどで閲覧できます。

エスターは幼い頃から実の父親に性的虐待を受け、子供を作れない身体になってしまいました。

父親は別に愛人を作り、エスターに対して「お前は本当の女にはなれない」と侮辱するのです。

エスターは父親と愛人を殺害し、サールン・インスティチュートに送られます。病院を脱走した彼女はエストニアで違法な売春婦として働きますが、逮捕されました。

ですが逮捕時に子供を装ったため刑務所入りを免れ、孤児院に送られたというものです。

この他にエスターが、なぜ受け入れられた家庭で父親を誘惑するかについての記述もあります。

エスターは自分が大人の体になれないことに嫌悪感を抱いており、病気がトラウマになっているのです。

大人として恋人になり、妻になり、母になりたい彼女は、かつて子供のころに「愛されていた」と感じていた性行為を通じて、新しい父親と愛を育みたいと考えています。

それがかなわない時に、内に秘めた破壊衝動が解き放たれ、犠牲者を生んでいるのです。

このキャラクター設定は完成した「エスター」に活かされ、しっかりと描かれています。

なぜエストニアの精神病院に入っていたか

下垂体性機能不全によって子供の姿のまま成長しないエスターの出自は不明ですが、どのようにアメリカに渡り歩いてきたかは確認できます。

まずエスターはエストニアである家庭の養子として入り込み、家長である父を誘惑しようとして失敗し、結果的に家族を皆殺しにし、放火したのです。

凶行に及んだエスターですが、人格障害を認められ、刑務所ではなく精神病院である「サールン・インスティチュート」へ収容されました。

この病院を脱出してアメリカに渡り、行方不明になっていた娘になりすまして富豪の家庭に入り込むのですが、火事が発生し一家は全滅したため、孤児院へ入っています。

一見事故のように記録されていますが、おそらくエスターが家族を殺害したうえで火を放ち証拠を隠滅したと思われるのです。

詳しくは前述した「Orphan: First Kill」で描かれる予定ですが、設定が微妙に変わるかもしれませんね。

エスターの狂気を知っている人がいる?

自分の容姿を利用し、か弱い少女を装ってコミュニティや家庭に入り込んでいくエスターは、一見ちょっと変わっているところがあるものの、社交性のある知的な印象を与えます。

ですがその本質は、拘束具を着けられるほど凶暴で、拘束されても暴れるため首と手首に傷が残るほどです。

シスター・アビゲイルが管理していた孤児院ではある程度の期間をして過ごしていたようですが、いい子を演じていたため暴力衝動はある程度制御できています。

ただし少年がハサミで怪我をしたり、事故が発生した時に、必ずエスターがいたという記録もあり、気に入らない相手には牙を剥いていたようです。

気になるのは、シスター・アビゲイルがコールマン家にエスターを送り出すときの態度です。手を振って見送るアビゲイルは後ろ手で見えないように指をクロスさせています。

これはキリスト教徒に共通するサインで、「嘘をついていることを神に対して謝罪」しているのです。

このことから、アビゲイルはエスターが「いい子ではない」と分かっていてコールマン家に押し付けた可能性が充分にあります。

劇中では終始優しそうで、相談にも乗っていたシスターですが、彼女と孤児院が真相を知っているかどうかは明らかにならないままエスターに殺されてしまうのです。

エスターが危害を加えた被害者リスト

エスターはエストニアとアメリカで里親の家族を殺害した上に火を放ち、皆殺しにしています。

精神病院での記録では7人以上を殺害しているとありますが、孤児院に入る前にはそれ以上の数を殺しているはずです。

コールマン家に来てからも、学校でファッションをからかったクラスメートのブレンダを滑り台から突き落として骨折させています。

また彼女は、自分の正体を知るシスター・アビゲイルが運転する車の前にコールマン夫妻の娘マックスを突き飛ばして事故を起こさせ、アビゲイルをハンマーで撲殺するのです。

全てを目撃していたマックスですが、エスターに「バラしたら家族を殺す」と口止めされてしまいます。

隠していた証拠の品が夫妻の息子であるダニエルに見つかった際は、ツリーハウスに閉じ込めて火を付け、嬉しそうに火事を見つめるのです。

命からがら飛び降りたダニエルは病院に運び込まれますが、気を失っているダニエルに対しエスターは枕を押し付け窒息死させようとします。

コールマン夫妻の間に疑念を植え付け引き裂いたエスターは、ターゲットであるジョンに色仕掛けで迫りますが拒否され、ナイフで滅多刺しにするのです。

これだけの傷害、殺人を犯しても良心の呵責などが一切ないので、身体的な発育障害だけでなく、先天的にサイコパスである可能性を感じます。

なぜエスターの正体はバレなかったのか

エスターの実年齢は33歳で、入れ歯を使っており、首と手首に傷を隠すためのリボンを付けています。

正体が明かされるまで、ほとんどの人がエスターを子供と思っていましたが、なぜ今までバレなかったのでしょうか。

作中にあったシーンに注目しながら、その謎について考察していきます。

歯医者を嫌がるのは子供だからではない

コールマン家に加わったエスターは歯医者に行こう、と言われると父親のジョンに甘えるように行きたくないという意思表示をします。

一見、子供特有の歯医者嫌いに見せかけていますが、エスターは医者に歯の状態を見られれば子供でないことが明らかになるため、拒否しているのです。

彼女の歯は乳歯など1本もなく、それどころか健康状態の悪さやストレスが原因でボロボロになっており、日常的に入れ歯を使うレベルの生活を送っています。

細かく切らないと食べられない描写がありますね。
実年齢通りとしても歯の状態は非常に悪く、食事を摂るのも苦労するでしょう。

エスターがお風呂に鍵をかける理由

ケイトがエスターに対し、お風呂で事故が起きないようにとドアを開けておくように指示しますが、エスターは頑なに拒否します。

これは着衣の時にリボンで隠している、手首と頸部の傷を見られないためです。

傷が見つかれば、過去の虐待などを疑われ、警察などの調べを受けることになり、不都合な真実に辿り着かれる可能性があるため、徹底的に隠します。

自分の過去が明らかになってしまうことを恐れるエスターは、誰にも自分の傷を見せないのです。

骨折時に病院のチェックをすり抜けた真相とは?

エスターがコールマン夫妻の不和を呼び込むために、ケイトに握られた腕を万力で挟んで骨折させ、ケイトが暴力を振るったと思わせるシーンがあります。

エスターは病院で診察を受け、ギプスを付けて生活するようになるのですが、この治療のときに、医師の診察でエスターの年齢がバレなかったのが不思議で、調べてみました。

レントゲンから患者の年齢を推察するには一般的に左の手のひらを撮影し、構成している骨の成長具合で判断するとのこと。

エスターが折ったのは尺骨と呼ばれる前腕部を構成する骨なので、レントゲンでは手のひらを撮影されず、年齢はバレずに済んだようです。

ただし治療の際に手首のリボンは外すはずなので、その時に拘束具で付いた傷を見られていると思います。

この傷について追求がなかったのは、エスターが医師に対して何らかの脅しを仕掛け、情報が漏れるのを封じたのではないでしょうか。

腕が折れてでもジョンを手に入れたいというエスターの執着心が分かる、恐ろしい場面になっているのです。

リアルエスターとも言える事件が起きている

「エスター」が全米で上映された後の2010年に、物語が現実になってしまったかのような事件が発生し、話題を呼びました。

映画ファンからは「リアルエスター」と呼ばれている実際の事件について、ここでは解説していきます。

迎え入れた養女が怪しい?

アメリカ・インディアナ州に住むバーネット夫妻が、ウクライナ出身の8歳児であるナタリアを養子として引きとりました。

ですが女児であるはずのナタリアにはおかしな点がいくつか見られたのです。

ウクライナ出身なのに母国語は喋れず、英語は自由に話すことができ、訛りもありませんでした。

また8歳児のはずなのに陰毛や月経があり、趣味嗜好も年齢とはかけ離れているなど、怪しい点がいくつも見られたため、バーネット夫妻はナタリアを病院で検査します。

骨密度や精神年齢チェックを受けたナタリアは、少なくとも14歳以上であることが判明したのです。

情を見せたことで奇行が悪化していく

検査の結果を受けたバーネット夫妻はびっくりはしたものの、14歳はまだ子供ということでナタリアを育てる決意を固めました。

ですが検査結果が出てから、ナタリアは態度が豹変します。

周囲の子供に危害を加えたり、バスルームに血文字で「殺す」と書いたり、果てはバーネット夫人のコーヒーに漂白剤を入れて殺害しようとしたのです。

ナタリアの行動を恐れたバーネット夫妻は離れることを決意しますが、法的には8歳の少女であるナタリアと離れて暮らすと扶養義務の放棄として訴えられます。

そこで、バーネット夫妻はナタリアが成人していることを証明するため、多くの医療機関にナタリアを徹底的に検査してもらいました。

その結果と裁判を経て、養子として迎え入れてから2年後の2012年に、ナタリアの実年齢が22歳であることが確定し、法的にも扶養義務がなくなりました。

バーネット夫妻はナタリアを置いてカナダへ移住するものの、ナタリアが1人で生活できるように援助をし、家賃を払ったりとサポートしていたようです。

ですがこの話はここで終わりません。

一体誰が正しいのか分からない幕切れ

アパートに残されたナタリアは、2013年に警察へ行き、里親が扶養義務を怠っていると訴えたのです。

ナタリアが2010年に約8歳、2012年に11歳であったことを示す医師の報告書を提出し、バーネット夫妻は彼女の実年齢を偽っていると発言、夫妻は逮捕されました。

これを受けてバーネット夫妻は反訴に踏み切り、夫マイケルの弁護士は、「マイケルはナタリアが子どもであるとは知らなかった」と主張します。

妻のクリスティンさんはナタリアの告発を否定し、養子縁組が詐欺であったとSNSに投稿するなど反撃しました。

現在バーネット夫妻は保釈されていますが、夫婦は離婚し、肝心のナタリアは別の里親に育てられているという噂もありつつ、行方が分からなくなっています。

「エスター」ではエスターの死で決着がつきましたが、現実の事件は何も解決しておらず、映画よりも恐ろしく感じてしまうのです。

まとめ

子供の姿をした悪意が関わるものすべてに対し牙をむくという、日常に隠された恐怖を描いている「エスター」。

聴覚障害者であるマックスが使う手話で、エスターを示すハンドサインが「緊急事態」のサインと同じなど、随所にヒントはありますが、ケイトは気付かず追い詰められます。

ホラー・ヒロインとして名を上げ、前日譚の映画が作成されるほどの人気を得たエスターの可愛さと恐ろしさのギャップが魅力的な本作。

今一度鑑賞してみて、新作映画の公開に備えて復習しておきましょう。

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