「ジョン・ウィック」は2014年に公開されたガンアクション映画です。
「マトリックス」(1999年)「コンスタンティン」(2005年)とアクション映画で何度かブレイクしてきた俳優であるキアヌ・リーブスが主演を飾り、伝説の殺し屋を演じています。
監督は「マトリックス」でキアヌのスタントダブルを担当し、続編シリーズではアクション/スタントコーディネーターを務めたチャド・スタエルスキです。
共同監督にはデヴィッド・リーチが参加しており、彼は実力を評価され「デッドプール2」(2018年)や「ワイルド・スピード/スーパーコンボ」(2019年)を監督します。
スタイリッシュなアクションの映像表現で、多くのファンを生み出した本作は2010年代からのアクション映画に大きな影響を与えました。
ストーリー的には単純明快な内容なのになぜここまで人気が出たのか、面白さの秘密を考察しつつ、内包する魅力についてお伝えしていきます。
ジョン・ウィック(2014年)
ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)はどんな仕事も強靭な執念でやり遂げる凄腕の殺し屋だったが、最愛の妻との結婚を機に引退する。
結婚から5年後に妻は病死してしまうが、残されたジョンが寂しくないように、忘れ形見としてデイジーという子犬が届くよう手配しておりジョンは安らぎを得る。
だがある日、愛車を盗みに来たチンピラに自宅を襲撃され、子犬が殺されてしまう。
車を盗んで犬を殺したのが、過去ジョンが力を貸していたロシアン・マフィアのボス・ヴィゴの息子であることを聞いたジョンは、復讐を決意する。
ジョンの恐ろしさを知っているヴィゴは交渉しようとするが無言で断られ、息子を守るためにジョンを殺すことを決意。ジョンの家に兵隊を送るが皆殺しにされてしまう。
なんとしてでも息子を守りたいヴィゴは、高額のギャラを提示して殺し屋たちにジョンの殺害を依頼していくのだが…。
ジョン・ウィック(ネタバレ・考察)
初監督作品となったチャド・スタエルスキと、共同制作しながらプロデューサーにクレジットされることになったデヴィッド・リーチの出世作である「ジョン・ウィック」。
登場人物のドラマには様々な作品や実話にインスパイアされたものがあり、その事実を知るとより深く映画を楽しめます。
キアヌ・リーブス再ブレイクのきっかけにもなった本作のトリビアや裏話をお届けしますので、ご覧ください。
愛犬を殺されて犯人を追跡したのは実話がモデル
ジョンが愛犬を殺されて報復する、というプロットは実話がモデルになっています。
アフガニスタンでの作戦行動中にタリバン軍により仲間を失い、たった一人で生還したマーカス・ラトレルというアメリカ海軍特殊部隊員が、怪我により除隊しました。
そんな彼が精神のケアのために友人から送られ、戦死した友人の頭文字から取った愛犬の名前が「デイジー」だったのです。
ある夜、自宅で室外からの銃声を聞いたマーカス氏が庭に行くと、そこにはすでに息絶えたデイジーの姿がありました。
死んだデイジーのそばで談笑していた犯人に銃を向け警告すると犯人は逃亡し、マーカス氏は車で彼らを追跡します。
犯人たちは追いかけてくるマーカス氏に対し罵声を浴びせたり脅したりと敵対行動を取りますが、マーカス氏は射殺せず警察に連絡し、犯人が逮捕されるまで追い続けたのです。
殺さなかった理由が「すでに多くの人を殺してきたから、彼らの命は奪わなかった」ということですから、犯人は運が良かったといえます。
ちなみにマーカス氏のアフガニスタンでの体験は手記になり、「ローン・サバイバー」(2014年)というタイトルで映画化されているのです。
鉛筆で人を殺したエピソードには引用元がある
たった1本の鉛筆で3人の相手を殺せる凄腕のヒットマンで、殺し屋を殺す存在として裏社会では知らないものは居ない。
ロシアン・マフィアの長である父親のヴィゴが、息子のヨセフにジョン・ウィックの恐ろしさを教えて聞かせるシーンがあります。
この鉛筆で人を殺せるというエピソードは、アメリカの作家であるトレヴェニアンが執筆した「シブミ」という小説に同じ描写があります。
いかにジョン・ウィックが超人的な殺し屋かを描写するために引用されているのですが、それを証明するように映画の中で「シブミ」が登場するのです。
車好きのジョンが愛車であるフォード・マスタングを乗り回すために空港の敷地に入るのですが、ゲートを開けてくれる警備員が「シブミ」を読んでいるのが見えます。
監督なりのイースター・エッグなので、見逃してた人は該当シーンをチェックしてみましょう。
ヨセフの取り巻きは「マトリックス」ファン?
ジョンに命を狙われ、厳重な警備が敷かれたセーフハウスに引きこもるヨセフと取り巻きたちですが、取り巻きの一人がFPSゲームである「DUST 514」をプレイしています。
このとき画面上にプレイヤーネームが表示されのですが、そこには「ネオ」の文字が!
もちろんこれはキアヌの代表作である「マトリックス」の主人公の名前で、チャド監督とキアヌが出会うきっかけになった作品に対しての示唆になっています。
「マトリックス」が繋いだ縁
チャド監督が「マトリックス」でキアヌのスタント代役を務めたことは前述したとおりですが、登場するキャラクターに何人か「マトリックス」シリーズの出演者がいます。
ジョンが怪我をし、コンチネンタルで治療を受けたときのドクターは、「マトリックス・リローデッド」(2003年)に登場したキーメーカーを演じたランダル・ダク・キムです。
ヨセフの護衛をしているリーダー格の男キリルは、同じく「マトリックス・リローデッド」でエージェントを務めたダニエル・バーンハードが演じています。
10年以上も経過して、関係者が別の作品で1つの撮影現場に集まるというのはなかなか無いことなので、関係者の絆の強さを感じるエピソードです。
続編「ジョン・ウィック:チャプター2」では「マトリックス」シリーズでモーフィアスを演じたローレンス・フィッシュバーンが登場するのも、確信的なキャスティングでしょう。
コンシェルジュの名前が示すもの
殺し屋たちが利用するコンチネンタル・ホテルのコンシェルジュはシャロンという名前ですが、ギリシア神話に登場する冥界の渡し守であるカロンと表記が同じになります。
カロンは渡し賃を払う死者の霊を冥界に送り届ける存在で、古来ギリシアでは死者が無事に冥界へ行けるよう銀貨を持たせて弔いました。
ジョンを始めとした裏社会の人間が、彼らの世界で独自に流通している金貨を渡すことで特別な世界であるコンチネンタルに入れるのは、この逸話から来ているのでしょう。
「ジョン・ウィック」が魅力的な理由
一見物静かで車と子犬を愛する普通の人に見える男が、実は死神だったという分かりやすいプロットを、登場人物の語り口や態度で最大限に盛り上げてくれる本作。
彼の復讐劇がどれほど観客を惹きつけたのかを、映画を構成する文脈から考察します。
観ている人の興味を序盤で期待に変えている
ジョンは最愛の妻を失った悲しみを抱いているときに、妻からの最後の贈り物として家族となる子犬を迎えます。
悲しみに包まれた心をほぐしてくれる無邪気な子犬が、チンピラに殺されてしまうシーンが描かれたことで、観客はジョンの怒りを共有するのです。
この感情が早い段階で共有されていることでジョンの活躍を素直に応援できるうえに、関係者に引退前のジョンがどれだけ凄かったのかを語らせることで期待感が増します。
あえて理由付けをストレートに提示し、アクションの説得力で主人公の強さと証明しているので、映画としての爽快感が増大しているのです。
ジョンの最大の強さは技術ではなく精神
「ジョン・ウィック」が単純なヒーロー物にとどまらない要素の1つとして、ジョンが傷いたり、治療したりするシーンが含まれていることが挙げられます。
伝説の殺し屋と呼ばれていても、引退して結婚し普通の生活を送っていた5年のブランクが有り、敵も少人数ではなくニューヨークを支配するロシアン・マフィア全員です。
敵を倒すために傷つき、時にはピンチに陥るジョンですが、鋼の意志で苦難を突破します。絶対に目的を達成する精神力こそがジョンを伝説足らしめています。
一方で妻や子犬を愛する優しさや、傷つき痛みに顔をしかめる人間くさいところが、伝説上の存在であるジョンに対して親近感を持たせてくれるのです。
ただ強いだけでなく、魅力的にデザインされているジョンは、キアヌ・リーブスの演技と監督の演出が噛み合ったからこそ誕生したのでしょう。
アクションシーンのこだわりと系譜
もともとハリウッドスターのスタントダブルだった監督2人が手を組み、名作アクションを生み出したのは偶然ではありません。
両者ともに様々な映画でアクション監督を務め、実績を積みあげていき、「ジョン・ウィック」という作品で才能が開花する流れはまるでドラマのようです。
チャド・スタエルスキとデヴィッド・リーチがどういう経緯で交流を始め、アクション映画の魅力という哲学を追求していったのかを紐解いていきましょう。
もともとは同じ師の元で学ぶ武術家だった
チャド・スタエルスキはもともと格闘家で、試合をするために来日したこともある有能な選手であり、総合格闘技のタイトルをいくつか保持していたのです。
デヴィッド・リーチも格闘技を学んでおり、キックボクシングの試合に何度か出場し、勝利を収めています。
そんな二人の共通項は映画俳優であり武術家であったブルース・リーが考案した武術、ジークンドーを学んだことです。
時期は違いますがブルース・リーの直弟子であるダン・イノサントに師事し、格闘技の技術とアクションの素養を鍛えました。
両者とも大学を卒業した後、格闘技のジムを開きインストラクターとして働いていたのも共通項になります。
スタントダブルとしてキャリアを積む
チャドのスタントダブルとしてのデビューは、ブルース・リーの息子であるブランドン・リーが出演していた「クロウ/飛翔伝説」(1994年)です。
ブランドンが撮影中の事故で死亡したため、追加アクションを撮影して映画を完成させるために、彼の友人かつ同じ格闘技を学び、彼の動きをよく知っていて姿も似ているチャドが選ばれました。
これをきっかけにスタントマン、スタントダブル(タレントのスタント時の代役)としての経験を積んでいましたが、そんなときに出会ったのがデヴィッド・リーチです。
元同門で格闘家でもあった二人は意気投合し、デヴィッドもスタントマンとしてのキャリアを歩み始めます。
チャドは「マトリックス」でキアヌのダブルを務め、アクションの実力を示した結果、続編である「マトリックス・リローデッド」でスタント・コーディネーターに昇進。
デヴィッドは「ファイト・クラブ」(1999年)でブラッド・ピットのスタントダブルを担当するなど実績を積んだあとに、「マトリックス・リローデッド」にスタントで参加するのです。
この頃の縁が元になって、お互いのアクションに対する理念が一致した結果「ジョン・ウィック」が誕生しました。
チャドとデヴィッドがアクション専門ユニットを作る!
「マトリックス」シリーズで武術指導・アクション監修を務めているユエン・ウーピンがアクションを専門に担当するチームを率いていることにチャドとデヴィッドは衝撃を受けます。
ハリウッド映画ではアクション担当するものが作品ごとに集まり、クランクアップしたら解散するというのが慣例化しており、アクションの技術を継承していく土壌がなかったのです。
これを機にチャドとデヴィッドは「アクションの技術を後進に伝えつつ、ユニットとして活動しレベルを向上させよう」と考え、アクションユニット「87eleven」を設立します。
スタントマンの育成やコーディネートだけでなく、出演俳優のトレーニングにも使われるようになった87elevenは、多くのハリウッド作品から引っ張りだこになりました。
2人と出演者の鍛錬が実り、「ジョン・ウィック」で見せる格闘シーンやアクションは最先端の戦闘技術がふんだんに埋め込まれた見ごたえのあるものになっています。
まとめ
アクションシーンを細かいカットの組み合わせでごまかすのではなく、じっくりと長い尺を取って動きを見せることで魅力的に仕上げている「ジョン・ウィック」。
新しいヒーローの誕生に全世界は喜び、続編やスピンオフが作られるほどに人気のあるコンテンツになりました。
世界観の設定や説得力のあるキャラクター作りと、キアヌ・リーブスの哀愁と怒りが静かに伝わってくる演技に魅了されること間違いなしです。
50代を過ぎてもなおキレのある動きを魅せてくれるキアヌと、彼を鍛え上げたユニットの実力が存分に発揮されていますので、改めて登場人物の所作に注目してはいかがでしょうか。