邦画 | cinemaxina https://cinemaxina.com 観たいが見つかる!お家シネマの総合情報サイト Thu, 24 Mar 2022 05:34:21 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=5.7.1 https://cinemaxina.com/wp-content/uploads/cropped-vf-32x32.png 邦画 | cinemaxina https://cinemaxina.com 32 32 180547246 アニメ版 君の膵臓をたべたい(ネタバレ・考察)桜良と「僕」の恋愛ではない関係!最初に観る「キミスイ」はアニメ版を推す理由 https://cinemaxina.com/kiminosuizouwotabetai_anime/ https://cinemaxina.com/kiminosuizouwotabetai_anime/#respond Sat, 26 Mar 2022 23:00:34 +0000 https://cinemaxina.com/?p=27211 出典 : amazon.co.jp アニメ版「君の膵臓をたべたい」は2018年に公開されたアニメ映画で、作家・住野よるの2015年に出版された同名小説を原作とした作品です。 小説投稿サイトに掲載された原作を他のプロ作家が目にし、出版社を紹介したところ、デビュー作でありながら爆発的な売れ行きを見せベストセラー小説になりま

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アニメ版「君の膵臓をたべたい」は2018年に公開されたアニメ映画で、作家・住野よるの2015年に出版された同名小説を原作とした作品です。

小説投稿サイトに掲載された原作を他のプロ作家が目にし、出版社を紹介したところ、デビュー作でありながら爆発的な売れ行きを見せベストセラー小説になりました。

オーディオブック、実写映画、そしてアニメ化とメディアミックスすることでファンを増やし、各メディアで人気を博し「キミスイ」の愛称で知られるようになるのです。

アニメ版は最後に登場したメディアですが、原作の雰囲気を最も忠実に表現している作品として非常に評価が高く、映像美と人物描写が素晴らしいアニメになっています。

桜良と「僕」(春樹)が紡いだ物語のなかで、アニメ版だったからこそ表現できたシーンや原作から追加されたことで変化した要素を中心に考察していきましょう。

君の膵臓をたべたい(2018年)

見どころ
印象的なタイトルと、切なくも美しい内容で大きな反響を呼び、実写映画化もされた住野よるの小説が原作。アニメならではの繊細な表現で『キミスイ』の世界が描かれる。
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あらすじ
他人に興味を持たず、ひとりで本を読んでいる高校生の「僕」は、病院の待合室で手書きの『共病文庫』と題された文庫本を拾う。その本は、天真爛漫なクラスの人気者・山内桜良が密かに綴った日記帳だった。桜良は膵臓の病気で余命いくばくもないことを告げる。
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君の膵臓をたべたい(ネタバレ・考察)

「キミスイ」は原作小説の出版、実写映画化を経てアニメ映画公開となりましたが、実は原作小説が出版される前にアニメ映画になることが決まっていました。

「キミスイ」の小説を刊行している双葉社が配本しているサンプルを、アニメ配給会社・アニプレックスのプロデューサーが発売前に読み、アニメ化を即決したのです。

発売された小説は300万部を売り上げ、本屋や読書家から絶賛された結果を見るに、プロデューサーの慧眼は間違いなかったと言えるでしょう。

そんなエピソードを持つアニメ版「キミスイ」に関する、ちょっとした情報をご紹介させていただきます。

「キミスイ」の監督は本作で監督デビュー!

本作の監督は牛島新一郎で、主にアクションの多い作品で助監督や副監督を務め評価されていましたが、実力を認められ監督デビューすることになりました。

監督デビュー作であるうえに、メディアミックスされている人気小説の満を持してのアニメ化ということで、慎重に制作が進められたのです。

脚本は原作者の住野よると牛島監督で担当し、どういう映像作品になるかを常に想像しながら組み立てていったとのこと。

結果として監督が生み出した「キミスイ」は、美しい世界の中で人はどう生きるかというテーマを描き、小説の読後感に負けない、観終わったときの深い余韻を味わえます。

高杉真宙も声優デビュー!

主人公である「僕」こと志賀春樹を演じたのは、俳優の高杉真宙になります。

子供時代から芸能界で活躍し、キャリアを積み上げてきた彼ですが、自分の演技力に悩むこともあり、壁を乗り越える努力をしてきたそうです。

結果として若手俳優の中でもトップクラスの演技力を身に着けた高杉真宙の、次の挑戦が「キミスイ」での声優デビューでした。

声質や雰囲気から「僕」にマッチするとプロデューサーや監督から指名されたのですが、もともとアニメ好きの高杉はアニメへ出演するプレッシャーで緊張したそうです。

そこで監督は物語の進行に併せて収録する”順撮り”で高杉の声優としての経験を積ませることで、成長する高杉の演技と劇中での「僕」の進歩を合わせることにしました。

この目論見は大当たりし、感情の振れ幅が大きくなっていくストーリーの進行に併せて高杉の演技がハマり、良い結果となったのです。

演技のレベルが上ったせいで、初期に収録した過去を振り返るシーンを撮りなおしたとか!
それだけポテンシャルが高かったということでしょう。今後の声優活動に期待です。

アニメ版が細かく描いた心の交流とは

アニメ版「君の膵臓をたべたい」は実写版と違って、成長した「僕」(春樹)が過去を振り返るのではなく、現在進行形の物語として進みます。

「僕」は前述の通り高杉真宙が、桜良は声優のLynnが演じており、この2人の交流をしっかり描くことで人間関係や考え方の変化を表現しているのです。

ここではアニメ版がなぜ主人公2人を徹底的に描いたのかを考察していきます。

友達の居ない「僕」の進歩

「僕」が病院で桜良の秘密を書き記した”共病文庫”なる本を拾ったことから物語は始まります。

家族以外、誰にも教えていない病気の秘密を知った「僕」は、本の持ち主である桜良と約束して秘密を共有する仲間になるのです。

序盤で描かれる2人の会話は、「僕」が経験してこなかった人付き合いのスタートとして、コミュニケーションが得意でない様子が演技から伝わってきます。

社交的な桜良と孤高に生きてきた「僕」を対比させることで、違う世界の2人がどう交わっていくかが焦点になるのです。

「僕」を演じた高杉真宙がアニメ作品での演技に慣れていないため、桜良との会話が噛み合わないと感じるのは、監督が意図した”関係のぎこちなさ”を表現しています。

物語が進み「僕」が桜良と対話を重ねることでお互いの会話がスムーズになり、「僕」(と高杉真宙)の進歩が伝わるのです。※誤字

桜良という存在が「僕」とつながったことで、他者との交流を経て感情の変化を知るなど、彼の人生の中で大きな転換点になりました。

残された寿命で願いを叶えたい桜良

自分の寿命を知った上で病と向き合い、死ぬまでにしたいことを「僕」と叶えていく桜良は、友達も多くコミュニケーションも上手、そして非常にアクティブです。

周囲を振り回す元気を見せるなど一見ポジティブに見える桜良は、心のなかでは迫りくる寿命に怯えています。

明るい性格を装いごまかしながら、自分の価値を見いだせない中で「僕」と出会いますが、その過程で自分の存在価値と生きがいを得る桜良は、心の機微を丁寧に表す必要があり、難しい役どころです。

「僕」の成長と距離の近づきを喜びつつ、自分の不安と戦う桜良をLynnは見事に演じ、高杉の演技を引き出した上で桜良というキャラの深みを見せました。

時間が進むことで縮まる距離や関係と、確実に減っていく寿命の中で「僕」にふと見せる弱い一面など、儚いながらも魅力的で心に残るヒロインになっています。

「僕」と桜良が放つメッセージ

実写版では大人になった「僕」と桜良の親友である恭子が、桜良からのメッセージを受け取るというオリジナルの展開を付けたことで、映画としての起伏を作っていました。

アニメ版では原作者が脚本に加わったことで、小説をアニメ映画にどうやって変換し、伝えたかったメッセージをどのように織り込むかが重要視されたのです。

結果的に本作は「僕」と桜良の関係を中心に、二人の出会いから絆が芽生え、お互いを大事に想う交流による成長を、原作に加える形で描いています。

その最たる場面として注目したいのが、病院に入院していた桜良が「僕」を連れ出して花火を見に行くシーンです。

原作では病室で桜良と花火を見るのですが、アニメ版では花火がよく見える場所で、美しい夜空の大輪をバックに抱き合う2人が描かれます。

人生最後の打ち上げ花火であることを桜良は理解していたのでしょう。「僕」はそんな桜良の不安を察知し「君に生きていて欲しい」と真っ直ぐに伝えるのです。

「僕」にとって桜良が何よりも大事で、1番の存在として見てくれている事を理解し、2人が重ねてきた時間が結実したことを感じた桜良はこの瞬間に救われました。

アニメ版独自の描写ですが、最後の花火を大事な人と見て気持ちが伝わるシーンは映像として非常に美しく説得力もあり、クライマックスとして観客を魅了するでしょう。

なぜ桜良は殺された?

あとわずかの寿命で、限られた時間の中「僕」と過ごすことを楽しみにしていた桜良は通り魔に刺されてこの世を去ります。

寿命が限られているからといって、それを全うできるとは限らない衝撃的な展開は、観る人にショックを与えるでしょう。

この展開は、病気の有無に関わらず、”人生をどう生きるか?”というメッセージになっているのです。

普段、何気なく過ごしている日常はとても尊いもので、残されている寿命は誰にも分かりません。

死ぬ側も、残される側も、最期を迎えたら関係は絶たれてしまいます。

桜良の最期は人間関係を含めて、いつ死んでも悔いの残らない生き方をしようという気持ちにさせてくれるのです。

やりたいことリストから見る桜良の気持ち

桜良は余命を告げられていることから、自分が大人になれず命が終わる事実を理解しています。

そのために「僕」と仲良くなった桜良は、共病文庫に”やりたいことリスト”を書き、叶えていくことにしました。

限られた条件の中で、やり残したことが無いように生きようという彼女の決意を感じます。

劇中で細やかに描かれている”やりたいこと”と、それを願った桜良の気持ちを推察してみましょう。

男の子とお泊り旅行をしたい

異性とお泊り旅行するというのは、普通の女子高生ならなかなか踏み出せない願いに感じます。お互いの関係性として、異性とお泊りするというのは、かなり心の距離が近くないと言い出せないからです。

ですが絶対に叶えたいと決めている桜良は、「僕」と一緒に富山から博多へ向かい、内緒の一泊旅行にでかけます。

本当は別々の部屋で寝る予定が、ホテル側のミスで1つの部屋に泊まることになった2人は、緊張しつつも同じベッドで寝ることになりました。

ここでお互いに緊張しつつも手を出すわけでもなく、二人で夜を過ごし、心の距離を縮めていくのです。

持病がある桜良は、容態が変化する可能性が高いため遠出が許されていないのですが、「僕」と一泊旅行をすると決めた彼女は親友の恭子の家に泊まると嘘をついてまで決行したことに満足します。

ですが「僕」と秘密を共有し仲良くなったことで、元気なふりをしていても実際は近づいてくる死の不安に怯えていることを告白できました。

強がりの自分ではなく、本当の自分を見せてもいい相手として、仲の良い異性である「僕」の存在が桜良の中で支えになっていることを示しているのです。

美味しいラーメンを食べたい

一見、なんでもないようなことにも思えますが、膵臓の病気を患っている人にとってラーメンは基本的に食べられないメニューです。

膵臓は食べた脂肪分を分解する物質を出すため、食事で脂っこいものを食べると膵臓の働きが強くなり、負担をかけてしまいます。

残り少ない人生で美味しいラーメンを食べるチャンスは、体調が良好であり、その上で美味しいお店は行列ができるであろうことから、実は難度の高い願いなのです

桜良は「僕」と博多旅行に行った際に、博多一幸舎でとんこつラーメンを食べることができました。幸せな瞬間として彼女の胸に刻まれたのではないでしょうか。

※紐付け ラーメン 体調と関連させる

恋人じゃない男の子といけないことをしたい

自宅に「僕」が来たときに、桜良はやりたいことの1つとして”恋人じゃない男の子といけないことをしたい”と告げます。

ここで桜良が考えていた”いけないこと”は、男女のキスを想定していたようですが、「僕」に迫るふりをして、自分から冗談めかしてごまかしてしまうのです。

その結果、「僕」は自分の気持ちを弄ばれたと思い、怒って桜良を押し倒します。

桜良と自分は直接的な言葉が無い関係でもお互いに好意を抱いていると思ったからこそ、「僕」は怒ってしまうのです。

なぜ桜良は恋人じゃない男の子といけないことをしたい、と共病文庫に書いたのかは理由があります。

いけないことをしたいと思ったのは「僕」と一泊旅行した後に追加された願いで、同じベットにいながらも接触すること無く緊張して一晩を過ごしたため、いけないことをしたいと考えたのです。

“恋人じゃない男の子”という前提は、桜良が過去に男子と付き合っていて、恋人同士の関係ではありましたが上手く行かなかった経験があったからでしょう。

恋人というものを経験している桜良にとって、もっと尊い存在である「僕」を”恋人”と表現するのがイヤだったように見えます。

桜良の表現を分かりやすく翻訳すると”「僕」とキスしたい”という願いになりますが、叶わずに終わりるものの、お互いの理解を深める結果となり、2人はより強く結びつくのです。

「君の膵臓をたべたい」の意味

短い期間でありながら、桜良と「僕」(春樹)の絆は深まっていきます。死ぬことに怯えていた桜良はかけがえのない関係を「僕」と構築していくのです。

お互いが思っているよりも深く、強い気持ちで通じ合った2人は、恋愛を遥かに超える感情を共有します。

そのことを表す「君の膵臓をたべたい」に含まれる言葉の意味や、以心伝心で繋がっていたからこそ明らかになったメッセージをお伝えします。

爪の垢を煎じて飲みたい

優れた人にあやかって、自分も成長したいということわざですが、春樹はメールを打つときに一回書いたものの、取り消して別の言葉を送ります。

桜良の死後、共病文庫に書いてあった遺言の中に、”爪の垢でも煎じて飲みたい”と書いてあるのを見つけた春樹は、送らなかった言葉が届いていたことに驚くのです。

2人がどれほど通じ合っていたかを表す描写であり、お互いに敬意を持っていたかが分かるシーンになります。

君の膵臓をたべたい

タイトルにもなっているこの言葉は、好意だけでは表せない相手への強い思いが含まれています。

春樹から桜良へのメッセージは、君の患っている病を無くしてしまいたい、という意味と、君と1つの存在として生きていきたい、の両方を含んでいるのでしょう。

2人の間には凡百の言葉を超えた相手を思うメッセージとして、「君の膵臓をたべたい」が共有されていたことが分かるのです。

最後に見たメールの内容が遺書に書かれていたことで、桜良と想いを共有できていたと知った春樹は、始めて桜良の死に泣くことができました。

桜良は、春樹と会える嬉しい気持ちで亡くなったことは幸せなのかも?
残された人は秘密の有無に関わらずショックを受けますし、見解が分かれるでしょう。

桜良と春樹の会話に見る運命

 

知り合ってすぐの頃に、桜良は春樹の名前を知る機会がありました。

”桜の花は散ったすぐ後に蕾をつけ、春を待つところが好き”と桜良が言ったあとに、共病文庫を拾った相手の名前が春樹と知り、名前の関連性に驚きます。

桜という春の花が咲く自分の名前に紐付けられるような“春の樹”が現れ、仲良くなったことは、桜良にとって運命的な出会いだったのでしょう。

そして桜良は、自分が春樹にとって必要な存在になりたいと願っており、そのことを含めて”桜は咲くべき時(春)を待ってる”と考えるのです。

その気持ちが通じたのか、春樹が桜良に対して”桜良の名前は君にぴったりだ”と告げるシーンに、作者のメッセージを感じます。

”春を選んで咲く花の名前は、出会いや出来事を偶然じゃなく選択だと考えている”と答えた春樹も、桜良に運命を感じたのです。

導かれたような出会いから、人生で大切な時間を過ごせたことが登場人物と観客の間で共有され、感情を揺さぶられるようになっています。

恭子と春樹が1年かけて友だちになり、他にも人付き合いができたのは桜良のおかげですね。
墓参りに来た恭子と春樹を見守るように、桜の花びらが揺れるシーンに桜良の気持ちを感じます。

「星の王子さま」と「こころ」が意味すること

映画の中で、桜良は「星の王子さま」を好み、「僕」は「こころ」を持っているシーンが描かれます。

読書が好きな「僕」ですが、原作では太宰治が好きと言っており、なぜアニメ版では夏目漱石の「こころ」を持ち歩いているかについては明かされていません。

桜良はお気に入りの「星の王子さま」がなぜ好きか理由を明言していませんが、劇中での表現から考察できます。

対になっている2人の本が何を意味しているか、ここで解説していきます。

サン・テグジュペリ「星の王子さま」

「星の王子さま」に登場する王子は地球にやってきましたが、自分の星を出るときに、一輪だけ咲いていたバラと喧嘩してしまうのです。

地球にやってきた王子さまはたくさんのバラが咲いているのを見て、バラは特別な存在では無かったと考えますが、すぐにその考えを改めます。

星にあったバラは、王子が丁寧に手入れをして、会話をし、費やしてきた時間があるからこそ特別だと知るのです。

モチーフとして“バラと王子”は桜良と「僕」であることを示しています。2人は関わり合った時間は短くとも、深くお互いを認めあい、特別な存在になりました。

桜良の遺書を読むシーンで映像が流れ、小さな星の上に桜があるのは、彼女の名前に入っている花という理由だけではなく、「星の王子さま」で描かれている世界を映像化しています。

王子が暮らしていた星の上に、バラ科の植物である桜を描くことで、「星の王子さま」のバラは桜良であり、王子である春樹との特別な時間があったことが伝わるのです。

”いちばん大事なものこそ見えない”という「星の王子さま」を代表するメッセージからも、桜良の心情を表す作品として選ばれているように感じます。

夏目漱石「こころ」

「僕」が読んでいる「こころ」には”恋愛とはどういうものか”や、”死生観”というテーマを主人公が先生に問う内容になっています。

好きな人ができたときに変わってしまう心のエゴや、死は必ず人生の中に含まれることなどの内容が、「僕」が置かれている状況を示しているのです。

また「こころ」には、桜良を知り仲良くなるうえで、心においておきたい2つのメッセージが書かれています。

”愛を求めると最終的には相手を抱きしめることができない”ことと、”秘密を抱えたままでは生きていけない”という2点が、「僕」の未来を変えるヒントになっているのです。

花火のシーンで「僕」は桜良を抱きしめますが、愛を求めると抱きしめられないことを知っている「僕」は愛という言葉で括れないほどの気持ちで桜良を包みます。

また恭子に共病文庫を見せたのは、桜良の遺言に従い秘密を明かすことで、「こころ」に描かれている“秘密を抱えたまま死んでいく”の対比として秘密を明かして生きていく春樹を表現しているのです。

「こころ」を読んでいる「僕」が小説の出来事をなぞりながらも、自分と桜良が選んだ道を生きていくことから、「こころ」は越えていくべき自分を意味しているのではないでしょうか。

劇中曲が描いている「キミスイ」の世界観

劇中で使用されている歌曲を担当しているのが、4ピースのロックバンドであるsumikaです。

明るくポップな音作りを得意としており、ファーストシングルから3枚続けてアニメ作品とのタイアップをするなど、アニメと相性のいいバンドでもあります。

オープニング、劇中、エンドロール中の主題歌と、作品のイメージに関わる根幹の曲を任されたsumikaは、間違いなく最高の仕事を成し遂げました。

3つの曲がどのように「キミスイ」の世界観を構築しているかをお伝えしていきます。

原作者の住野よるがsumikaの大ファンだったこともあってタイアップが実現したそうです。

ファンファーレ

オープニング曲として流れる「ファンファーレ」は、制作された画面を観て曲イメージを作ったのではなく、曲を先に出して欲しいというオファーから始まっています。

sumikaのメンバーは自分たちの楽曲が「キミスイ」を見始める観客に対して、最初の印象を与える主役となることにプレッシャーを感じたそうです。

作詞作曲を担当した片岡健太は何曲も挑戦して、最終的に「キミスイ」の登場人物たちが高校生ということで、その頃どう音楽に向き合ったかの初期衝動を曲にしました。

暗いネガティブなイメージすら飲み込んで、美しい瞬間を見つけに行こうという、「僕」に待ち受ける人生の大きな変化と美しい世界を思わせる一曲になっています。

このオープニング曲に合わせてアニメーションが作られ、音と絵が合わさったときに片岡は愛情に満ち溢れたオープニングをみて嬉し涙が出たそうです。

「僕」が迎える新しい世界に、美しいものが待っているという祝福を込めた曲と映像美のコラボレーションは非常に印象的で、引き込まれます。

秘密

劇中で桜良と「僕」が花火を見ながら抱き合い、お互いを大事に想う気持ちを確認するというシーンで流れるのが「秘密」です。

曲中では、自分が夢に見たようなことが叶う嬉しさと戸惑い、相手と自分とが抱き合うことで伝わる熱など、作中で桜良と「僕」が感じてる気持ちを表現しています。

桜良には、生きているうちに見られる最後の花火であることを分かっており、かけがえのない瞬間を共有して、「僕」の中の特別でありたいと考えているのです。

「僕」はそれを理解し、気持ちを伝えたことで、桜良が胸に抱えている願いが叶い救済となるクライマックスのシーンなので、強く印象に残る曲になっています。

春夏秋冬

映画のラストで流れる曲として、「春夏秋冬」は後味を決める重要な役割を持っています。

初めてsumikaのメンバー全員で作曲を手がけており、作曲名義もsumikaになりました。

歌詞の中で、思い出にずっと残り続ける桜良を想うようなメッセージが込められており、季節が巡るたびに桜良へ伝えたいことが増えていくような描写があります。

春樹(「僕」)の中で桜良は大事な存在として、悲しみで終わるのではなく、絆はきちんと繋がったまま未来へ進む意志も感じられるのです。

ラストにこの曲が入っているおかげで、辛い別れで終わるわけではなく、二人の出会いが新しい世界を広げてくれたというメッセージがあるため、前向きな気持ちを感じます。

3曲とも手に入れたいのですけれど、どうしたらいいですか?
セカンドフルアルバム「Chime」に3曲全部入っているので、チェックしてください!

実写版とアニメ版、どっちを先に観る?

「キミスイ」は先に実写映画化されており、後からアニメ版が登場しました。原作ファンとしては実写版からアニメ版を観た方も多いでしょう。

映画の「キミスイ」をまだどちらも観ていないのであれば、アニメ版から実写版という順番で観ることをおすすめします。

アニメ版は原作に忠実に作られており、基本となるストーリーラインを落ち着いて追えるからです。

寿命を迎えることなく、通り魔に刺されて亡くなる桜良と、残された遺志を受け進む「僕」たちというプロットをアニメ版で学んで、実写版の「キミスイ」を観ましょう。

実写版は映画化する上で原作になかった”12年後の春樹”が登場し、過去を思い出す中で桜良が残したメッセージを恭子に届ける仕掛けが加わっているため、印象が変わるのです。

桜良が残した謎というギミックを加えることで、過去パートに加えて現在パートも盛り上がり、悲しみや感動に加えて幸せな空気も流れるなど実写版ならではの追加要素があります。

そのため、アニメ版を先に観てから実写版を観ると、原作のストーリーラインを把握した上で追加された要素を楽しめるので、混乱が起きません。

それぞれ楽しみのポイントが変わるので、どちらも鑑賞していただき、違いを堪能してください。

まとめ

一番早くメディアミックスが決まりながら、より良い作品づくりのために最後に登場することになった本作。

原作者の住野よるも「最後のメディアミックスかも知れない」という覚悟があり、世界観を描く上で楽曲を自分が信頼するバンドであるsumikaに任せるなど本気度が高いです。

製作者全員のモチベーションが高く、回想シーンでは桜良が何を考えて遺書を残したのかを悲しくない映像で表現するなど、泣ける映画にとどまらない工夫が観られます。

製作期間は約2年用意され、じっくり取り組んだ結果名作となって世に出た「君の膵臓をたべたい」をぜひおうちシネマで楽しんでください。

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かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~(ネタバレ・考察)お互いに告白できない真の理由とは?かぐやと白銀の恋愛を阻むものを考察! https://cinemaxina.com/kaguyasamahakokurasetai/ https://cinemaxina.com/kaguyasamahakokurasetai/#respond Thu, 24 Mar 2022 23:00:22 +0000 https://cinemaxina.com/?p=27315 出典 : https://plus.paravi.jp/entertainment/009390.html 「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」は 2019年9月6日に公開されました。 ジャニーズ事務所に所属する注目の若手・King & Princeのメンバー平野紫耀と、「銀魂」(2017年)など

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「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」は 2019年9月6日に公開されました。

ジャニーズ事務所に所属する注目の若手・King & Princeのメンバー平野紫耀と、「銀魂」(2017年)などの漫画原作の映画で、美少女ながらそのコメディエンヌぶりが高く評価されている橋本環奈。

今作品はこの美男美女二人のW主演で注目を集めた映画となっています。

原作は赤坂アカの大人気漫画で、監督は「ニセコイ」(2018年)などの漫画を原作とする作品を手掛けた河合勇人、「翔んで埼玉」(2019年)実写版で一躍ブレイクした徳永友一が脚本を務めました。

「恋愛は告白した方が負け」という理念のもと、平野紫耀演じる白銀御行と橋本環奈演じる四宮かぐやの二人の天才が「如何にして相手に告白させるか」を競う一風変わったラブコメ作品です。

「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」よりかぐやと白銀がお互いに告白できない真の理由、二人の恋愛を阻むものを考察していきたいと思います!!

かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~(2019年)

見どころ
どうしたら告らせられるか?初共演を果たしたKing & Princeの平野紫耀と橋本環奈が「告白した方が負け」の異色の頭脳戦に挑む。原作は赤坂アカの人気コミック。
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あらすじ
将来を期待されたエリートたちが集う私立・秀知院学園。頭脳明晰な生徒会会長・白銀御行と、文武両道で美貌の持ち主、大財閥の娘である生徒会副会長・四宮かぐやは互いに惹かれあっていた。しかし、高過ぎるプライドが邪魔をして、告白することができず…。
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かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~(ネタバレ・考察)

平野紫耀と橋本環奈のW主演であり、その他にも佐野勇斗、浅川梨奈、堀田真由など豪華なメンバーが集結した本作。

撮影現場は和気あいあいとしており、始終笑いが絶えなかったようです。

原作者の赤坂アカさんのコメントを交えつつ、出演者の撮影でのエピソードなどを紹介していきましょう。

平野紫耀の天然っぷりが炸裂!?

King & Princeのメンバーの一人である平野紫耀。その端正な顔立ちと飾らない性格でたくさんのファンの心を鷲掴みにしています。

そんな彼の魅力の一つであるのが、一見完璧に見えるようで実はドがつくほどの天然である事です。

その天然っぷりは本作の撮影時にも多く見られ、周りを度々爆笑の渦に巻き込んだというエピソードがあります。

例えば、生徒会の面々が生徒会室の掃除をするシーンがあるのですが、その時に平野さんは本来言うべき役者さんの名前ではなく、近くにいた音声さんの名前を言ってしまったのです!

そこで一瞬の沈黙後、出演者・スタッフ一同が爆笑に包まれるという出来事がありました。

平野さんは普段から天然な発言や行動でKing & Princeのメンバーから度々いじられるという、“愛され天然キャラクター”ぶりを放っているのだそうです。

平野さん演じる白銀御行もかぐやへの想いが暴走し過ぎて、映画内で変な行動に走ってしまう面があるので、そこは二人の共通点といえるのかもしれませんね。

プライベートでも仲良しな三人

四宮かぐや役の橋本環奈、藤原千花役の浅川梨奈、早坂愛役の堀田真由はこの撮影を通じて、プライベートでも一緒に行動するほど、仲良くなったという話があります。

三人で原宿にクレープを食べに行ったり、恋バナもする仲になったのだそうです。

そして、浅川さんは元々、橋本さんの大ファンだという事で、会えた時は物凄い喜びを感じたというエピソードもあります。

橋本さんは、超・お嬢様のかぐやを演じるにあたって、普通の人と違う感覚や、世間一般の感覚をかぐやの基準で考えるという事を常に考えて役作りにあたったそうです。

劇中に登場する映画館のシーンで、かぐやの「一般人と違う基準」というものが顕著に表れています。

映画の前売り券を当日券に変える手順がわからず、白銀と別々の席になってしまうというワンシーンです。

堀田さんはかぐやの使用人役という事で、抑揚をつけずに、業務的に台詞を言うという部分で大変苦労したとの事。

そして、人生初!のカラコンにも挑戦したのだそうです。普段まばたきの多い堀田さんは意識してまばたきを少なくする、という役作りにも気をつけたのだそうですよ。

そしてそして!藤原千花を演じた浅川さんは千花の特徴である高い声をキープするのに、非常に苦戦したという話もあります。

たまに地声に戻ってしまい、撮影現場は笑いに包まれたそうです。

こういった話を聞くと、役者さんの“役になりきる”という苦労がひしひしと伝わってきますね!

因みにこの三人は好きな人には自分から告白するタイプだそうで、こんな三人の美女から告白されたら、落ちない男性はいないのではないでしょうか!?

原作者・赤坂アカさんの恋愛観とは?

原作者の赤坂アカさんは、「大人は基本的に告白しないもの」と考えているとの事。

色々な流れの中、お互いの好意を察して、先に関係があって、いつの間にか付き合っている、というのが、赤坂さんの思う恋愛観なのだそうです。

実写映画化にあたってのインタビューで、赤坂さんは“告る”という行為そのものが「青春の象徴」と語っていました。

確かに大人になると、恋愛に対して段々と小ずるく!?なってくる面はあると思います。

しかし、何歳になっても青春していたい!!と思う方も中にはいるのではないでしょうか!?

言葉は形にしないと相手には伝わりません。

格好悪くても、鈍くさくても、「好き!」と相手に伝えられる純粋な心は何歳になってもどこかにこそっと持ち合わせていたいものです。

恋愛は人それぞれの考え方があるので、奥深く難しいものですね!しかしそこが人に恋をするという面白味でもあるのでしょう!!

確かに大人になるとダイレクトに「好き」と相手に伝えることは、少なくなるパターンもありますよね。
匂わせだったり、駆け引きだったり…そういった事もありますが、そんな事をしているうちに他の誰かに持っていかれてしまう、といったパターンもあります。過度なプライドは厳禁ですね。

かぐやと白銀がお互いに好きと言えない真の理由とは?

「かぐや様は告らせたい」というタイトル通り、この映画はかぐやと白銀が“如何にして相手に好きと言わせるか”という部分が肝となっています。

二人のプライドが高すぎる、という点が注目ポイントですが、実は真の理由は別のところにあるのではないでしょうか?

そこを考察していきたいと思います。

お互いに恋愛初心者である

かぐやと白銀の恋愛経験値はほぼゼロに近いといえます。

言い方を変えると恋愛に疎い、恋愛に対して全くの初心者なのです。

その為、好きな気持ちをどう伝えたらいいのかわからない、といった面も有るのだといえます。

告らせても、その返事がOKとは限りません。告る、という事の前にかぐやと白銀は男女の付き合いというものがいまいち良くわかっていない、という説も考えられます。

実際に、映画終盤の生徒会長立候補演説の時に、「好き」という気持ちを二人が情熱的に伝え合う場面が出てきます。

陳腐、というと失礼ですが、恋愛上級者であれば、全校生徒の前であんな風に愛を伝え合うのは、はっきりいってタブーです。

このシーンは原作やアニメにはないオリジナルのストーリー展開で、一見完璧に見えるかぐやと白銀の人間らしい一面が垣間見られる、貴重なシーンともいえます。

そして、このシーンはかぐやと白銀が初めて相手に素直になれた場面でもあり「もうそのままの勢いで付き合っちゃえばいいのに!」との声が聞こえてきそうなシーンでもあるのです!

傷付きたくないが為に臆病になっている

映画の中盤で、かぐやが白銀の唇に人差し指をあてて間接キスをするというシーンがあります。

これはまさに、かぐやなりの精一杯の白銀へのアプローチなのです。

「この先まで進んだらどうなってしまうんだろう…」「もう前のようには戻れない…」という、かぐやの臆病な気持ちがこのシーンには溢れています。

もしかしたらかぐやは、傷付きたくないが為に、白銀との関係を「このままでもいい」と考えているのではないでしょうか。

付き合うという事は、必ずしも相手のいいところを発見していける、という事だけにはとどまりません。

相手の嫌な面や嫌いな面も必ず目に留まります。

かぐやが白銀のそういった面を見たらどう思うのでしょうか?そして白銀にもそれは同じようにいえる事です。

そして、恋愛とは臆病になってしまう病気のようなものです。

かぐやがかかった恋煩いという病気は、かぐやの臆病な面からきているものともいえます。

かぐやと白銀の恋愛を阻むもの

かぐやは生まれつきながらの超・お嬢様です。

大手財閥・四宮グループの令嬢であり、血筋の良さからきているものなのか、何をやってもそつなくこなす、万能型の天才といえます。

一方、白銀は一般階級で育った、いわゆる庶民であり、通学にもママチャリを使うなど、かぐやとは全く違う世界で育った人物です。

しかし、成績は常にトップの座をキープしており、家でもろくでなしの父親の代わりに家事をこなすなどの努力型の天才といえます。

そんなかぐやと白銀の恋愛において障害となるものは、ずばり身分違いの恋というところにあるでしょう。

それは生徒会のメンバーの皆で花火大会に行くというシーンで顕著に表れています。

お嬢様であるかぐやは、夜間の外出を父親から禁じられてしまうのです。

かぐやは何とか家を抜け出し、車の中からではありますが、皆で花火を見るという夢を叶えるのでした。

ここで本題に戻りますが、もしこの先、仮に二人が付き合うという形になった場合、かぐやの父親がそれを許すのか?という事が一番の焦点になります。

かぐやと白銀の恋愛はまさに「タイタニック」や「ローマの休日」を彷彿とさせるようなものです。

しかし、かぐやと白銀には幸せになってほしいものですね!二人で力を合わせて、どんな困難も乗り越えていってほしいものです!!

かぐやの父親は姿を見せるのですか…?
 映画内では姿を現しません。しかし厳格な父親である事は確かですね。

「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」見どころポイント

この映画の見どころは、何といってもラストのかぐやと白銀のキスシーンです。

千花に背中を押され、不意打ちのキスとも呼べますが、そこでもかぐやと白銀、二人の計算高さが出ていました。

キスをする時、かぐやはわざとかかとを上げ、白銀は唇がちゃんと触れ合うようにわざとかがんだという、事故に便乗したようなキスだと二人は睨んだのです。

このキスシーンは「合成なのではないか!?」と平野紫耀さんファンから声が上がるほど、衝撃的なシーンでもありました。

平野さんファンからは「ショックでラストだけ見られない…」などの意見も上がり、如何に彼がKing & Princeのメンバーとして人気を得ているかという事の象徴でもあるエピソードです。

たとえ、合成であってもなくても、美男美女である二人のキスシーンは大変美しく、この映画の一番の見どころポイントと呼べます!!

そして映画は第二弾へ!!

「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル」と題し、かぐやと白銀、そしてお馴染みのメンバーが映画館にカムバックします!!

相変わらず「相手に告白させる」というこじらせ恋愛から抜け出せないかぐやと白銀。

生徒会の新メンバー、会計監査の伊井野ミコ役に日向坂46の影山優佳を迎え、更に映画は勢いを増します!

学園の2大イベント“文化祭”と“体育祭”を経て、何と舞台は海外へ!?

映画の第二弾として、今度はどんな恋愛バトルが繰り広げられるのか非常に楽しみですね!!

主題歌はKing & Prince「恋降る月夜に君想ふ」に決定しており、「うっせえわ」という楽曲で一躍ブレイクを果たした歌手Adoが「会いたくて」という挿入歌で映画に彩りを添えます。

平野紫耀と橋本環奈の高い顔面偏差値を拝みに行くのも良し!ストーリーを楽しむのも良し!あなた流で映画を楽しみましょう!

まとめ

以上、「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」よりかぐやと白銀がお互いに告白できない真の理由、二人の恋愛を阻むものの考察を、小話を交えながら紹介してきましたが如何でしたでしょうか!?

人気俳優の佐藤二朗も医者役で出演していますので、そこもお見逃しなく!!

今作品では原作やアニメとは違うオリジナルストーリーも描かれているので、そこも見比べて楽しんでみて下さい。

平野紫耀と橋本環奈の美男美女ぶりには本当にうっとりするので、それだけでも大満足の映画となっています!!

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八日目の蝉(ネタバレ・考察)希和子は恵理菜を愛していたのか?逮捕のシーンでの希和子の気持ちを考察!タイトルの意味にも迫る!! https://cinemaxina.com/youkamenosemi/ https://cinemaxina.com/youkamenosemi/#respond Wed, 21 Jul 2021 01:54:24 +0000 https://cinemaxina.com/?p=22469 映画「八日目の蝉」は2011年4月29日に公開された映画です。 直木賞作家である角田光代の小説を実写映画化したもので、「ミッドナイトイーグル」(2007年)「ふしぎな岬の物語 」(2014年)などの代表作を持つ成島出がメガホンを執りました。 脚本を手掛けたのは「サマーウォーズ」(2009年)「おおかみこどもの雨と雪」(

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映画「八日目の蝉」は2011年4月29日に公開された映画です。

直木賞作家である角田光代の小説を実写映画化したもので、「ミッドナイトイーグル」(2007年)「ふしぎな岬の物語 」(2014年)などの代表作を持つ成島出がメガホンを執りました。

脚本を手掛けたのは「サマーウォーズ」(2009年)「おおかみこどもの雨と雪」(2012年)などのアニメ映画の脚本で知られる奥寺佐渡子です。

そして井上真央、永作博美を始めとする豪華俳優陣が出演した事でも話題となりました。

第35回日本アカデミー賞10冠を達成した、映画「八日目の蝉」から希和子は恵理菜を愛していたのか?逮捕のシーンでの希和子の気持ち、タイトルの意味を考察していきます!!

八日目の蝉(2011年)

見どころ
誘拐犯のもとで愛情いっぱいに育てられた女性の苦悩と葛藤を描く人間ドラマ。「ソロモンの偽証」の成島出が監督を務め、日本アカデミー賞では作品賞を含む10冠を獲得!
出典 : video.unext.jp

あらすじ
生まれてすぐ父親の愛人に誘拐され、4歳まで育てられた恵理菜。両親のもとに戻るも、世間からいわれのない中傷を受け、自分の家族に実感を持てずにいた彼女は、誰にも心を開かないまま成長。そして、妻子ある男を好きになり、彼の子供を身ごもってしまう…。
出典 : video.unext.jp

八日目の蝉(ネタバレ・考察)

「八日目の蝉」は他人の子供を誘拐し、育てるというその衝撃的な内容から、大きな反響をよんだ映画です。

また、ストーリーのあまりの切なさに泣ける邦画としても話題になりました。

ここでは「八日目の蝉」の、日本アカデミー賞総ナメの話題と、子供時代の恵里菜を演じた子役について、そして中島美嘉が担当した映画の主題歌についても紹介していきたいと思います。

日本アカデミー賞10冠に輝いた名作!

映画「八日目の蝉」は第35回日本アカデミー賞で作品賞を始めとし、10冠もの賞を受賞しました。

第35回日本アカデミー賞

  • 作品賞
  • 監督賞
  • 主演女優賞
  • 助演女優賞
  • 撮影賞
  • 照明賞
  • 録音賞
  • 編集賞
  • 音楽賞
  • 脚本賞

如何にこの映画が素晴らしい映画であるかという事が証明されたのです。

難しい役どころながら最優秀主演女優賞を受賞した井上真央は、喜びの涙と共に、この経験を糧にこれからも女優業を頑張っていきたいという主旨のコメントを発しました。

そして、主な撮影地となった瀬戸内・小豆島の人々にも感謝の意を述べたとの事です。

恵里菜の幼少期を演じた天才子役とは?

恵里菜の子供時代を演じたのは、渡邉このみという子役です。

本作で当時4歳ながら、第35回日本アカデミー賞新人俳優賞を史上最年少で受賞するという輝かしい功績を残しました。

しかも演技未経験でこの映画「八日目の蝉」がデビュー作なのだそうです!

この作品でデビューした後、2014年に放送されたテレビドラマ「明日、ママがいない」では両親を失った事で妄想癖を患った、ボンビという役を演じました。

今や子役から大スターとなった、芦田愛菜とも共演を果たしているのです!

その他にもNHK朝ドラの「まれ」や「べっぴんさん」でも主人公の子供時代を演じています。

現在は芸能界を引退されたとの事ですが、映画「八日目の蝉」で見せてくれた演技はもう素晴らしいとしか言いようがありません!

中島美嘉が主題歌を担当

本作の主題歌は中島美嘉が担当しています。

両側耳管開放症という耳の病気を患い、音楽活動を休止していた中島美嘉ですが、本作の主題歌「Dear」で堂々の復帰を果たしました。

「Dear」という曲はまさに親子の愛情を歌ったような珠玉のバラードとなっています。

歌詞の中で「命がめぐってまた会う日まで、あなたがくれた愛を永遠に抱き続ける」という表現があります。

これはまさに希和子と恵理菜の関係性を歌ったような曲として、捉える事ができる楽曲となっているのです。

八日目の蝉には元ネタとなった事件がある!?

「八日目の蝉」には元ネタとなったのではと言われる痛ましい事件があります。

1993年12月東京都日野市で放火事件が発生し、幼い2人の子供の命が奪われました。

映画「八日目の蝉」とこの事件にはいくつかの類似点と相違点があるのでそこを見ていきましょう。

作品との類似点

  • 中絶を経験
  • 不倫相手の妻からの嫌がらせ
  • 自分を被害者と考えている

作品との相違点

  • 子供を誘拐ではなく自らの手で殺した
  • 最初から子供の命を奪う事が目的だった
  • 残虐性がある

このような類似点から、原作者の角田光代さんはこの事件をベースに「八日目の蝉」を執筆したのではないかと言われています。

しかし、角田さんが明言したわけではないので、この「八日目の蝉」という作品はフィクションと考えていいでしょう。

希和子は恵理菜を愛していたのか?

この映画には何が正しくて何が間違っていたという事の答えがありません。

もちろん、誘拐は犯罪です。

しかし、希和子の恵理菜への愛情は本物だったといえるでしょう。

その証拠に恵理菜がどんなに泣いても希和子は決して手を挙げたりする事はありませんでした。

そして希和子が逃げ場所として選んだ、女性だけが入居できる“エンジェルホーム”という施設でも「私にはこの子しかいないんです」という発言をしています。

恵理菜の実の母親はどこか狂っている一面がありました。堕胎した希和子に「人殺し」「空っぽのがらんどう」などの言葉を浴びせ、希和子の心をズタズタにしたのです。

希和子はいつも自分の事より、恵理菜の事を第一優先に考えていました。

「空っぽのがらんどう」であった希和子の心を満たし、自分の事を唯一肯定してくれた存在が恵理菜であったのです。

恵里菜の為に希和子は必死で働き、どこに行くにも何をするにも一緒で、相思相愛であった希和子と恵理菜。

はたから見ると本当の親子にしか見えません。

そう考えると、恵理菜は実の親である秋山夫妻の元に戻るよりも真実を知らさせず、希和子と一生一緒に暮らした方が幸せだったのではないか、とも受け取れます。

まだ産まれたての恵里菜をおいて、家を空ける秋山夫妻のシーンがありますが…?
生まれたての子供をわずか数分間でも一人にする。こういった部分が、秋山夫妻の恵里菜への愛情や関心の度合いを示しているともいえますね。

逮捕のシーンでの希和子の気持ち

希和子は恵理菜を誘拐した事で最終的に逮捕されます。

ここで希和子は意外な言葉を発するのです。

その言葉とは「その子はまだご飯を食べていません!」という、母親が子供の身を案ずるものでした。

警察に「よろしくお願いします」と頭を下げるシーンは4年間という歳月の中で、希和子と恵理菜が血は繋がっていなくとも、本当の親子だったという証なのではないでしょうか。

この言葉は、希和子が本当に恵理菜の事を愛していたという、核心にも迫った台詞なのです。

タイトルに込められた意味とは?

「八日目の蝉」というこのタイトルの意味は、様々な憶測ができますが、夫のいない妊婦の事を指すという一説が挙げられます。

蝉は一般的に孵化してから一週間しか生きられないと言われ、儚いものの象徴としてイメージされる事も多いのではないでしょうか。

しかし、雄の蝉が死んでしまった後も、雌の蝉は産卵の為に1週間以上、生き続けるという事が近年の様々な研究で判明してきました。

「八日目の蝉」というタイトルは、夫のいない妊婦という観点から見るとずばり恵理菜の事なのです。

そして、堕胎はしたものの、新しい命を宿した経験のある希和子の事も指すのではないでしょうか。

小池栄子演じる千草の言う、「だれも見た事ができない綺麗なものを見られるかもしれない」という台詞の“綺麗なもの”とは赤ん坊の事を意味しているのです。

そう考えると、血の繋がっていない恵理菜の事を実の子供のように愛した希和子と、お腹の子を大事に育てると決意した恵理菜の気持ちが一致します。

「八日目の蝉」とは希和子と恵理菜の事で、二人の間には一言では語りきれない絆と愛情が存在していたのです。

希和子はその後どうなったのか

希和子は懲役6年という判決を言い渡されます。

服役後、希和子はどんな人生をおくったのでしょう?

映画では、希和子は小豆島の写真館を訪れ、恵理菜と一緒に撮った写真を持って帰ったという部分までしか描かれていません。

原作の小説も映画と同じく、その後の希和子がどういった人生をおくったのかは書かれていないのです。

原作とドラマ、映画でのラストシーンはそれぞれ異なり、原作では恵里菜と希和子がお互いに気付かないままフェリー乗り場ですれ違います。

そしてドラマ版では希和子の勤め先である喫茶店に恵里菜がやって来て、去っていく恵里菜の後ろ姿を希和子が見つめ続けるというラストになっているのです。

映画版での考察ですが、事件のその後、希和子は恵理菜との想い出を胸に、ひっそりとどこかで恵理菜の事を見守っていたのではないでしょうか。

作品中で「憎みたくなかった、お父さんの事もお母さんの事も、あなた(希和子)の事も」という恵理菜の台詞があります。

そして、小豆島に戻ってきたかったという恵理菜の言葉と同じく、希和子も恵理菜が島に戻ってくるのを密かに待ち続けているといえます。

希和子の立場としては自分は母親のフリをしていただけなので、恵里菜に苦労をかけた事で、合わせる顔がないと考えている面が大きいのではないでしょうか。

その為、希和子は恵里菜に自分から積極的に会いに行くという事はしないと考えられます。

可能性として考えられるのは、恵里菜が自ら希和子を探し会いに行くという事です。

恵里菜は生まれた赤ん坊を抱いて、希和子の元を訪れ、そこで二人は何十年ぶりかの再会を果たすのではないでしょうか。

小池栄子が放つ存在感

この映画で欠かせない人物として登場するのが小池栄子演じる、安藤千草です。

千草は“エンジェルホーム”で子供の頃に希和子や恵里菜と会った事のある人物でした。

最初は誘拐事件の事を探るフリーのライターとして恵里菜に近付いた千草ですが、本来の目的は恵里菜に会う事だったのです。

不倫相手の子供を身ごもった恵里菜の心を支えたのが、千草という存在でした。

最初は千草の事を面倒臭いと感じていた恵里菜でしたが、二人は一緒の時間を過ごす中で段々とお互いにかけがえのない存在になっていきます。

千草は、普段とてもおどおどとした感じの女性です。話し方など、挙動不審な部分が多々あります。

それは小さな頃から“エンジェルホーム”という女性だけが住む特殊な空間で育った事が関係しているのです。

男性が苦手で、自分に自信がなく、「もっと普通の環境で育ててほしかった」と、恵里菜に感情を吐露する場面は観ていて思わず胸が痛くなります。

グラビアアイドルとしてデビューした小池栄子ですが、その高い演技力に定評があり、今や色々なテレビドラマや映画、舞台にも引っ張りだこです。

本作でも日本アカデミー賞最優秀助演女優賞にノミネートされるなど、その実力を確かなものとしました。

どんな作品に出ても高評価を得ており、今作品の主演である井上真央や永作博美を食う程の存在感を放っています。

「八日目の蝉」の見どころポイントは?

この映画の一番の見どころポイントは、ずばり言って写真館でのシーンです。

すぐそこに警察の手が忍び寄ってきている事に気付いた希和子は、最後の思い出にと、恵理菜と二人で写真館に行きます。

その時の希和子の表情が何ともいえず切なく胸にぐっとくるものがあるのです。

日本アカデミー賞で永作博美が最優秀助演女優賞を受賞したのも、納得の演技力といえるでしょう。

彼女は本作が公開される前の2010年に第1子となる男児を出産しており、その影響もあってなのか、希和子という人間が憑依したように役を演じています。

写真館のシーンは非常に繊細で、胸を締め付けられる仕上がりのシーンとなっており、ここがこの「八日目の蝉」という作品の究極の“泣かせポイント”なのです。

永作博美は2013年に第2子となる女児も出産しています!
母親である身だからこそ、この難しい希和子という役を見事に演じ切れたという側面もあるのでしょうね。

まとめ

以上、「八日目の蝉」という映画から希和子は恵理菜を愛していたのか?逮捕のシーンでの希和子の気持ち、タイトルの意味を考察してきましたが如何でしたでしょうか?

この「八日目の蝉」という作品は母親である人、もうすぐ母親となる人、そして男性にも是非!観てほしい映画となっています。

暗い雰囲気の邦画は嫌い、という方も食わず嫌いせず1度騙された!と思って観てみて下さい!!

号泣必死の非常に素晴らしい映画となっています。

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バケモノの子(ネタバレ・考察)九太と熊徹が得た一番の”強さ”とは?本作が持つジブリと宮崎駿へのメッセージ https://cinemaxina.com/bakemononoko/ https://cinemaxina.com/bakemononoko/#respond Tue, 20 Jul 2021 02:35:35 +0000 https://cinemaxina.com/?p=26779 「バケモノの子」は2015年に公開された、細田守監督のオリジナルアニメ映画です。 バケモノ(獣人)である熊徹と、人間の子でありながらバケモノの世界で暮らす九太(人間界での名前は蓮)を中心に描いたアクション・アドベンチャー作品になっています。 過去作品の「サマーウォーズ」(2009年)や「おおかみこどもの雨と雪」(201

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「バケモノの子」は2015年に公開された、細田守監督のオリジナルアニメ映画です。

バケモノ(獣人)である熊徹と、人間の子でありながらバケモノの世界で暮らす九太(人間界での名前は蓮)を中心に描いたアクション・アドベンチャー作品になっています。

過去作品の「サマーウォーズ」(2009年)や「おおかみこどもの雨と雪」(2012年)に引き続き、テーマに”家族の絆”を扱っていますが、より広い層が楽しめるのが特徴です。

様々なテーマを感じるストーリー、視線を釘付けにするアクション、現実世界とバケモノ界の描きわけによる映像美など、観客を魅了するポイントが満載の本作。

登場キャラの成長や変化を中心に、楽しめるポイントや監督が何を観せたかったのかを考察していきましょう。

バケモノの子(2015年)

見どころ
バケモノ界に迷い込んだ少年の冒険を通し描かれる絆や淡い恋愛に、あらゆる世代が共感。役所広司、宮﨑あおい、広瀬すずら、日本映画界を代表する豪華俳優が声優に挑戦。
出典 : video.unext.jp

あらすじ
母親を亡くし一人ぼっちになってしまった渋谷に住む少年・九太は、強さを求めてバケモノたちが住む「渋天街」に行くことに。そこで出会ったバケモノ・熊徹との奇妙な共同生活と修行の日々を送り成長した九太は、現実の世界に戻り女子高校生・楓と出会う。
出典 : video.unext.jp

「バケモノの子」(ネタバレ・考察)

「バケモノの子」はアクションとほのかな恋心、家族の絆に巨大な怪物の大暴れなど、観客の興味を惹く要素が目一杯詰め込んである、宝石箱のような映画です。

子供から大人まで見入ってしまう楽しさが用意されており、男の子女の子はもちろん、お年寄りまで楽しめるようになっています。

また細田監督作品に共通する”家族の形”などを始め、いくつものメッセージが入っているので、気付きを得ると新しい発見があるでしょう。

テーマとして”家族”や”強さ”がどのように劇中で示されているのか、見どころを中心に触れながら考察していきます。

生きていくための”強さ”とは?

母子家庭で育つものの、母を事故で亡くしてしまう主人公の蓮(宮崎あおい)が、親族に引き取られる際に逃亡します。

蓮は自分が親族に歓迎されていないことを理解している賢さと、自分1人で生きていけると考える幼さを持ち合わせているのです。

行き場のない蓮は、周囲に頼らず生きていくための”強さ”を欲しがりますが、明確にはなにが”強さ”なのか分かっていません。

問いかけられる”強さ”の形は大人でも理解が難しいですが、蓮が成長することで得る”強さ”の正体は蓮と観客で共有されます。

細田監督が伝えたい生きるための”強さ”を蓮が手にしていくことで、観客は強さの形が複数あることに気づいていくのです。

幼い考えが危うさを感じさせる蓮ですが、観客は”同じ状況になったとき、こういう選択をするかもしれない”という共感を蓮から受け取り、応援する気持ちになります。

蓮と観客は”強さ”をテーマとして思い描き、蓮が”強さ”を手に入れていく過程は観客の喜びになるのです。

共に囲む食卓は”家族”の証

渋谷の路地裏にたどり着き、そこで明らかに人間とは違う”バケモノ”の熊徹(役所広司)と出会う蓮。

強者である熊徹はバケモノ界を治める”宗師”の次期候補ですが、粗暴すぎるため弟子を取ることを義務付けられるものの、悪名が知れ渡っており弟子候補がいません。

そのため人間の弟子を探しに来た熊徹と、強さを求める蓮は運命的に出会いますが、すんなり弟子入りとはならないのです。

2人の距離を縮めたのは、バケモノ界で起きたケンカが発端でした。熊徹がライバルとしているイノシシのバケモノ、猪王山と衝突します。

実力は同じぐらいですが、野次馬たちは猪王山しか応援しません。圧倒的な武力という”強さ”を持ちながらも一人ぼっちである熊徹。

一人ぼっちの辛さを知る蓮は熊鉄を応援し、熊徹はそれが嬉しかったのか、熊徹と蓮の間には今後育んでいく”絆”が生まれてくるのです。

弟子入りを決めた蓮は熊徹の家で、食べれなかった卵かけご飯をかきこむことで、自分の意志で苦手なものを克服してみせます。

師匠と弟子の関係が始まると同時に、同じ釜の飯を食うことで”家族”となった2人は、1人ぼっちではなく、親子2人として一緒に過ごすことを表明しているのです。

最初に提示された”強さ”の追求に加えて”家族の成長”というテーマも描かれるため、物語は深みを増していきます。

1人では気づけなかった”強さ”

熊徹は蓮にバケモノ界での名前を与えますが、「9歳だから九太」と命名するなど熊徹は悪いバケモノではないが雑な性格である様子が描かれます。

不完全な熊徹が幼い九太と組み合わさることで、不安はあるものの、この先成長が楽しみな親子として物語を引っ張っていくのです。

熊徹が九太に自身の”強さ”を教えられないシーンは、1人で生きてきた熊徹が初めて弟子を持つ体験を”子育ての難しさ”として表現しています。

不器用な親である熊徹に対し、九太は表現が伝わらなくても親の行動を手本にし影響を受ける”子育ての仕組み”に則って熊徹の立ち振舞いを学びます。

熊徹の一挙手一投足を覚え、真似をすることで九太の中で理解が進み、熊徹が指導で伝えられなかったことを身に着けて行くのです。

九太が身につけた技術は”九太流の武術”になり、九太を見ている熊徹にも影響を与え、師匠と弟子がお互いに改良点を取り入れることで、”強さ”が磨かれます。

一人ぼっちだった熊徹と九太は親子の間で師弟関係を結ぶことで、自分以外からヒントを得られるようになりました。1人だけでは解決できない問題を親子でクリアしたのです。

キーワードである”強さ”は、1人だけで鍛えるには限界があり、家族や師弟など自分以外の誰かといることで気づきが得られる描写になっています。

成長するためには家族や友人、師弟など、自分が信頼できる人と”強さ”を共有して切磋琢磨することが大切だと伝えているのです。

最終的に九太は熊鉄を投げ飛ばすほどの実力を身に着けますよね!
弟子が師匠を超えるという”強さ”の目安が次のレベルに達したことが分かります。

バケモノ界での交友関係

九太は熊徹と修行するだけでなく、バケモノ界で友人関係も構築していたことで、親の粗暴さを受け継ぐことなく育ちました。

熊徹が一方的に嫌っている猪王山ですが、猪王山の子供である一郎彦と次郎丸は九太といい関係を築いていくのです。

特に「親同士がライバルでも子供たちの関係は別、どっちが試合で勝っても恨みっこなし」という次郎丸の考え方は、素直に育った朗らかさを感じさせます。

その一方で猪王山を尊敬し、絶対的な存在として目標にしている兄の一郎彦は、九太と交流しつつも将来的にライバルになると考えているようです。

ですが考え方や置かれた環境、成長するきっかけなどの差異が、親に武人を持つという共通項がある九太と一郎彦の間で大きな違いが出る結果になりました。

九太の成長と熊徹の不安

九太は熊徹のもとで修業に励み、バケモノ界で立派な青年へと成長します。

少年時代から声変わりしたため、声優も宮崎あおいから染谷将太にバトンタッチし、子供ではなくなったことが強調されるのです。

17歳になった九太は肉体だけでなく、人間界で精神的にも成長するきっかけを掴み、バケモノ界以外の生き方を知ると同時に親離れが始まります。

多彩な形の”強さ”を学ぶことで、より優れた1人の男として育った九太が子供を卒業していく様子が描かれるのです。

一方で初めての家族が失われるかもしれないという不安に襲われる、九太を好きすぎる熊徹の不安やストレスにも触れています。

九太と熊徹の心情を作中から汲み取りつつ、大人の階段を登ることで”家族”が乗り越えるべき問題について考察していきましょう。

楓に感じるトキメキと青春

バケモノ界で青年に成長した九太は、いままで戻れなかった人間界に戻れるようになります。その際トラブルに巻き込まれた人間の女子高生・楓(広瀬すず)を助けるのです。

このことをきっかけに九太は楓と交流するようになり、文字の読み書きから始めて年齢相応の学力を身につけるなど、今まで鍛えてきたものとは違う”強さ”を獲得します。

初めてできた”異性の友人”かつ”学びの師匠”である楓は、九太にとって魅力的な存在となり、いままでの人生には無かった感覚を味わうのです。

九太は武術という形でしか実感できなかった”強さ”が数ある中の1つでしかなく、”学びの強さ”や”好きな人を思う強さ”など様々な形の”強さ”があることを知ります。

楓と過ごす時間は勉強や異性への好意などを学ぶ体験となり、バケモノ界と人間界の両方で青春を過ごす九太は彼だけの成長を遂げ、観客も特別な時間を共有するのです。

楓と出会ったことで”初恋”や”青春”を感じさせる要素が九太を変えていく様は、青春を経験した大人には眩しく、子供には憧れとして映るでしょう。

バケモノ界にも女性はいるのですが熊徹の周囲には気配がありませんね。
九太は家族も知り合いも友人も男しかいないので、楓との出会いは衝撃でしょう。

熊徹が見せる”親の弱さ”

九太が人間界にたびたび出かけていることを熊徹は面白く思っていません。同時に九太も熊徹に対して反発するようになります。

客観的に見て思春期の九太が自然と親離れすることは当然ですが、当事者の熊徹には子供を育てて大きくした事も、思春期の反発も初めてなのです。

親子であり、師弟でもある九太との関係を築いてきた熊徹にとって、九太がそばに居なくなることは考えたこともなかったのでしょう。

今までは”強さ”の象徴であった熊徹が見せる初めての”弱い”シーンになりました。

熊徹は気づいていないのですが、九太という家族がいることで、武力だけではない”強さ”を手に入れていたのです。

九太がおらず気力がまったく充実していない熊徹は、不完全な状態で猪王山との試合に臨み、実力を発揮できずダウンしてしまいます。

大切な家族を失うかもしれない不安は、強い人でも乗り越えることが難しいことを熊鉄の窮地で描き、どう克服するかが注目するポイントになるのです。

対立していた親子のわだかまりが消える

カウントが10数えられると負けになってしまう試合で、カウント9になったところに九太が駆けつけ、熊徹を怒鳴りつけます。

その声を聞いた熊徹は力が戻ったかのように起き上がって九太に反論し、2人は試合そっちのけで口論するのです。

お互いに踏み込めなかった2人はストレートに文句を伝え合うことで絆を取り戻し、親子の間にあったわだかまりが消滅します。

問題に打ち勝った熊徹は”強さ”を取り戻し、猪王山を圧倒しました。多くのバケモノたちが見守る中で、熊徹の目指していたゴールの1つである最強を証明したのです。

常に”強さ”の象徴であった熊徹が、1人ではたどり着けない心身の”強さ”を育み、絆を深めたからこそ訪れた弱さも乗り越えた、ドラマチックな勝利でした。

ですが勝利に喜ぶ熊徹に抜身の刀が突き刺さり、祝福のシーンは反転します。猪王山の息子である一郎彦が、父が負けたことに納得できず、闇の力を使って熊徹を襲ったのです。

熊徹の”強さ”と九太との成長を描いたところで、隠されていた事実が明らかになり、”家族”と”強さの形”というテーマはそのままに、場面は一郎彦と九太が中心となって進みます。

対照の存在になる九太と一郎彦

「バケモノの子」では、バケモノ界でも生き方や家庭の事情で育ちかたが違ってくる様子が描かれています。

熊徹と猪王山、九太と一郎彦は親子ともどもライバルですが、家族がどのように過ごしたかによって、明暗が別れてくるのです。

なぜ九太は光になり、一郎彦は闇になったのか、対決に至るドラマと示されたメッセージを考察していきます。

猪王山の深い悩み

熊徹のライバルである猪王山は、多くの門下生を持ち武術を教える傍ら、2人の息子の父として家族に惜しみなく愛を注ぐなど、強い上に人格者というキャラクターです。

熊徹と互角の強さを持ちますが、立派な存在として尊敬される猪王山は”宗師”の第一候補として期待されています。

ですが猪王山は一郎彦が自分の血を引く子供ではなく、人間界で拾った捨て子だったことを隠してきたのです。

バケモノ界の言い伝えでは、バケモノ界で人間を育てると心に闇を持つようになるため、災いをもたらすとされています。

この言い伝えで一郎彦が迫害されるのを恐れたのか、人間であることを一郎彦にも伝えず、バケモノの子として育てました。

人間はバケモノではないという決定的な違いを埋めることができなかったため、猪王山は結果的に一郎彦の闇を作る原因になってしまうのです。

九太が輝くほど一郎彦は闇に落ちる

一郎彦は成長するにつれて、父や弟が持つイノシシの特徴が現れないことから、自分が人間ではないかという疑問を持つようになります。

若い頃からイノシシの特徴である鼻や牙をあしらった被り物をしていたのは、特徴が現れない一郎彦にとって”猪王山の息子”という誇りがあったからでしょう。

自分が一番の”強さ”を持つバケモノの子であることは、彼にとって重要なアイデンティティであり、人間かもしれない一郎彦が持つ不安に対しての防壁に見えます。

そんな一郎彦にとって、最初から人間であることを明かしながら、バケモノの子として受け入れられている九太の存在はジレンマを生むのです。

なぜ九太は人間なのに迫害されないのか?自分は出自を明らかにしたら問題になる?などいろんな思いが交錯したことが想像できます。

青年になった一郎彦は体が育ったものの、猪王山から人間であることを伝えられることもなく、親子の間に見えない壁があるかのように絆を深められませんでした。

親子が付き合うには隠し事は無いほうが良い

猪王山が一郎彦に伝えなかった理由は、自身が多くのバケモノたちにとって師匠であることが原因でしょう。

子供たちが幼少の頃から門下生を多く抱え、名士として成功していた猪王山は、生徒たちに嘘をつくと同時に一郎彦にも嘘をついています。

事実を明らかにすれば嘘をついていたことから門下生が去り、一郎彦の信頼も失うと考えた猪王山にとって、明かすことはマイナスにしか働かないと考えたのではないでしょうか。

その結果として信頼している父が最強であり、その息子であることに意味を見いださなければ生きていけないという、一郎彦の歪んた闇を育てる結果になります。

すれ違いながらも隠し事をせずぶつかりあった親子と、秘密を隠しながらお互いの大切さだけが膨らみ問題を解消しなかった親子で明確に違いが生まれました。

2つの「バケモノの子」がいる家庭を比べることで、より良い関係はどちらなのか浮き上がってくるのです。

小説「白鯨」が表す止められない脅威

熊徹と猪王山の対決で、絶対的な存在の父が敗北したことを認められず、一郎彦は闇の力を使って刀を操り、熊鉄を刺します。

怒りに我を忘れた九太も闇の力に飲まれ一郎彦を襲いそうになりますが、感情を抑えることが出来た九太は自分を取り戻し、攻撃を止めました。

人間でありながら”バケモノの子”として育った2人ですが、自身の闇を自覚できていた九太との差が明らかになった一郎彦は、決定的な差を突きつけられて闇に飲まれます。

バケモノ界から消えた一郎彦は自我を失った状態で人間界の渋谷に現れ、楓と遭遇し、彼女が落とした小説「白鯨」に触れることで鯨のバケモノに变化し街を破壊します。  

絶対的な”強さ”の象徴だった父ではなく、自分の闇を力とした何者も敵わない存在が、巨大な鯨だったのでしょう。

映画の中では語られていませんが、ノベライズではバケモノ界でも優秀なものは読み書きを教育する場所があることが明かされているので、一郎彦は鯨を知っているようです。

この場面だけでなく「バケモノの子」では、小説「白鯨」がキーアイテムとなっており、蓮が親戚に引き取られるシーンや、九太と楓の出会いで「白鯨」が登場します。

この作品では鯨に対して、人間が制御できない巨大な脅威としてのイメージと、鯨がどういう姿を取るのかは人間の心しだいで変わる”鏡”としての役割を与えているのです。

闇を受け止める九太と親の愛

九太は鯨の前に立ちはだかり、自分を犠牲にして闇を受け止めようとします。”人間であるバケモノの子”にしか分からない共感があったのかもしれません。

また人間界で九太と合流した楓が加勢し”あなたは1人じゃない”と告げるシーンは、九太の築いてきた信頼関係を感じさせます。

そして鯨が近づいてきた瞬間、九太の前に神の力を宿した”御神刀”になった熊徹が現れるのです。

熊徹は九太が置かれている危機を知り、助けられる方法があると知るや、自身に何が起こるかも構わず助ける道を選びました。

九太に対して立派な父や師匠ではなかった自身を”半端者”と称した熊徹は、それでも九太の役に立ちたいという一心で神になり、九太の危機に駆けつけます。

九太の”胸の中の剣”として熊徹は1つになり、一振りで一郎彦の闇を祓うのです。最後は九太の中に入っていき、親子は1つの存在になりました。

姿や形でなく思いや気持ちがお互いにあれば、家族の絆が消えることはなく、続いていくことを示して、戦いは終わります。

最終的に人間界で暮らすことを選んだ九太は蓮に戻り生きていきますが、父である熊徹が常に蓮の中に生きているのです。

救われない者がいない幸せな映画

鯨になった一郎彦は、闇を祓われたことで元の姿に戻ることができました。渋谷の街で暴れたときの記憶を失っており、気づいたときにはバケモノ界に帰されていたのです。

目覚めた一郎彦の処遇が取り沙汰されますが、猪王山が一郎彦を正しく育てられなかったことを詫び、改めて正しく我が子と絆を深めていきたいと訴えます。

バケモノ界での功績がある猪王山の直訴と、人間界での被害が最小限で死傷者も無かったことから親子は許され、不問となり、バケモノ界に残ることになりました。

猪王山は一郎彦に事件の経緯と一郎彦の出自を伝えた上で正しく対話できなかったことを謝罪し、親として自分の子を愛していると伝えたのでしょう。

親子関係を正しく修復できた2人はお互いを大切にするために、父として息子の目標になり、息子として父に恥じない人生を歩むと思われます。

2つの”バケモノの子”がいる家族を描き、どちらかが悪であるという表現ではなく、かけちがえたボタンは直すことで再起できると伝えているのです。

この描写が加わることで、細田監督作品で語られてきた”家族”の形が明確になり、大切にしていこうというメッセージを感じます。

主題歌であるMr.Childrenの「Starting Over」が作品にマッチしてますね!
自分の心の弱さを克服して、そこから再出発するという内容が本作にぴったりです。

「バケモノの子」を構築する映画たち

細田監督は本作公開の際に様々なインタビューを受けており、その中で「バケモノの子」のエッセンスになった映画作品について言及しています。

どういった名作が引用されているのかを、劇中のキャラクターや場面と照らし合わせながら解説していきましょう。

「七人の侍」(1954年)

強さはあるが知性に欠ける描写や手にした大太刀から、映画ファンの間で熊徹は黒澤明監督作品である「七人の侍」に登場する菊千代(三船敏郎)をモデルにしていると噂されていました。

スペインの映画祭で「バケモノの子」が上映された際に細田監督が質問に答える形でこれを認め、元はモノクロ映画ですが菊千代は朱色の鞘を使ったのではと考え着色したと発表したのです。

また熊徹の友人である多々良と百秋坊は、同じく「七人の侍」に出演していた役者から名前を頂いています。

多々良は侍を仲間に引き入れるきっかけとなる人足を演じた多々良順から、百秋坊は侍として百姓を守る林田平八を演じた千秋実が由来になっているのです。

「スネーキーモンキー 蛇拳」(1978年)

もはやレジェンド級のアクション俳優であるジャッキー・チェンの出世作で、彼の名が広くファンに知られるきっかけとなった映画です。

それまでのカンフーものは親や師匠の仇討ちをテーマにしたものが多く、アクションはあるものの暗いトーンの作品ばかりでした。

ですがこの作品では修行の場面や戦闘シーンなどにコミカルな要素が含まれるため、明るいエンターテイメントとしてカンフー映画が評価されるきっかけになったのです。

師匠の教えが分からず、九太が動きを真似して熊徹の強さを身につけるシーンは、「蛇拳」の明確なオマージュとして描写されています。

アクションとしての楽しさだけではなく、”父と子(家族)”と共に”師匠と弟子”という、継承される強さや成長の由来についても伝えたい事がわかるのです。

「スリーメン&ベビー」(1987年)

明確に意図して描かれたのではなく、映像を作り上げていくうちに作品の共通項が観られるようになったのが「スリーメン&ベビー」です。

この作品は独身貴族の男性3人が共同生活しているところに赤ん坊が預けられ、子育てやトラブルに巻き込まれるコメディで、元はフランス映画でした。

九太が赤ん坊、熊徹とその友人である多々良と百秋坊がスリーメンという配役ですが、子育ては多々良と百秋坊が中心で熊徹はあまり役に立っていないあたりの食い違いが楽しめるポイントになります。

細田監督の過去から考察する「バケモノの子」の裏テーマ

本作は1本の作品として観ても楽しめますが、細田監督の人生とクリエイターとしての経歴、関わってきたアニメ映画を知ることで細田監督の挑戦を感じることができます。

そのカギとなるのが、映画好きなら知らぬ人がいないであろうアニメ制作会社”スタジオジブリ”と宮崎駿です。

「バケモノの子」がどうして生まれたかを、細田監督の歴史と照らし合わせながら、情報を元に考察していきます。

ジブリ入社を目指すも才能がありすぎて落選

細田監督は若い頃に宮崎駿監督作品である「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年)を観て夢中になり、アニメ業界へ進むことを決めるのです。

細田監督はジブリの研修生になる試験で、提出ノルマがイラスト2枚のところを150枚描いて送りますが、宮崎駿は「ジブリでは細田くんの才能が削がれる」と判断します。

結果として才能を認められながらもジブリには入れず、東映アニメーションに入った細田監督は才能を発揮しアニメ業界での評判を獲得するのです。

細田監督は「ハウルの動く城」を作っていた

細田監督がアニメクリエイターとして実績を積み上げたころ、宮崎駿が「千と千尋の神隠し」(2001年)で引退を宣言したため、細田監督とジブリが再び交わります。

指名を受けジブリ作品の次作「ハウルの動く城」(2004年)を作ることになった細田監督は作品に取り掛かりますが、ジブリ側の手が空かず作業ができない状況が続くのです。

そのため細田監督が確保しているスタッフはなにもできず時間だけが過ぎ、最終的には復帰宣言をした宮崎駿が「ハウル」を監督、細田監督は降板させられてしまいました。

細田監督は声をかけたクリエイターたちに迷惑をかける結果になり、かなり悔しい思いをしたそうです。

このときに感じた思いが、細田監督作品を創る上で原動力の1つになっていると考えると、自分のスタジオを作って制作し、オリジナルにこだわる作家性の由来が見えてきます。

過去が細田監督の未来につながる!

何度かの引退宣言と復帰を繰り返しながら、宮崎駿とジブリは”すべての年齢層が楽しめる映画”を世に放ち続けます。

細田監督もいくつもの映画を発表しつづけ、”家族”を軸にした物語で多くのファンを獲得していくのです。

そんな細田監督が全世代に向けての映画を考えるきっかけが、ジブリ最後の宮崎駿作品「風立ちぬ」(2013年)の公開でした。

この作品は戦闘機を作る若者たちが戦争などに直面したときの人間ドラマであり、それまでの宮崎駿作品と違い大人向け映画として発表されたのです。

また公開のときに、ジブリが公式に宮崎駿の引退を発表。このことで”すべての年齢層が楽しめる映画”が空白になると考えた細田監督は、アクションを起こします。

その結果、ジブリ最大のヒット作「千と千尋の神隠し」に対しての返答と、細田監督が考える”全年齢層が楽しめる映画”として「バケモノの子」を生み出したのです。

宮崎駿監督が作ってきた”すべての年齢層向けアニメ映画”に対して同じスタンスでありながら、新時代の作品はこうあるべきという細田監督のメッセージが伝わる作品になりました。

でも結局、宮崎駿監督は復帰して「君たちはどう生きるか」を製作中ですよね?
「風立ちぬ」が最後にやりたかったことだと当時は言ってたんです!

2つの映画に見る共通項と細田監督作品の強み

「バケモノの子」は、人間界と別世界が近いところで繋がっていて、別世界で暮らすために新しい名を得た上で経験を積み、成長した主人公が人間界へと帰っていきます。

さらにお祭りのような雰囲気の別世界、初めて体験する修業や家事、神が身近な存在として現れるなど「千と千尋の神隠し」との共通項が多く意識していることが良く分かるのです。

声を担当しているのが声優ではなく俳優であることや、別の世界の入り口は人間界から道一本外れただけでも行ける近い存在という描写も影響を感じさせます。

その上で「バケモノの子」は初めて映画を観る人に対して非常に親切な設計なのが大きな違いであり、新しい映画の形が見えるのです。

特に注目したいのは、映像に意味深なイメージを持たせず、映画内で起きていることを観客の想像や解釈に任せずに、全部説明している点が挙げられます。

細田監督は、「バケモノの子」で伝えたいイメージがあればキャラにセリフとして喋らせて、分からない要素をなくすことで、映画についていけない観客をゼロに近づけるのです。

映画体験の浅い人にも”映画は楽しい!”と思ってもらえるように、ハードルは下げて作品の質は上げるという挑戦をし、結果的に成功を収め新たな道を切り拓きました。

家族向けアニメの後継者ではなく、映画経験の”初めの一歩”に選ばれるアニメ映画を撮る”開拓者”として細田監督は進んでいくように感じられます。

昔ながらの映画ファンからは説明が多いことに反発もあったようですが?
”映画好きなら分かる”という曖昧な表現を避け、理解度を優先させているのです。

「バケモノの子」(ネタバレ・考察)

「バケモノの子」は、今まで脚本に携わってきた奥寺佐渡子が初めて参加せず、細田監督自ら原作と脚本を担当するなど、方向性に変化が見られます。

飲料会社とタイアップして地上波テレビやネットで公開前にCMを打つなどの事前準備はもちろん、舞台となる渋谷でイベントを開催するなど盛り上がりを見せました。

結果的に2021年6月時点で、細田監督の作品で一番興行成績が良い作品となり、国内外の賞を獲得するなど人気と評価が比例してアップしたのです。

この映画を観る上で楽しめる副次的な情報をお伝えしていくので、気になった方は掘り下げてみましょう。

リアルに描かれた渋谷の街並みの美しさ

センター街や渋谷駅、宮益坂、代々木公園など渋谷区で事件は起こりますが、街の描き方が完璧で、渋谷に詳しい人は舞台となっているエリアに親近感を覚えるでしょう。

他にも協力しているのかと思うぐらいにお店が明確に描かれているため、ファンタジーな戦いがリアルな場所で起きている感覚になります。

この描写の細やかさは、渋谷区とエリア開発を担っている東急グループらが全面協力してくれたことによって可能になったのです。

現在の渋谷は当時と多少風景がが変わっていますが、特徴のあるシーンはいくつか残っていますので、ガイドマップを参考に聖地巡礼するのもいいでしょう。

劇団四季によってミュージカルに!

日本を代表する演劇とミュージカルの集団である劇団四季が、2022年に「バケモノの子」をミュージカルとして開幕することを宣言しています。

細田監督の作品がミュージカルになるのは初めてのことで、かなり長期的に公演されるスケールの大きな演目になりそうです。

渋谷の街並みやバケモノが暮らす渋天街の世界の違いをどう表現し、キャラクターたちの造形とアクションを限られたステージの上で展開するのかも気になります。

ミュージカルということで、特徴的なシーンをどのように歌曲にするのかなど、演劇ファンと映画ファンの両方から今後の発表を期待されているのです。

まとめ

細田監督自ら次世代の家族向け作品の担い手になり送り出した「バケモノの子」は多面的な見方ができます。

今までの細田監督作品で脚本を担当してきた奥寺佐渡子とのタッグではなく、自身のオリジナル脚本で勝負したのも、こだわりと意思表示を織り込むためと考えられるのです。

興行収入は56億を超え、2021年6月現在で、細田監督作品としては歴代一位の記録となっていることからも、多くの層が評価したと考えるべきでしょう。

これからも作品をつくり続けていく細田監督のターニングポイントとなる本作を、この記事でより深く理解できたのではないでしょうか。

ぜひ1度と言わず、2度3度と鑑賞して、自分の中の「バケモノの子」を色々な視点から楽しんでください!

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おおかみこどもの雨と雪(ネタバレ・考察)雪と雨が選択した”生き方”に注目!作品に描かれた究極のマイノリティを許容する世界とは https://cinemaxina.com/wolf_childrens_rain_and_snow/ https://cinemaxina.com/wolf_childrens_rain_and_snow/#respond Tue, 20 Jul 2021 02:35:16 +0000 https://cinemaxina.com/?p=26181 細田守の監督作品「おおかみこどもの雨と雪」は長編アニメ映画として2012年に日本で公開されました。 ”おおかみおとこ”である父を早くに失い、人間の母と”おおかみこども”である雪(姉)と雨(弟)の3人で暮らす家族の絆と“生き方の選択”を描いた物語です。 姉弟の成長で訪れる、それぞれが選ぶ生き方の分

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細田守の監督作品「おおかみこどもの雨と雪」は長編アニメ映画として2012年に日本で公開されました。

”おおかみおとこ”である父を早くに失い、人間の母と”おおかみこども”である雪(姉)と雨(弟)の3人で暮らす家族の絆と“生き方の選択”を描いた物語です。

姉弟の成長で訪れる、それぞれが選ぶ生き方の分岐は、別れではなく旅立ちを感じさせるものになっており、悲しい話ではなく温かい気持ちにさせてくれます。

都会と田舎の描き分けで表現する大自然の美しさや厳しさ、”おおかみこども”を育てる初めての体験として母親の気持ちを共有できるなど、観客の感性で見どころが変わる作品です。

キャラクターデザインは「時をかける少女」(2006年)「サマーウォーズ」(2009年)に引き続き貞本義行が担当、脚本は奥寺佐渡子と細田監督が共同執筆しています。

高い評価を受けていた細田守監督が、より高い段階の表現者として成長し、制作する作品の方向性が見えた本作を、様々な情報を元に考察していきましょう。

おおかみこどもの雨と雪(2012年)

見どころ
監督は『時をかける少女』の細田守。宮崎あおい、大沢たかお、菅原文太などが声優を務める。母親の優しさ、たくましさに胸を打たれること必至で、親子でも楽しめる。
出典 : video.unext.jp

あらすじ
人間の姿をしているオオカミ男と出会った大学生の花。2人は恋に落ち、やがて子供を授かる。2人の子供はやはり人間とオオカミの二つの顔を持っていた。家族は都会の片隅で正体を隠しながら暮らしていたが、父の死をきっかけに田舎に移住する。
出典 : video.unext.jp

おおかみこどもの雨と雪(ネタバレ・考察)

日本のアニメ映画を牽引する存在として、作品ごとに挑戦を続けている細田監督。

田舎と大家族、電脳世界と現実のリンクを描いた「サマーウォーズ」(2009年)とは変わり、本作は田舎で暮らしながら家族の成長を見守る内容になりました。

常に万人向けの作品を目指しているという監督が採用した世界のモデルや、映画好きへの目配せなどトリビアの数々をお伝えしていきます。

細田監督のイメージする”子育て”

「サマーウォーズ」を作っていた頃の監督は、結婚したばかりで急に親戚が増えたことをヒントに、大家族が力を合わせるSFという作品を生み出しました。

ですが監督は当時、子供を授かっておらず、知人から子育てについて「家の中で暴れている子供はまるで怪物だぞ」と聞かされたことから、本作を思いついたとのこと。

身近なものが映画のテーマとして目に入ってくるという監督は次作「バケモノの子」で”父の不在”を、次次作「未来のミライ」で”体験した子育て”を題材に作品を誕生させます。

細田監督が手掛けた家族をテーマにした作品群の中で、唯一「おおかみこどもの雨と雪」だけが実体験を元に作られていないためか、設定も含めてファンタジーを感じるのです。

「龍とそばかすの姫」(2021年)では家族の喪失と電脳世界を描いているとか!
いままでの細田監督が扱ってきたテーマの集大成になるのではないでしょうか。

映画『竜とそばかすの姫』は、母親の死により心に大きな傷を抱えた主人公・すず/ベルが、”もうひとつの現実”と呼ばれる50億人が集うインターネット上の仮想世界“U(ユー)”で大切な存在を見つけ、悩み葛藤しながらも懸命に未来へ歩いていこうとする物語。

一橋大学に聖地巡礼したい!

序盤で花が大学に通っているとき、”おおかみおとこ”の彼も授業を受けに来ます。

2人が通っている大学は一橋大学をモデルにして描かれており、キャンパスはもちろん花がバイトしているクリーニング店も実際にあるのです。

劇中に登場したカフェも映画とコラボしており、雨と雪のスイーツが出されたこともあります。

しっかりとした頭の良さを求められ、都会に寄り過ぎない立地で、他の学生にたいしても開放的ということで選ばれ、一橋大学出身者は映画を観て大喜びしたそうです。

あまり裕福ではない花が良い成績を収め学校に通い、こっそり授業に潜り込んでいる”おおかみおとこ”と運命の出会いを果たすのにピッタリの場所でしょう。

なお花は雪と雨を育てるために休学し、最終的には中退してしまったことが、劇中に映る花の履歴書から読み解くことができます。

イギリスのエリートお笑い集団「モンティ・パイソン」って知ってる?

雪が学校で受けている授業の中で、荷物を積んだツバメの飛行速度という、不思議な題材がテーマにされています。

これはイギリスの誇るコメディ集団「モンティ・パイソン」が撮影した映画「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」(1975年)の中に出てくるコントの一節です。

イギリス人であるモンティ・パイソンが有名なアーサー王伝説を徹底的に笑いのネタにした作品で、B級映画の金字塔として語られ、多くの人が影響を受けました。

万人向けの映画をテーマに創作活動をしつつ、オールドスクールなコントや映画ファンにだけ分かる小ネタを挟んでくるあたりに、監督の遊び心を感じるのです。

名優・菅原文太が主人公を応援

「仁義なき戦い」(1973年)などで活躍し、多くの映画関係者に影響を与えた名優である菅原文太が、田舎に引っ越してきた花を陰ながら助力する老人の役で出演しています。

収録当時の菅原は、自身が演じた”韮崎のおじいちゃん”のような農業を営む生活をしており、名前も菅原が暮らしていた長野の韮崎市から命名されました。

アニメーション映画に出演するのは「ゲド戦記」(2006年)以来となり、頑固で厳しいが花の背中を押してくれる老人を印象に残る演技で表現しています。

上映の2年後に亡くなってしまい、本作が菅原文太の遺作となりました。心の機微を表す名優の演技を堪能してください。

本作で注目したい”音”と”絵”の表現力

「おおかみこどもの雨と雪」は地上波で放送されたこともある作品ですが、誰もが知っている超大作というような扱いではなく、知る人ぞ知る名作という位置づけになります。

また観客によって同じ気持ちを共有するような、わかりやすいエンディングでもないため、人によっては凄さがわかりにくいかもしれません。

映画を観た人が共通項として”ここがすごい!”と感じるポイントを提示しますので、是非チェックしてみてください。

監督直々のオファーがあった俳優と音へのこだわり

”おおかみおとこ”と恋に落ち、2人の子の母として奮闘する花を演じているのは、日本を代表する女優である宮崎あおいです。

どんな困難が訪れてもくじけない強さと、夫や子どもたちの個性を受け入れる優しさを併せ持つ母親像として、子供の成長を見守る主人公を演じています。

出番は少ないものの、花と出会ってドラマの発端になり、人狼というファンタジー要素を持つ不思議な”彼”を演じたのは大沢たかおです。

宮崎は声優経験がありましたが大沢は初めての挑戦になり、初めての共演現場は難しかったようですが、細田監督はこの2人にしか演じられないとオファーを出しています。

また録音もこだわり、通常の現場で使用されるマイクと違い、指向性が極端に狭い代わりに高音質で録音できるガンマイクを使用しているのです。

生き生きとしたシーンも穏やかなシーンも、目に入ってくるビジュアル以上に観客へと訴えかけてくる声の気持ちよさは、視聴するたびに新しい発見があります。

演技の抑揚が凄いと思ったら、こだわりがあったんですね!
監督の意向でシーンの順番どおりに収録する”順撮り”をすることで場面の変化による感情を捕らえているね。

細田監督が挑戦した新時代の情景描写

ドラマ部分について言及されがちな「おおかみこどもの雨と雪」ですが、細田監督のビジュアルセンスは本作でも冴えており、観客を魅了します。

幸せな雰囲気のときは観るものに喜びを与える色彩で演出し、不安や別れを描くときは悪天候を伴った暗い空気感を出すなど、色使いが見事です。

これは「サマーウォーズ」で世界設計などを含めCGを担当してきたデジタル・フロンティアの描写能力が上がったことで実現しました。

今までのアニメでは為し得なかった、吹き抜ける風やアスファルトに溜まって泡立つ雨、山の茂みにうごめく生き物といった微細な表現も可能にしたのです。

本作が出たことで映像表現のハードルが上がり、他のアニメ監督からは恨み節が出たという話もあるほど、革新的なCGとアニメーションの融合は一見の価値があります。

特に花と子どもたちが、誰も居ない雪山を自由に駆け抜けるシーンは躍動感とスピード、背景の細やかさを併せ持ち、”誰にも縛られることのない自由な世界”を感じさせるのです。

いままでの手法を捨てて描いた”家族映画”の新しい形

細田守監督はブレイクするまでは冒険ものや電脳、SFなどが下地になる作品群を手掛けてきましたが、「サマーウォーズ」以降はテーマに”家族”が入るようになります。

さらに「おおかみこどもの雨と雪」では劇場公開作品でありながら、他のアニメ映画と違って”盛り上がる山場”や”空想世界で観客を魅了”というお約束を外しているのです。

この作品で細田監督は子育てと自立、人とは違う自分を受け入れて生き方を決めるといったテーマを観客に問いかけ、娯楽作品とは少し違うアプローチで描いています。

その上で幸せな時間のきらめきや、悲しいシーンでの無情さなどはアニメだからこそつけられる演出と描写で表しているのです。

一般的な”売れる作品”とは逆の方向を選びながらも観客に支持された「おおかみこどもの雨と雪」の構造を考察していきます。

自我がない子供は怪物である

雪と雨は物心がついていても、自分たちが特別な存在であることを認識しておらず、花の教育にも関わらず”おおかみこども”らしさを発揮してしまいます。

遊び盛りなため他の住人からはペットを飼っているのではと疑われ、児童相談所には予防接種などに来ないことから育児放棄ではと勘ぐられるのです。

社会が機能していても、サポートを受けられない人や性質が異なる人には負荷になるということと、自分を律する事ができない時期の子供はいかに恐ろしいかを描いています。

”彼”と2人で過ごしていた頃はあんなに輝いて描かれていたマンションはボロボロになり、家庭環境の変化と苦悩を表しているのです。

”おおかみこども”の生き方として人を選ぶか、おおかみを選ぶか、どちらの結果でも幸せに育つように、花たちは富山に引っ越します。

花の笑顔に見る心の支えと強がり

花は、村の奥にあるリフォームもしていない平屋を選び、そこで生活を始めますが、収入がない花は貯金を切り崩しながら畑を耕すなど試行錯誤の日々。

都心から来たシングルマザーに対して村人は、「生活の違いに耐えられるのか」という興味と疑いの眼差しで見守ります。

村人たちに対してはもちろん、困難な時も常に笑顔でいる花に対して、韮崎のおじいちゃんが声をかけるのです。「なぜ笑う。笑ってたら何もできんぞ」

花は「いつでも花のような笑顔でいてほしい」と名付けられたのですが、花はどんな辛いときも笑顔でいることで、自分の中の不安を隠していたのではないでしょうか。

そんな花の心中を汲み取ったのか、おじいちゃんは作物の植え方を教え、村人には手助けするよう助言し、花は村の人々と交流を深めるようになります。

花の出産、夫との別れ、子育ての苦労を見てきた観客はおじいちゃんと同じように花を応援する気持ちが生まれているため、花の変化に喜びを感じるでしょう。

ここで努力が実ったことにより、話の焦点は成長していく雪と雨に移っていきます。

細田監督の提示する話題が花から、2人の獣人の成長という未知の世界に入るのです。

”おおかみ”の生き方と”こども”の生き方

細田監督は姉の雪と弟の雨を対比構造で描くことで、タイトルに含まれている”おおかみ”と”こども”という別の道を作っていきます。

姉弟それぞれの性格がどのように変化して、何をきっかけに自立するに至ったのかが本作後半の主眼になるのです。

獣人というマイノリティである自分を認識し、理解した上で生き方を自分で決めていく2人の成長に関して、どういう意味が込められているかを考察します。

おてんばな雪は人間になりたい

姉である雪は山や森のある村で過ごすことによって、野生に近い特性を示します。蛇の骨や虫を集めるなど、かなりのおてんばさんです。

そんな彼女ですが学校で他の女子と交流することで、”女の子らしさ”という概念を得て、自分も女の子らしくなりたいという変化を見せます。

その成長を嬉しく思った花は、雪に手作りのワンピースを仕立てて着せてあげたことにより、女の子同士が好む共通の話題”ファッション”で後押しするのです。

そんな雪の前に現れたのが、転校生の草平です。彼はいきなり花に向かって「獣臭い、ペットを飼ってるのか?」と質問をします。

これは雪にとって”可愛い女の子”ではなく”おおかみこども”であると指摘されたのに等しく、またデリカシーにも欠ける問いだったためショックを受け草平を避けるのです。

悪意がない草平はなぜ自分を避けるのかと雪を追い回しますが、雪はおおかみにならないおまじないを唱えながら必死で逃げ回ります。

結果的に草平に対して”おおかみこども”の姿で傷を負わせてしまい、雪は自分の正体が知られてしまったのでは、と学校を休むのです。

怪我をした草平は雪のせいではないとかばい、休んでいる雪を毎日訪ねていくうちに打ち解けて、2人は仲良くなり、雪は”人間”として生きる道を選ぶようになります。

おとなしい雨はおおかみになりたい

弟の雨はもともと内向的で本を読むのが好きなタイプであり、山村に来てからは動物におっかなびっくりしながら触れていくなど、雪とは対照的な存在として描かれています。

小学校は不登校が多いため、韮崎のおじいちゃんから「俺とエジソンも小学校は行かなかった、見どころがある」と評価されているのです。

いじめが原因のようにも見えますが、雨は自分自身が”おおかみこども”であると雪より早く感じており、そのために他の子供達とは馴染めなかったのではないでしょうか。

その上で”おおかみ”である自分を持て余していますが、山で生き物を捕まえたことをきっかけに力を自覚します。

花が学芸員として仕事をしている現場に付き添っていた雨は、施設にいたシンリンオオカミと対話し、捕らわれてしまったオオカミの悲劇を知るのです。

その結果、人間社会には踏み込まず、山に入り長であるキツネから教えを受けることで、雨は”おおかみ”としての生き方を望むようになります。

嵐の夜にみるアイデンティティの確立

台風が迫る夕刻、雪は花が迎えに来るのを待ちながら、草平と教室で2人きりになり、自分が”おおかみこども”であることを明かし、草平を傷つけたことを謝ります。

草平はすべてを知っていて、その秘密を誰にも言いませんでした。家族以外に自分の存在を認められた雪が、社会の中に一歩近づくシーンです。

雨は長であるキツネが怪我をし、先が長くないため自分が山の長を継ぐと花に伝えて嵐の山に入ります。それを止めようとする花ですが、山の斜面から落ちてしまいます。

気絶した花を雨は安全なところまで運び、花が起きたのを確認してから変身して別れを告げます。人間社会から離れ、自然の中で生きていく決意を持った親離れの瞬間です。

雨はおおかみとして生き、雪は全寮制の学校へ草平と進み人間として生きると決めたことが分かるラストは、自分の居たい世界を選べる自由を感じさせます。

滅びの道にある”おおかみ”と、人間社会にいる”おおかみこども”たち

”おおかみおとこ”は”彼”が最後の生き残りでしたが、花という伴侶を得たことで血を繋ぎます。

雪と雨が受け継いだ特性は人に知られてはいけない性質を持つため、人間として生きていく雪が子を為したとしてもありのままで育てることは出来ないでしょう。

人の世に生きる”おおかみ”という設定が意味することを、2つの視点から考察します。

花が示す”おおかみがすき”という許容

絵本を見ている時に、雨はオオカミが絵本だと悪者にされていることに疑問をもちます。自分がおおかみであることを自覚したからこそ、存在が悪なのか気になったのでしょう。

それに対して花は「でもお母さんはおおかみが好きよ。みんながおおかみを嫌っても、お母さんだけはおおかみの味方だから」と応えます。

この”おおかみ”の部分はすべてのマイノリティに置き換えることができるため、観るものにハッと気付きを与えるシーンになるのです。

花は良い悪いという二元論ではなく「私はおおかみが好き」という許容を見せることで、子供に愛情を示しながら価値観を正しました。

誰かの視点で語られる良い、悪いではなく、自分は好きなものを好きと言えることが大事というメッセージが観客に伝えられ、寛容さを促すのです。

なぜオオカミは悪く描かれる?

狩猟民族であったころの人間はオオカミを尊敬していたため争うこともなく、お互い干渉せず、獲物を狩るために森を共有していました。

しかし人間が開拓を始めて森を破壊し、家畜を飼うようになると、森という住処とそこで得られる獲物を失ったオオカミは家畜を襲うようになるのです。

神聖な存在から害獣へと認識が変わり、人々の教えの中にオオカミに対する敵意が加わった結果、狩りつくされオオカミは激減します。

悪評しか知らない街の人々にはオオカミは悪者とされ、作家たちの世界でもオオカミを倒すことが物語のハッピーエンドとされるのです。

近代になってようやく種を保存する目的で保護対象となっていますが、元の生態系に戻ることもできず、日本のオオカミは絶滅の道を辿ってしまいました。

オオカミの大切さや保護を訴えながら、オオカミは悪者であると子供に教える矛盾のなか、社会はオオカミを受け入れられるのかと問われているのです。

雨の問いかけに居心地が悪くなった観客も多いかも?
子供の頃のオオカミは悪い、危険を表すアイコンみたいな扱いでしたからね。

まとめ

2人がそれぞれの道を選び、巣立っていくことをドラマとして描いて終わるため、映画としては「終わったんだ!」という、クライマックス感は少ないでしょう。

しかしキャラクターたちの生き様や監督からのメッセージは、鑑賞した人の中にそれぞれの形の違う何かを残してくれるはずです。

アニメ映画でありながら、”現実では撮影できない表現”は最低限に抑え、人間ドラマを美しく描いた本作。

長年タッグを組んできた脚本家の奥寺佐渡子と細田監督が初めて合同脚本を務めたため、「サマーウォーズ」以前とは違う作風となり新しいスタイルを見いだせるのです。

多くの賞を取りながらも、次作ではエンタテインメント路線に再び舵を切った監督が観せてくれる”世界の美しさ”を是非堪能してください。

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サマーウォーズ(ネタバレ・考察)アナログとデジタルの両方の良さとは!?栄の死から見えてくるものを徹底考察!本作における朝顔の役割とは何? https://cinemaxina.com/summer-wars/ https://cinemaxina.com/summer-wars/#respond Tue, 20 Jul 2021 02:34:59 +0000 https://cinemaxina.com/?p=26740 「サマーウォーズ」は2009年8月1日に公開された日本のアニメ映画です。 声の出演に俳優の神木隆之介、桜庭ななみを迎え、監督は「時をかける少女」(2006年)で一躍注目を浴びる事となった細田守が務めました。 本作は、細田守監督にとって初めてのオリジナル長編アニメ作品であり、「時をかける少女」で脚本を担当した奥寺佐渡子、

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「サマーウォーズ」は2009年8月1日に公開された日本のアニメ映画です。

声の出演に俳優の神木隆之介、桜庭ななみを迎え、監督は「時をかける少女」(2006年)で一躍注目を浴びる事となった細田守が務めました。

本作は、細田守監督にとって初めてのオリジナル長編アニメ作品であり、「時をかける少女」で脚本を担当した奥寺佐渡子、キャラクターデザインを務めた貞本義行の3人が再びトリオを組んだ作品です。

インターネット上の仮想世界OZ(オズ)の中で、謎の人工知能“ラブマシーン”が暴走し、世界中を巻き込んだ大事件へと発展していきます。

そこに数学の天才である主人公・小磯健二(声:神木隆之介)と健二にとって憧れの先輩である篠原夏希(声:桜庭ななみ)、そしてその家族が世界の混乱をおさめる為に奮闘する物語です。

映画「サマーウォーズ」からアナログとデジタルのそれぞれの良さ、栄の死から見えてくるもの、そして本作品に登場する朝顔の意味を考察していきたいと思います!

サマーウォーズ(2009年)

見どころ
斬新なCGで描かれたデジタルの仮想空間・OZの表現と、自然あふれる長野の風景描写のコントラストが見事。田舎の大家族がOZの危機に立ち上がる物語に熱くなる。
出典 : video.unext.jp

あらすじ
ショッピングからインフラまで、人々はインターネット上の仮想世界・OZに頼るようになっていた。ある夏の日、高校生の健二は憧れの先輩・夏希からバイトに誘われる。その内容とは、長野にある夏希の実家・陣内家で彼女のフィアンセを演じるというものだった。
出典 : video.unext.jp

サマーウォーズ(ネタバレ・考察)

サマーという言葉がタイトルに付いているだけあって、“夏”になると観たくなるのが、この映画の一つの特徴です。

ここでは、今作品が制作された背景や、今までの細田守作品を振り返りつつ、「サマーウォーズ」について書いていきます。

今作品が作られた背景

この「サマーウォーズ」という映画は、細田守監督が結婚した時のエピソードから、制作された背景があります。

夏希のモデルとなった人物は、細田守監督の奥さんで、健二はまさに監督自身を表しているのだそうです。

奥さんの実家はずばりサマーウォーズの舞台となった長野県上田市で、プロポーズをしたのも夏なんだとか。

勿論、奥さんの家族は今作品と同じ大家族で、まさに「サマーウォーズ」というこの映画は細田監督の自己投影なのです。

奥さんの実家を訪れた時はアウェー状態だったものの、細田監督は家族が増える事について純粋に“面白い”と感じたのだとか。

細田守監督の結婚がなければ、今作品は生まれてなかったというわけです。

自分の人生の一部を切り取って、一つの作品を見事作り上げた細田監督。何だかほんわかとするエピソードですね。

テーマが家族へと変化していった細田作品

「サマーウォーズ」以降、細田監督の作り出す映画には“家族”というテーマが入り込むようになりました。

監督にとって、結婚というものは作品上でも大きな転機となったわけです。

細田作品を振り返って見ていきましょう。

  • 時をかける少女(2006年)
  • サマーウォーズ(2009年)
  • おおかみこどもの雨と雪(2012年)
  • バケモノの子(2015年)
  • 未来のミライ(2018年)
  • 竜とそばかすの姫(2021年)

「時をかける少女」ではタイムリープという能力を手に入れた一人の女の子の友情や青春が描かれています。

この作品では“家族”というものに触れる描写はなく、この映画を経た後、細田作品では家族をテーマとしたエピソードが盛り込まれる事となりました。

「サマーウォーズ」は大家族が力を合わせて一つの問題に立ち向かう話で、「おおかみこどもの雨と雪」は母親と子供の愛情を感じられる映画です。

「バケモノの子」は師弟関係+親子の絆を描いた作品ですし、「未来のミライ」は兄妹の絆をテーマとした作品となっています。

そして「竜とそばかすの姫」では歌う事が大好きだった一人の女の子が、母親を亡くしてから歌を歌えなくなるという物語です。

一度ヒット作品を生んだら、その後モノを制作していくにあたって、物凄いプレッシャーと闘っていくのが芸術というものに携わる全ての人間の課題と呼べます。

そんな中、“家族”という普遍的なテーマではあるものの、それを武器に次々とヒット作品を生み出していく細田監督の手腕は非常に素晴らしいです!!

3年周期で上映される細田作品

細田監督は「時をかける少女」(2006年)から「竜とそばかすの姫」(2021年)まで必ず3年に一回新作上映にこぎつけています。

自分の理念・哲学を守りつつ、必ず3年周期で作品を完成させ、なおかつそれをヒットに導いている細田監督の技量には脱帽です。

そして、全作品“夏の映画”として封切りされている為、春夏秋冬季節は巡っても、細田守作品といえば夏!というイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。

特に「サマーウォーズ」は高校生である主人公の、夏休みの貴重な体験として作品の内容が進んでいく為、細田守監督作品=夏が来た!!という感覚を感じられる一面もあります。

仮想世界OZって一体何!?

「サマーウォーズ」の中で描かれるOZという仮想世界。

仮想世界というと何だか難しいイメージを受けますよね。ここではOZについて触れていきたいと思います。

OZはインターネット上の仮想世界で、「サマーウォーズ」では地球上の10億人もの人々が利用しているという設定になっています。

この空間の中ではゲームやスポーツ、スポーツ観戦、はたまたショッピングやビジネス、行政手続きなど日常生活における何から何までのサービスを受ける事ができるのです。

インターネットに接続さえできれば、スマホを始めテレビやゲーム機といった様々なデバイスから利用が可能となっています。

利用者は“アバター”という自分自身の分身となるキャラクターを設定して、ネット上で現実と変わらない生活をおくれるのです。

現実世界でのほぼ全ての事がネット上で完結でき、映画内では世界中の多くの人々がOZの利用者となっています。

近いうちに私達が住むこの世界も「サマーウォーズ」のようになるかもしれません。

しかし、便利な反面、個人情報の漏洩やそれを悪用した犯罪も現れるかもしれないのも現実です。

安全、安心に使えるサービスなのであれば、OZのような世界も大歓迎ですね。

因みに、OZというネーミングの由来は、細田監督が東映アニメーションで働いていた頃に行きつけだった、LIVINオズというスーパーマーケットの名前が由来なのだそうです!

アナログとデジタルの両方の良さを描いている

今作品では、日本の古き良きものと現代的なものを対比させながらも両方の良さを強調するような表現が幾つか出てきます。

アナログとデジタルという一見かけ離れたように見えるもの。

しかし、アナログとデジタルが皆の知恵を合わせた結果、人工知能ラブマシーンを倒す為に活躍する要素となります。

この映画において一番のキーマンとなる夏希の曽祖母である陣内栄(声:富司純子)が、黒電話で多くの知人に電話をかけるシーンはとても印象的です。

自身の人脈の広さから、栄は多くの人物の手紙やハガキを頼りに電話をかけ、混乱した日本の状況を救います。

ここではアナログの代表である黒電話が大活躍!するのです。

そして、映画終盤で夏希はラブマシーンと花札で闘います。

このシーンも見事です。デジタルを駆使した空間で、栄譲りの勝負強さから夏希はラブマシーンに、アナログの一部である花札で勝つのです。

そして、この勝利の陰には世界中の人々が窮地に陥った夏希を応援し、自分のアバターを貸すという予想外の展開もありました。

デジタルとアナログの双方の良さを駆使しながらの闘いで見えたもの、それはどんな世の中でも変わらない、人と人の絆だったのです。

栄の死から見えてくるものとは?

持病の狭心症による心肺停止で亡くなった夏希の曽祖母の栄。

OZの機能が停止していた事から、心肺に異常が見られた時に鳴るはずだった携帯のアラームが鳴りませんでした。それが栄の死に繋がります。

今作品において、栄の死から見えてくるものとはどういうものだったのでしょう?

家族の強い団結心

本作品で、最初の段階では栄が亡くなるという設定はなかったのだとか。

この映画の制作当時、細田監督の祖母の体調が思わしくなかった為、それまでの監督の経験上、制作中の作品と現実がリンクするというジンクスが彼の中にあったそうです。

しかし、悩みに悩んだあげく、苦渋の決断で栄が物語の途中で亡くなる、というエピソードが作品内に組み込まれました。

それは大事な人の死をきっかけに、仇討ちというと言い過ぎかもしれませんが、その出来事が家族や周りの人物との絆を強くする、という監督の思惑があったのです。

「サマーウォーズ」は細田監督作品で初めて人の死を描いた作品となりました。

“死”というと、マイナスなイメージの事が連想される場合が一般的に多いと思われます。

しかし、この映画の中では家族の繋がりをより強固なものにする要因として、栄の死はいい方向として描かれているのです。

死は必ずしも悪い事だらけではない。その事を教えてくれたのは他の誰でもない栄だといえます。

「サマーウォーズ」の公開は8月でしたよね?
細田監督は同5月に母を、6月に祖母を亡くしています。この映画は亡くなったお二人への弔いの映画とも呼べるでしょう。

家族と侘助の和解

何と人工知能ラブマシーンの製作者は、夏希の亡くなった曽祖父と愛人の間に出来た子供、侘助でした。

そして侘助はまだ幼かった夏希の初恋の相手でもあります。

一家の財産を持ち逃げして、製作されたのが人工知能・ラブマシーンです。

その出来事から侘助の事を厄介者扱いする陣内家の人々でしたが、栄の死をきっかけに侘助の事を家族として受け入れるのです。

ラブマシーンの暴走はもはや製作者である侘助の手でも止めることが出来なくなってしまいます。

しかし、「栄を死なせてしまったのは自分だ」そんな想いが侘助にはあったのでしょう。

最後まで諦めずラブマシーンの暴走を止めることに奮闘します。

栄は侘助の唯一の理解者でした。栄には自分の配偶者が浮気をして出来た子供でも、そんな事は関係なく、侘助を愛情たっぷりに育て上げます。

「一番いけないのはお腹が空いている事と、独りでいることだから。」

これは栄の名言であり、栄が如何に心の広い人間であるかを物語っている台詞です。

侘助を一人にしてはいけないと、栄は強くそう思っていたのです。

度々登場する朝顔の意味

この映画には、夏の象徴の花とも呼べる朝顔が度々登場します。

朝顔の花言葉は、“結束”、“愛情”、“固い絆”です。

この「サマーウォーズ」という映画で描かれる朝顔の役割とは、ずばり家族の絆の象徴といえます。

時に朝顔が満開に咲いていたり、萎んでいたりする事にも意味があり、その時その時の登場人物の気持ちを代弁しているのです。

そして、栄が夏希に朝顔の柄の浴衣を渡すシーンがあります。

これは、栄の死後、陣内家を守っていくのは夏希だという事を示しているのです。

 映画終盤の栄のお葬式の日、栄の誕生日という事もあって、皆でハッピーバースデーの歌を歌うのは印象的でした。
ここで、夏希が朝顔柄の浴衣を着ているのも、栄の意志はちゃんと自分に伝わっているよ、という夏希なりの表現なのでしょうね。

「サマーウォーズ」見どころポイント

この映画の見どころは、何といっても主役の健二が数学の難しい問題を解き、夏希の又従兄弟の池沢佳主馬(声:谷村美月)のサポートもあって、小惑星探査機“あらわし”の落下地点をずらす部分です。

この二人の活躍がなければ、“あらわし”は陣内邸に直撃落下していました。

健二と佳主馬、それぞれの活躍を見ていきましょう。

人間としても男としても成長を遂げた健二

「サマーウォーズ」は家族の物語であると同時に、引っ込み思案で内気な性格の健二の成長物語でもあるのです。

皆がもうダメだ…とあきらめムードの中、健二は「あきらめたら、解けない。答えは出ないままです。」と言い、暗算で数学の難題に挑みます。

最後に健二が「よろしくお願いしまああああす!!」という台詞と共に導き出した答えは見事正解で、これは健二の夏希への愛の告白でもあるのです。

健二は、陣内家にあらわしを落下させるというラブマシーンの最後の策略を見事打ち破りました。

彼が鼻血を出したのは、自分の数学の能力が限界を超え新しい領域に達したという意味を持っています。

そして同時に健二の夏希への想いが溢れすぎて、「好きな人のことを考えると鼻血が出る」というような、思春期真っ盛りの健二の気持ちも描かれているのです。

一生懸命な健二を側で見ていて、夏希も健二の事を意識するようになりました。

夏希が健二の頬にキスをするシーンでも、健二は鼻血を出しているので、彼は相当奥手な性格といえます。

しかし、この一連の出来事を経て、健二は夏希にリードされながらも二人ならではの愛情を育んでいくのではないでしょうか。

もう一人のヒーロー!佳主馬

中性的な顔立ちと華奢な身体から、「女の子?」「男の子?」と最初は戸惑う方も多いかもしれません。

佳主馬は非常に頭のキレる立派な男の子です!!

学校でいじめに遭った事をきっかけに、佳主馬の祖父にあたる万助から少林寺拳法を習うなど、逞しさと頭の良さを兼ね備える登場人物といえます。

OZ内で、彼は多くの企業とも契約を結んでいる格闘技のチャンピオンで、アバター内で一目置かれる存在です。

“キングカズマ”という兎のようなアバターを使いこなし、そのあまりの強さからプレイヤー達の間では知らない人はいないと言っても過言ではありません。

最後は侘助の手で無力化されたラブマシーンに蹴りをお見舞いし、健二のサポートをします。佳主馬なしではラブマシーンに勝つ事は不可能だったといえます。

まとめ

以上、映画「サマーウォーズ」からアナログとデジタルのそれぞれの良い部分、栄の死から見えてくるもの、そして本作品に登場する朝顔の意味を考察してきましたが如何でしたでしょうか!?

今作品は観れば観るほど味わい深さを感じる映画となっています。

一家のドタバタと一緒に、テレビから流れる高校野球の試合の行方もこの映画の大きな伏線となっているので、注目ポイントです。

“家族”というものがキーワードになっている作品なので、ぜひ家族全員揃って細田守監督の世界に浸ってみて下さい!!

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ザ・ファブル(ネタバレ・考察)何故、ボスはファブルに休業を命じた?インコを飼わせた理由を考察!ファブルはどういう人間なのか? https://cinemaxina.com/the-fable/ https://cinemaxina.com/the-fable/#respond Wed, 23 Jun 2021 01:08:37 +0000 https://cinemaxina.com/?p=26146 「ザ・ファブル」は2019年6月21日に公開されました。 主演は俳優、歌手、タレントとマルチに活躍する岡田准一で、映画監督兼、映像ディレクターの江口カンが務めた事で話題を集めた映画です。 原作は南勝久による漫画で、“今一番面白い漫画”として第41回講談社漫画賞で一般部門を受賞した華やかなエピソードを持ち合わせている作品

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「ザ・ファブル」は2019年6月21日に公開されました。

主演は俳優、歌手、タレントとマルチに活躍する岡田准一で、映画監督兼、映像ディレクターの江口カンが務めた事で話題を集めた映画です。

原作は南勝久による漫画で、“今一番面白い漫画”として第41回講談社漫画賞で一般部門を受賞した華やかなエピソードを持ち合わせている作品となっています。

今作は、わずか6秒で標的を仕留める凄腕の殺し屋ファブルが、ボスから1年間の休業を命じられ、佐藤明という一般人として生きる事になる姿を描いたコミカル・アクションムービーです。

しかもその1年間の間に誰も人を殺してはならず、もし人を殺した場合はボスがファブルを殺すという条件付きの1年でもありました。

果たしてファブルは人を殺さず1年を乗り切れるのでしょうか!?

「ザ・ファブル」よりボスがファブルに休業を命じた理由や、何故インコを飼わせたのか?ファブルが一体どういう人間なのかを考察していきたいと思います!!

ザ・ファブル(2019年)

見どころ
主演は『図書館戦争』シリーズなどで高い身体能力を見せた岡田准一。さらに磨きをかけた俊敏なアクションと振り切れたコミカルな演技で二面性のある主人公を演じる。
出典 : video.unext.jp

あらすじ
どんな相手も6秒以内に殺す“ファブル(寓話)”と呼ばれる謎の殺し屋。そのファブルを育てたボスは彼に殺しを禁じ、一般人として1年間暮らすことを命じる。ファブルは“佐藤アキラ”という偽名を使い、相棒のヨウコとともに一般社会に溶け込もうとするが…。
出典 : video.unext.jp

ザ・ファブル(ネタバレ・考察)

アクションと、要所に散りばめられたクスッと笑えるギャグが特徴的な「ザ・ファブル」。

ここでは「ザ・ファブル」に登場する豪華な俳優陣やタイトルの意味、アクションシーンのエピソードをご紹介していきたいと思います!!

豪華すぎる俳優が集結!!

まずこの映画での一番の注目すべき箇所は、主役の佐藤明(ファブル)を演じた岡田准一を始めとし、俳優陣が豪華すぎる!というところにあります。

ファブルの相棒役として木村文乃、今作のヒロインに山本美月、ファブルの育ての親でありボスでもある佐藤浩市と、このキャストだけでも何だかワクワクしますよね!

そして、クリーンなイメージの強い福士蒼汰向井理が悪役として出演しているのも見ものです。

演技派俳優として実力の高い柳楽優弥、その兄貴分としてTEAM NACSの安田顕と、これはもう観ないわけにはいきません!

そして、福田雄一作品で一躍有名俳優となった佐藤二朗も、ファブルのバイト先の上司として登場します。

殺し屋が主役というだけあって、血しぶきが飛び散るシーンもありますが、痛快なアクションとコミカルな部分がそれを上手にカバーしているので、そこは一つの安心材料です。

ファブルの意味とは!?

ファブルとは“寓話”という意味です。

どんな相手でも、6秒以内に殺してしまう殺し屋という事から、本当に実在するのかどうか、寓話のような存在というところから意味がきています。

映画の登場人物がファブルの存在を“都市伝説”という風に言うシーンがありますが、寓話だったり、都市伝説だったりとそれほどファブルの存在は裏の社会で恐れられているのです。

しかし、ファブルは殺しの世界を一旦離れると、とても温厚な優しい人間という一面も持っています。

ボスからプレゼントされたインコを大切に育てるなど、非常に人間らしい面があり、そのギャップがとても魅力的なのです。

岡田准一の身体能力が凄すぎる!!

この映画の見逃せないポイントはやはり、アクションシーンです。

ファブルを演じる岡田准一の身体能力が超人離れしていて、特に地上からビルを登っていくシーンは、まるで忍者のようといえます。

アクションシーンは岡田准一がほとんどスタントなしで自ら行っており、そのクオリティの高さに、スタッフも監督も度肝を抜かれたというエピソードもあるのです。

それもそのはず、彼は数種の武術・格闘技インストラクター資格を持っているのだとか。

自室で過ごすシーンでは、何故か度々裸で生活しているファブル。

岡田准一は非常にストイックな面も持ち合わせていて、その肉体美には驚かされます。

今作品で殺陣師として関わったのは「ボーン・アイデンティティー」(2003年)などを手掛けたアラン・フィグラルズです。

そして、スタント・コーディネーターには「るろうに剣心」(2012年~2021年)「亜人」(2017年)などを手掛けた富田稔が参加しており、日本とフランスが手を組み、最強のアクションシーンが誕生しました。

岡田准一のアクションシーンは本当に見事でしたね!!
彼のアクションのスピードが速すぎて、カメラマンがその速さについていけないといった撮影エピソードもあるそうですよ!

主題歌は世界的歌姫のレディー・ガガ!!

「ザ・ファブル」のエンディング曲は世界で大人気を誇る歌手、レディー・ガガの「Born This Way」です。

この楽曲は2011年にリリースされ、彼女の実力と人気を世に知らしめた曲でもあります。

何と!レディー・ガガが日本の映画に楽曲を提供するのは“初”の事なんだとか!!

“あなたの人生はそのままで素晴らしい”という意味を持ったこの楽曲。

特殊な環境で生きるファブルやその周りの登場人物達の人生を肯定してくれているような内容や、曲の世界観が「ザ・ファブル」と非常にマッチしている、という事から選曲されました。

早い段階から楽曲提供の交渉を行い、使用許可を得るためスタッフはアメリカまで足を運んだとの事です。

親日家として有名なレディー・ガガ。多くのスタッフの苦労と努力が実を結んだエピソードでもあります。

ボスがファブルに休業を命じた理由とは?

凄腕の殺し屋として日々生活を送ってきたファブル。しかし殺しで目立ちすぎた、という理由で暫く裏稼業を休む事になります。

同じくボスの元で育った木村文乃演じるヨウコと共に、偽名を使って1年間大阪で暮らす事になるのでした。

しかし、休業する事にはボスの幾つかの考えがあったのです。

ボスは何故、ファブルに休業を命じたのでしょう?そこを考察していきます。

普通に暮らす幸せを知ってほしかった

そもそも普通の定義とは何なのでしょう?辞書によると“いつ、どこにでもあるようなありふれたものである事”とあります。

また、“他と特に異なる性質をもっていないさま”とも書いてあるのです。

ファブルは殺し屋という点で、もう普通とは異なっています。

ボスは、小さな頃から殺し屋にするために親代わりとなってファブルを育ててきました。

ファブルに対してボスは多少の申し訳なさや罪悪感を感じていたといえます。

そこで、1年間ファブルが殺しをしなかったら、一般社会に戻すということも有りだと考えていたのではないでしょうか。

普通に暮らす幸せを知って、ファブルを自由にしてあげたかった、とも考えられます。

世間一般の事を学んでほしかった

アルバイトをしたり、そこで出会った仲間との他愛もない交流から、ファブルは段々と世間一般的なものを学んでいきます。

ひょんな事から、山本美月演じる清水岬という女性と知り合うファブル。

岬は父親の借金を肩代わりし、病に伏す母親の為にアルバイトを掛け持ちするという苦労人でありながら、常に笑顔を絶やしません。

そんな岬の姿にファブルは胸打たれたといえます。

アダルトビデオに出演する事を強要された岬を救う為に、ファブルは岬への恩返しの為、裏社会の人間と再び対峙する事になります。

世間一般の人と接する事で、“恩は返すもの”、“感謝は行動で示すもの”という事をファブルは学んだのです。

ボスは、ファブルを自由にした時点で、裏社会の人間がファブルに近づく事も全てお見通しだったという可能性も考えられます。

そして、ファブルに世間一般の人と交流する事で、世間の事を学ぶと同時に、人間として成長してほしかったのです。

インコを飼わせた理由とは?

ボスがファブルにインコを飼わせた理由とは、命というものがどういうものなのかを考えるきっかけを与える為です。

そして、インコはファブルのかけがえのない家族、の役割を果たしているといえます。

因みに映画と原作ではインコの種類が違うのです。

映画に登場するのは、ナナイロメキシコインコという鳥で、原作に登場するのはズグロシロハラインコといい、似ていますが違う種類のインコで、性格も異なります。

映画ではあまりインコの出番はありませんでしたが、ファブルが家に帰ると大人しく待ってくれている大切な存在です。

今まで殺し屋として自分の任務を全うしてきたファブルにとって、インコの存在は一つの癒しとなっているのではないでしょうか。

ちなみに、インコは“カシラ”という名前です。
ファブルが色々な言葉をインコにかけ懐かせようとした時、カシラという言葉に一番反応したという事から、そう名付けられたそうですよ。

ファブルはどういった人間なのか?

ファブルは謎の多い人物です。

小さな頃から山で1ヶ月間生き延びる訓練をしたりと、ボスの元で鍛えられてきました。

感覚を研ぎ澄ませるために頭のおでこの辺りを指でトントンとやるのが、ファブルの中でのルールです。

これは、フォアヘッドタッピングというもので、主に集中力を高める時にやると効果的なのだとか。

そして、ファブルは周りの人物よりも感覚が敏感な為、異様に猫舌という面があります。

焼き魚を食べるシーンでは「熱っ!!」と他の人が「そんなに?」と疑問に感じるほど熱がります。

そして笑いどころが人よりちょっとずれている、というのもファブルの性格的特徴です。

お笑い芸人・ジャッカル富岡が大好きで、誰も笑わない彼のギャグに、一人だけ大爆笑する場面も見られます。

そして、絵のセンスがあるのかないのかよくわからないといった、不思議な世界観を持つのもファブルの魅力の一つです。

ボスや周りの人との約束は必ず守り、お世話になった人への恩は自分の命を懸けても果たす、それがファブルの格好良さといえます。

フォアヘッドタッピング…初めて聞きました!
イライラが取れてダイエットにも効果があるらしいですよ!!

ファブルはサヴァン症候群!?

ボスがファブルの事をサヴァン症候群だと言うシーンがありますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

サヴァン症候群とは自閉症スペクトラムといった発達障害などがありながら、突出した能力を持った人の事をさします。

確かにファブルは殺しのプロで、その能力は尋常なものではありません。

しかし、ファブルは人とのコミュニケーションはちゃんととれますし、それによって日常生活に支障をきたしている、という事もないように見えます。

サヴァン症候群には大きく分けて二つの種類があり、有能サヴァンと驚異的サヴァンに分けられるのです。

有能サヴァンとは知的障害がありながら、音楽や美術の分野で本人の知的能力を大きく上回る能力を持つ人間の事をさします。

そして驚異的サヴァンとは、知的能力に関わらず、目を見張るような極めて優秀で、特別な能力がある人間の事をそう呼ぶのです。

驚異的サヴァンとは世界でも100人に満たないほどの確率とされているので、もしファブルがサヴァン症候群なのであれば、この驚異的サヴァンの方に分類されるといえます。

「ザ・ファブル」みどころポイント

岡田准一という俳優の凄さが際立っている映画「ザ・ファブル」。

ここでは今作品の見どころポイントを伝えていきたいと思います。

とにかくアクションシーンがすごい!!

ラスト30分のド派手なアクションシーンはこの映画の最大の見せ場です。

敵をなぎ倒しながらも致命傷は外す=ボスの言うとおりに絶対に人は殺さない。これはファブルにしかできない神業なのではないでしょうか。

息を呑むようなアクションシーンで、100人はいるのではないかと思われる、敵達を次々に倒していくファブルの姿は本当に格好いいです!!

自分を育ててくれたボスの命令を遵守し、まがい物の銃と自らの闘いの知恵と経験を駆使して無事に岬を救出したファブル。

これにはボスもびっくりで、生き残った敵達はボスが後始末をする、という結果に至りました。

ファブルは見事“絶対に人を殺さない”というボスとの約束を守り通したのです。

そして、またファブルは一般人と同じ生活に落ち着きます。

弟分と兄貴分の切ない別れ

そして、柳楽優弥演じる小島と、安田顕演じる海老原の悲しい師弟関係の終わりも見どころの一つです。

小島は岬をAV業界に売ろうとした張本人で、それは絶対にやってはいけないと兄貴分である海老原から釘を刺されていました。

しかし、そのルールを守らなかった為に、海老原は小島の頭を銃で撃ち抜きます。

弟分として小島のことを可愛がっていた海老原。

海老原の気持ちを考えるといたたまれない気持ちになりますが、裏の社会ではこういった事は日常茶飯事の出来事なのではないでしょうか。

小島を殺す事で兄貴分として海老原はけじめを付けたのです。

そして殺される直前、「足を洗ってカタギになる」と小島はそう言って自分の罪から逃れようとしました。

小島を撃ち殺し、向井理演じる砂川に死んだ小島の写真を見せたのは、弟分が散々周りに迷惑をかけた事に対しての謝罪と、それに対して落とし前をつけたという意味なのです。

コミカルな部分もお見逃しなく!!

この映画のコミカルな部分ってどこ?と端的に問われると一言では言い表わせないという部分もあります。

しかし、今まで殺し屋としてしか生活してこなかったので、ファブルが個性的で変わり者、という部分がこの映画では非常に際立って描かれており、そこが面白さを放っているのです。

枝豆を皮ごと食べたり、さんまを頭から食べようとしたり、最後のシーンでは手羽先を骨ごと全部食べてしまいます。

そういった部分がファブル=変人?というように描かれていてくすっと笑えるのです。

凄腕の殺し屋ながら、普段は天然的な要素を見せるファブルのギャップがこの映画のコミカルな部分といえます。

続編も誕生!!

そして何と!「ザ・ファブル」の続編として、実写映画第二弾「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」でファブル達がまたスクリーンに見参します!!

主要キャストは変わらずで、新キャストとして堤真一、平手友梨奈、安藤政信、橋本マナミなどこれまた豪華なキャストが勢揃いしました。

続編は「ザ・ファブル」の原作において、ファンの間で“一番泣ける”と言われている「宇津帆編」です。

堤真一演じる宇津帆を軸に話が展開していくようですが、ファブル達は今度はどんな活躍を見せてくれるのでしょう!?

まとめ

以上、「ザ・ファブル」から何故、ボスはファブルに休業を命じたのか?インコを飼わせた理由、ファブルの人物像について書いてきましたが如何でしたでしょうか!?

「ザ・ファブル」はただ“殺し”というものを描いただけの作品ではありません。

色々な人の人生や感情、そういったものを時にコミカルさを交えながら味わえる映画となっています。

血しぶきが飛び散るシーンもあるので、家族向けではありませんが、恋人や友達とワイワイとしたい時におすすめの1本です!!

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映画 賭󠄀ケグルイ(ネタバレ・考察)夢子が勝負に敗れた理由とは!?夢子の正体を徹底考察!映画を彩る豪華なキャストにも注目!! https://cinemaxina.com/kakegurui/ https://cinemaxina.com/kakegurui/#respond Wed, 09 Jun 2021 04:40:08 +0000 https://cinemaxina.com/?p=24999 「映画 賭ケグルイ」は2019年5月3日に公開されました。 「賭ケグルイ」は河本ほむら(原作)、尚村透(作画)コンビが描く人気漫画で、シリーズ累計発行部数は620万部を突破している大人気漫画です。 主演は映画「君の膵臓をたべたい」(2017年)で一躍注目を浴びた浜辺美波で、監督は「ハンサム★スーツ」(2008年)、「ヒ

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「映画 賭ケグルイ」は2019年5月3日に公開されました。

「賭ケグルイ」は河本ほむら(原作)、尚村透(作画)コンビが描く人気漫画で、シリーズ累計発行部数は620万部を突破している大人気漫画です。

主演は映画「君の膵臓をたべたい」(2017年)で一躍注目を浴びた浜辺美波で、監督は「ハンサム★スーツ」(2008年)、「ヒロイン失格」(2015年)などの代表作を持つ英勉が務めました。

ギャンブルによって生徒同士の階級が決まる、名門・私立百花王学園。

そこに転校生としてやってきた主人公の蛇喰夢子(じゃばみゆめこ)が天才的なギャンブルの才能で次々と強敵を打ち破っていく姿を描いた、痛快エンターテインメントムービーです。

原作やアニメ版、ドラマシリーズにはない、完全オリジナルストーリーである「映画 賭ケグルイ」から一筋縄ではいかないキャストの魅力、夢子がギャンブルで負けた理由などに迫っていきます!!

映画  賭ケグルイ(2019年)

見どころ
高杉真宙らテレビ版の主要メンバーに加え、宮沢氷魚、福原遥ら若手演技派キャストが競演。原作の河本ほむらがシナリオ原案・監修を務めた完全オリジナルストーリー。
出典 : video.unext.jp

あらすじ
2年華組・蛇喰夢子は、生徒会長・桃喰綺羅莉とのギャンブルを心待ちにしていた。2人の勝負への期待が高まるなか、“非ギャンブル、生徒会への不服従”を掲げる白装束集団・ヴィレッジが生徒会と対立。生徒会は、ヴィレッジ解体並びに夢子潰しを企み…。
出典 : video.unext.jp

映画 賭ケグルイ(ネタバレ・考察)

主演の浜辺美波を筆頭に、演技力もビジュアルも最高!といえるキャスト陣が集結した「映画 賭ケグルイ」。

ここではキャストの魅力や、本作品の独特な世界観に迫っていきたいと思います!!

個性派揃いのキャストに注目!!

登場人物達の吹っ切れた演技が魅力的なこの作品。

主役の浜辺美波を始めとし、この映画に登場する人々は曲者揃いです。

まず、浜辺美波演じる蛇喰夢子は、普段は上品でおっとりとしている性格ですが、ギャンブルが絡む事になると一変します。

ピンチに陥っている状況でも「たぎってしまいますわあ~!」という言葉が飛び出すなど、ギャンブルが好きで好きでたまらないといった面を持っているのです。

そして「さあ、賭け狂いましょう!」という夢子のお馴染みの台詞は映画版でもしっかりと出てくるので、お見逃しなきよう!

その他にも夢子の相棒役として高杉真宙や、カメレオン女優として存在感を放つ森川葵もドラマシリーズから変わらず出演しています。

そして、乃木坂46の松村沙友理や元・乃木坂メンバーであった伊藤万理華も出演しているので、ファンの方は見逃せません!

人気コスプレイヤーのえなこや、モデルの池田エライザも生徒会長役で特別出演として登場します。

これだけの豪華メンバーを集めた映画ですから、面白くないわけがありません!

登場人物の顔芸&迫真の演技がスゴイ!!

「賭ケグルイ」というこの映画の中で印象に残るのは、何といっても登場人物達の顔芸とも呼べる“顔”の演技と鳥肌の立つような迫真の演技です。

特に終盤の“デュアルクラッシュ・ポーカー”と呼ばれるゲームでは、福原遥演じる歩火樹絵里(あるきびじゅえり)と、浜辺美波演じる夢子の演技に圧倒されます。

歩火樹絵里は学園内のヴィレッジと呼ばれる非・ギャンブル団体の幹部ですが、それは表向きの顔で生徒会長に気に入られたいが故に、夢子達にわざと負ける事でヴィレッジの解散を目論んでいました。

この時の福原遥の泣きの演技が、異彩を放っており、とにかくすごいです。

髪の毛で片目が隠れ、まるで「ゲゲゲの鬼太郎」のようになっており、「私が足手まといになっている…。」とその形相で涙を見せます。

彼女の計画に唯一気付いていた夢子はその様子をしらけた様子で見て、「いい加減、不愉快です。そろそろ正体を出したらどうですか?」と言い放ちます。

そしてついに歩火の本性が明かされるのです。

この時の彼女の演技はとにかく素晴らしい!主役の浜辺美波の演技を食うほどの存在力を放っています。

皆が皆、とても個性的で、ギャンブルというものを通じて迫真の演技を見せているのです。

ギャンブルを知らない人でも楽しめる映画

この映画の肝となっている、ギャンブルという要素。

一見難しく感じられますが、この映画の最大の良点は“ギャンブルを知らなくても楽しめる”というところにあります。

その理由として、ギャンブルを通じて多彩な人間ドラマが観られるからです。

シナリオ監修と原案にこの作品の原作者である河本ほむらが関わっている事が最大の武器ともいえます。

ギャンブルの中身やルールがわからなくても勝負の行方がどちらに傾いたのか、それさえ理解できれば、この映画は充分満足して観られる事のできる映画と呼べるでしょう。

この「賭ケグルイ」という映画は、ギャンブルに大きな視点を置いているわけではなく、ギャンブルを通じての登場人物の心理描写や表情、一つ一つの台詞が面白さを醸し出しているのです。

登場人物達がこれから行われるギャンブルについて、ルールを説明するシーンもありますよね。
そうですね。そこはこの映画の親切なところといえます。

主題歌が見事に映画とマッチ!!

映画のオープニング曲はドラマシリーズと同じく、PassCodeの「一か八か」が使われています。

本作品の狂ったような世界観を見事に体現しており、「賭ケグルイ」のイメージにぴったりの楽曲です。

主題歌はそらるの「アイフェイクミー」という曲が使われており、映画と音楽がぴったりと映画の雰囲気にマッチしています。

どちらもとても魅力的な楽曲で、「賭ケグルイ」の世界にどっぷりとハマってしまいそうな音楽です。

ギャンブルの勝敗によって決まる学園生活!?

百花王学園は生徒同士のギャンブルの勝敗によって、学園内でのカースト制度が決まってきます。

一番下位に属する生徒は“家畜”としてみなされ、ポチ、ミケという名前を与えられるのです。

そして、上位に属する生徒の言う事を何でも聞かなければいけません。

こんな学園生活アリなの!?と思ってしまう人が多数でしょう。

この作品は一種のエンターテインメント映画です。

“存在しない学園”というレッテルがあるからこそ、観客は逆に安心して観ていられるという部分もあるでしょう。

現実には存在しないけれども、こんな学園があったら面白そう!という人間の究極の心理をついているのが、この「賭ケグルイ」という作品だといえます。

原作の、現実では有り得ないような世界観を実写映画でも丁寧に壊さず表現しているところが、この作品をより魅力的に、面白くしているのです。

高杉真宙演じる鈴井涼太も、夢子が学園に現れるまでは家畜として扱われていたのですよね。
そうですね。夢子は涼太の救世主といってもいいのではないでしょうか。

夢子は何故勝負に負けたのか?

歩火樹絵里と、そのパートナーである宮沢氷魚演じる村雨天音。

村雨は過去に姉をギャンブルが絡んだ事件で亡くしており、百花王学園の生徒会長に唯一ギャンブルで勝った天才的な人物でもあります。

何故、夢子は歩火と村雨ペアに敗北したのでしょう?そこを考察していきます。

自分を見下されたと感じた

村雨は、もうギャンブルはしないと心に決めていたものの、ヴィレッジの危機を救う為に立ち上がります。

歩火の裏切りを知り、ショックを受けながらも闘うことを決めたのです。

一方、歩火の本性を見て夢子は自分のギャンブルの腕を、もしくは自分そのものを見下されたと感じたのでしょう。

夢子はどんな相手にも全力で挑みます。

歩火がヴィッレジ解体の為に卑怯な手を使ってわざとギャンブルに負けようとしている。その姿勢が夢子には許せなかったのです。

歩火の行動は自分への冒涜、そしてギャンブルへの冒涜だと感じたといえます。

自分のギャンブルへのプライドをかけて、歩火が負けようとするなら、自分も負ける道を選ぶ事が歩火に対する勝利であると考えたのです。

村雨を助けようとした!?

歩火の本来の目的を知って、夢子は完全に歩火を軽蔑しました。

そして、このギャンブルが自分にとって有意義ではないと悟ったのです。

夢子は完全にギャンブル狂なので、村雨に同情したなど、そんな慈悲の心を持っているわけではありません。

完全に、流れで勝敗が決まったのです。

歩火がわざと負けようとしている→夢子もやる気を失くす→結果的に夢子達が負けるという流れになっただけといえます。

「ハラハラ・ドキドキしてこそギャンブル」それが夢子の思い描くギャンブルです。

村雨は、自分の力で勝利を勝ち取ったといえます。

なるほど~!夢子は村雨に同情したわけではないのですね。
夢子のギャンブルの鉄則として、「勝利は自分の手で勝ち取るもの!」といった理念があるのではないでしょうか。

夢子の正体とは!?

夢子は百花王学園に転入生としてやってきました。

現段階では原作がまだ連載中という事もあり、夢子が百花王学園に転入してきた目的やその正体は謎のベールに包まれています。

わかっている事は入院中の姉がいる事、夢子の姉はかつて百花王学園の生徒会長であり、現生徒会長・桃喰綺羅莉(ももばみきらり)とのギャンブルに負けた過去があるのでは、との見解があるのです。

原作は2021年6月現在、第14巻まで出ています。

夢子が生徒会長とのギャンブルにこだわるのはやはり姉のことが大きく関係しているのではないでしょうか。

そして夢子が左手の親指にしている指輪にも秘密が隠れているのだとか。

夢子の両親はすでに他界しているので、指輪は家族の形見なのではないか、とも賭ケグルイファンの間で噂されています。

「意志を貫く」という意味を持つ親指の指輪。

生徒会の面々が夢子の事をやたらと気にかけるのも、ギャンブルが強いという理由だけでなく、何か大きな陰謀を感じます。

夢子の正体が正義か悪なのか、はたまた天使か悪魔なのか、ファンの間では様々な憶測が飛び交っているのです。

映画をまだ観ていない方も、すでに鑑賞済みの方も、原作やTVアニメ、ドラマシリーズ未見の方は、ぜひ観てみて下さい!

「映画 賭ケグルイ」の世界を二度も三度も楽しめる事間違いなしです!!

夢子と生徒会長は同じ血筋の一族?

百喰一族と呼ばれる人々がこの作品には登場します。

この百喰一族には様々な分家があり、「○喰」と喰の付く名字の人々は全て同じ血筋といえます。

桃喰家から全てが始まっており、生徒会長の綺羅莉はその頂点に立っている人物なのです。

そして蛇喰という名字を持つ夢子と、桃喰という名字を持つ綺羅莉は辿っていくと階級の差はあれど、同じ血筋の一族なのです。

この「賭ケグルイ」という作品に出てくる登場人物は難しい名前の人物ばかりですが、作者が何故そのような名前を付けたのか?という意図は明るみにはなっていません。

夢子が綺羅莉とのギャンブルに勝ち、蛇喰家が一族の頂点に立つ日は来るのでしょうか!?

今後の展開も目が離せませんね!

「映画 賭ケグルイ」みどころポイント

ラストシーンで村雨が人生計画書を生徒会関係者に渡すシーンがあります。

そこには“食堂に美味しいスイーツを導入すること”と書かれていました。

これは映画内で夢子が村雨に「どうして食堂には美味しいスイーツがないのでしょう!?」と疑問を投げかけていた時の伏線回収となっているのです。

そして、歩火・村雨ペアに負け、2億の負債を抱える事となった夢子達ですがここでも粋な演出が見られます。

実は夢子はクラスメイトで仲の良い、早乙女芽亜里にお願いをして歩火・村雨ペアの勝利に2億のお金を賭けていました。

夢子は非常に頭のキレる人物なので、先々の展開を事前に察知していたのです。

夢子が美味しそうなスイーツを頬張るところで映画は終わります。

この伏線回収には思わず「上手い!」と言葉が出てしまうほど、面白い展開となっているのです。

生徒会長とギャンブルで闘う事を目標とする夢子。

その日が来るのも遠い未来ではないといえるのではないでしょうか。

まさか村雨が人生計画表にスイーツの事を書くとは思いませんでした!
この演出は粋でしたね!

そして物語は続編へ

「映画 賭ケグルイ」の続編、「映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット」で夢子達がまたスクリーンに帰ってきます!

キャストに変更はないので、夢子達にまた会えるのは嬉しいですね!

映画の第一弾で行われた“生徒代表指名選挙”を終えて、平穏を取り戻したかに思われる百花王学園。

しかし、生徒会の面々は日々圧倒的な存在感を放つ夢子の存在に危機感を感じていました。

更に、生徒の間では家畜の数が増え、その問題も生徒会を困らせる一つの要因となっていたのです。

そこに、2年前とある事件を起こして学園を追われた視鬼神真玄という男が舞い戻ってきます。

映画の第二弾ではこの男が夢子達のライバルとなり、新しいギャンブルが展開されるようです。

視鬼神真玄役は、ジャニーズWESTの藤井流星が演じているのでファンの方は要チェックですね!!

まとめ

「映画 賭ケグルイ」から豪華なキャスト陣、夢子が村雨にギャンブルで負けた理由、そして夢子の正体にも迫っていきましたが如何でしたでしょうか!?

続編ではどんなギャンブルが繰り広げられるのか、夢子が転入してきた真の目的とは一体何なのか、気になって気になってたまりません!!

その設定の面白さや、一癖も二癖もある登場人物の魅力から多くのファンを獲得してきた「賭ケグルイ」。

「映画 賭ケグルイ」でもその独特の世界観をどっぷりと堪能して下さい!!

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劇場版 コード・ブルー【ドクターヘリ緊急救命】(ネタバレ・考察)本作品が愛される理由とは?10年という歳月を経て成長した5人の絆に迫る!! https://cinemaxina.com/codeblue/ https://cinemaxina.com/codeblue/#respond Tue, 01 Jun 2021 01:56:16 +0000 https://cinemaxina.com/?p=24599 「劇場版 コード・ブルー」は2018年7月27日に公開されました。 3rd seasonまでテレビドラマとして放送され、スペシャルドラマも制作されるなど若い世代を中心に人気を集めたドラマの、待望の劇場版となっています。 出演者はドラマ版と変わらず、山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、比嘉愛未、浅利陽介などの豪華メンバーを起

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「劇場版 コード・ブルー」は2018年7月27日に公開されました。

3rd seasonまでテレビドラマとして放送され、スペシャルドラマも制作されるなど若い世代を中心に人気を集めたドラマの、待望の劇場版となっています。

出演者はドラマ版と変わらず、山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、比嘉愛未、浅利陽介などの豪華メンバーを起用したことでも話題を集めました。

若きフライトドクターを中心に、フライトナース、後輩や指導医達とのエピソードを絡め、救急救命や災害医療に奮闘する人々の姿を描いた感動作です。

「劇場版 コード・ブルー」から作品に関するトリビアを交えながら、今作品が愛される理由、主要キャスト達の成長と絆をご紹介していきます!!

テレビドラマ版「コード・ブルー」は元々、木曜劇場枠で放送されていたのですよね?
そうなんです!視聴率が良かったのか、2010年の2nd seasonから月9枠に移動したエピソードを持つ作品なのですよ!

劇場版 コード・ブルー【ドクターヘリ緊急救命】(2018年)

見どころ
2008年の初回放送以来、多くのファンを生んできた大ヒットドラマの劇場版。未曽有の連続大事故が発生し、シリーズ最大のスケールの中で感涙必至の人間ドラマが展開する。
出典 : video.unext.jp

あらすじ
地下鉄トンネル崩落事故から3カ月後、旅立ちの時が迫る藍沢たち。その旅立ちが別れを意味することに気づきながらも、彼らは10年間を共にした互いへの想いを抱えたまま日々を過ごしていた。そんななか、未曽有の大事故が発生し、藍沢たちに出動要請が入る。
出典 : video.unext.jp

劇場版 コード・ブルー【ドクターヘリ緊急救命】(ネタバレ・考察)

医療というものをテーマに、それに関わる人間ドラマが色濃く描かれているのがこの作品の特徴です。

「劇場版 コード・ブルー」より、コード・ブルーの意味、登場人物の名前にまつわるエピソードなどをご紹介していきたいと思います!!

「コード・ブルー」の意味とは?

“コード・ブルー”とは容態が急変し、緊急での蘇生が必要な患者が発生したという意味を持っており、医師や看護師の間で使われる隠語です。

コードネームで知らせる事で、病院内における一般人などの混乱を招かないようにとの意図を持った言葉として使われています。

病院内の全館放送でこの“コード・ブルー”が流れた場合、手が空いている医師や看護師、担当に関わらず至急全員に集合してほしいとの意味を持っているのです。

場合によって、スタットコールやドクターコールと呼ぶ事もあります。

ただし、全ての病院でこの呼称が使われているわけではありません。

何故、ブルーなのかという由来については諸説あります。

  • ブルーには<最優先事項>という意味があるから
  • 医師たちが青い服を着ているから
  • 青が気持ちを落ち着けて集中力を高める色だから
  • 患者の顔色が青いから

などの説が挙げられます。他にもコード・レッド、コード・ホワイト、コード・グリーン、コード・イエロー、コード・ゴールド等の隠語が実際の病院内で使われているのだそうです。

登場人物達の名前には色が関係している!?

山下智久演じる藍沢耕作を始め、登場人物達の名前には色が関係しています。

これはファンの間では広く知れ渡っている事で、タイトルである「コード・ブルー」に因んでの事なのです。

藍沢耕作は青、白石恵は白、緋山美帆子は赤、藤川一男は紫という風にそれぞれのイメージカラーがあります。

青は冷静沈着でクール、白は真面目で正義感が強く純真、赤は情熱的で勝気、紫は藤色からきているもので、中間色であり協調性と柔和さを感じさせる、というようなものです。

そして、フライトナースである冴島はるかにも象牙色=アイボリーというイメージカラーが存在します。皆をまとめるしっかり者といったイメージでしょうか。

それぞれの性格を表しているようなこのイメージカラー。

制作陣の遊び心が垣間見えるエピソードですね!!

「コード・ブルー」のロケ地は!?

映画「コード・ブルー」の主なロケ地はテレビドラマシリーズでも登場した、千葉県印西市にある日本医科大学千葉北総病院が舞台となっています。

ドラマ版や映画版では翔陽大学附属北部病院と名前は変更されており、山下智久演じる藍沢がトロントに向かう当日の朝に、主要メンバーと集合写真を撮るシーンなど多くの場面がこの病院で撮影されました。

救命医師のユニフォームも日本医科大学千葉北総病院のものがモデルにされたとの情報もあります。

映画内の医療監修も同病院の救命救急センターが行っているとの事です。

その他のロケ地としては、千葉県の海ほたるや成田空港も撮影場所として選ばれました。

千葉県のあらゆるところで山Pやガッキーを見た!という目撃情報が挙げられています!
その他にも神田外語大学や松戸市立総合医療センターなどでも撮影が行われたそうですよ。

主題歌はミスチルの名曲!

「コード・ブルー」の主題歌といえば、テレビドラマシリーズの時から起用されているMr.Childrenの「HANABI」です。

この曲なしではこの作品は語れないというくらい、コード・ブルーファンの間では勿論、そうでない人にも浸透している楽曲かと思われます。

イントロを聴いただけで「あ!これコードブルーの曲だ!」と思わず反応してしまう程の魅力を持った曲です。

「HANABI」といえば「コード・ブルー」、「コード・ブルー」といえば「HANABI」というくらい、影響力を与えている名曲といえます。

「コード・ブルー」という作品が愛される理由

「コード・ブルー」は2008年放送のドラマ版1st seasonから2018年の劇場版まで10年もの月日を要して完結した作品です。

テレビドラマから始まり、映画に至るまでこのように長い歳月をかけた作品は、早々無いのではないでしょうか?

この「コード・ブルー」という作品が愛される理由を探っていきます。

登場人物の一人一人が主役である

この作品の良い点として、主役が一人と決まっているわけではなく、それぞれの登場人物に光があたっているという点が挙げられます。

主要キャストである山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、比嘉愛未、浅利陽介の他に3rd seasonから登場したキャスト陣まで、それぞれの人物の人生が丁寧に描かれているのです。

3rd seasonからの追加キャスト

  • 有岡大貴
  • 成田凌
  • 新木優子
  • 馬場ふみか

これだけの豪華メンバーを集めれば、ヒットするのは当たり前!と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、「コード・ブルー」がヒットした理由はそこだけにはとどまりません。

いくらキャストが豪華でも話がつまらなければ、10年という長い月日をかけて追いかけるファンはいないでしょう。

この作品はただ医療の事だけを描いている物語ではありません。

一人一人の登場人物が医療というものを通じて葛藤、苦悩し、答えを見つけるまでの作品なのです。

そして、患者達の人生にも焦点が当てられているところがこの物語の魅力です。

基本はフライトドクター、フライトナースである主要キャストの成長を描いた作品となっています。

そして出てくる皆が主役であるというところに、観ている人は感情移入し、自分と近しい人物に共感を覚えるのです。

最初は医療ドラマ色が濃かった

実は「コード・ブルー」の脚本家は、ドラマ版の3rd seasonから交代となっているエピソードがあります。

テレビドラマ版の1st seasonと2nd seasonでは林宏司さんが脚本を執筆していました。

林さんの描く「コード・ブルー」は“医療”に重きが置かれており、他作品にはない本格的な医療ドラマ、というところが人気に繋がったといえます。

しかし、3rd seasonの制作が決まった時、これまで脚本を担当してきた林さんは多数の脚本依頼を抱えていたため、スケジュールが合わなかったとの事です。

しかも2nd seasonから3rd seasonまで7年の歳月が経っていたという事も一つの要因でした。

そこで脚本家のバトンタッチとなったわけです。

新しく恋愛要素が取り入れられた

安達奈緒子さんが起用されたのは「コード・ブルー」のプロデューサーの増本淳さんと親交が深かったからとの事が起用理由として挙げられています。

安達奈緒子さんは、恋愛モノを描かせたら抜群!と呼ばれる程、腕のある脚本家として有名です。

脚本家が交代した事で、ファンの間では賛否両論意見はありましたが、医療ドラマに恋愛要素を含ませる事で、この「コード・ブルー」という作品に新しいスパイスが加わりました。

浅利陽介演じる藤川一男と、比嘉愛未演じる冴島はるかの恋愛と結婚、戸田恵梨香演じる緋山美帆子とその恋人との恋愛模様が多様に描かれている事で、人間ドラマとしての深みが増しました。

劇場版では藤川とはるかのサプライズ結婚式もあり、涙なしでは観られない展開となっています。

「コード・ブルー」には恋愛要素はいらない!といった厳しい意見もあったそうですが?
そうですね。しかし、3rd seasonから劇場版まで持っていけたことは作品の質が落ちていないという立派な証拠なのではないでしょうか。

主要キャスト5人の絆

10年という長い歳月を経て、5人の結束力や絆は確かなものへと変化していきます。

ドラマ版ではその未熟さから、意見の食い違いで多々衝突していた5人ですが、映画版では一人の医師として、看護師として、5人で立派に連携プレーをとりながら、命に向き合う姿勢が見られます。

映画の終盤で、藍沢が「俺達は家族のようなものだ」といった趣旨の台詞を言う場面はとても感動的です。

普段はクールな藍沢がこのような台詞を言うとは、彼が同期であるメンバーの事を心から信頼している証といえます。

救急救命という命を扱う過酷な現場で、主要キャストである5人は時に怒り、悲しみ、戸惑いながらも同じ時間を過ごす中でそのを固く結んできました。

映画版で、5人がドクターヘリの前で写真を撮る場面があります。

この時の5人の笑顔が、今までの10年という歳月を共に歩んできた、という事を全て物語っているのです。

この先の未来、進むべき道は違っても、彼らは見えない絆で繋がっているといえます。

そして、その絆はどこにいても切れることはないのです。

因みに「コード・ブルー」の主要メンバーは、5人で飲み会をしたり、女性陣は女子会を開くなど、プライベートでも非常に仲がいいのだとか。

映画の舞台挨拶では浅利陽介のボケにツッコミ合ったり、あだ名でそれぞれを呼び合うなどのエピソードもありました。

「コード・ブルー」の一ファンとして何だかほっこりとする嬉しい話ですね!

「劇場版 コード・ブルー」のみどころポイント

「劇場版 コード・ブルー」では親子の関係、結婚、人生といったものが大きく描かれています。

特に“家族愛”というものが深く描写されていました。

新米フライトナースの、馬場ふみか演じる雪村双葉と、アルコール中毒者である母親の関係は“親子とは何か?”と考えさせられる貴重なエピソードです。

そして、海ほたるフェリー衝突事故現場で藍沢が双葉を庇って感電し、意識不明の重体となってしまうところは、映画内において見逃せない一番のポイントとなっています。

また、この海ほたるの事故で脳死判定をされた少年が、ドナーカードにサインをしていた事から、臓器提供をするシーンは、少年の両親の涙に、もらい泣きした人も多かったのではないでしょうか。

「コード・ブルー」を観た人の間では多くのエピソードを映画に詰め込み過ぎだといった意見もありました。

しかし、これだけのエピソードを入れて“命”というものに向き合い伝えようとした「劇場版 コード・ブルー」からはとても真摯な姿勢を感じます。

この映画に関わった全ての人の「コード・ブルー」への愛情を感じられる作品です。

まとめ

以上、「劇場版 コード・ブルー」より、作品にまつわる小話や、今作品の魅力をテレビドラマ版と交えながら紹介してきましたが、如何でしたでしょうか!?

この作品を観て、医療の仕事に就きたい!と思われた方も多いのではないでしょうか。

映画を観ただけではわからない!という方はぜひ、テレビドラマシリーズも観てみて下さい!

今のところ、キャストのスケジュールの都合などで続編の予定は無いようですが、いつの日かまた一回りも二回りも成長した彼らに会える事を切望!ですね!!

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となりのトトロ(ネタバレ・考察)サツキとメイは死んでいた!?トトロに纏わる都市伝説を徹底紹介!本作に隠された真実とは https://cinemaxina.com/tonarinototoro/ https://cinemaxina.com/tonarinototoro/#respond Thu, 20 May 2021 03:30:48 +0000 https://cinemaxina.com/?p=22472 「となりのトトロ」は1988年に上映されたアニメーション映画です。 監督はアニメ映画界の巨匠である宮崎駿、主演声優は日髙のり子、坂本千夏らが担当しています。 初上映から長い年月の経つ本作ですが、いまだに根強い人気を誇る映画です。 家族間の絆や思いやりの大切さを教えてくれて、心が温まる映画である「となりのトトロ」。 そん

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「となりのトトロ」は1988年に上映されたアニメーション映画です。

監督はアニメ映画界の巨匠である宮崎駿、主演声優は日髙のり子、坂本千夏らが担当しています。

初上映から長い年月の経つ本作ですが、いまだに根強い人気を誇る映画です。

家族間の絆や思いやりの大切さを教えてくれて、心が温まる映画である「となりのトトロ」。

そんな「となりのトトロ」について、サツキとメイの誕生秘話といった裏話や、トトロたちが持つ魅力についてなどを交えながら紹介していきます。

となりのトトロ(1988年)

サツキとメイと父の一家は病弱な母に療養してもらうため、空気のきれいな田舎に引っ越しをする。

引っ越し先の家でサツキとメイは、小さく真っ黒な生き物「まっくろくろすけ」を発見。

また、メイは「トトロ」という大きな生き物に出会い、これから始まる不思議な生活に胸をふくらませていく。

それから夏休みも始まったある日、退院間近だった母が体調を崩してしまい、家に帰ってくる予定が延期になってしまった。

メイはこのことに納得できずにサツキと大喧嘩。メイはひとりで母が入院する病院へ向かい迷子になってしまう。

サツキは行方不明になったメイを探すため、さまざまな人の助けも借りながら村を奔走する。

そんな思いに応えてくれたのかサツキの前にトトロが姿を見せ…。

となりのトトロ(ネタバレ・考察)

映画「となりのトトロ」は登場人物たちの魅力や裏話といったさまざまな要素に彩られている作品です。

そんな本映画の中にあるトトロという名前が付けられた経緯や、公開当初の裏話などを紹介していきます。

最初は不人気な作品だった!?

「となりのトトロ」は映画自体の評価は高かったものの、スタジオジブリが持つブランド力は近年ほど高くなく、宮崎駿が監督した作品であっても世間からあまり注目されていませんでした。

そのため公開当初は観客が思うように集まらず、興行収入は2021年までの全ジブリ映画中ワースト3位という赤字収益に終わってしまいます。

実は映画「魔女の宅急便」(1989年)は「となりのトトロ」が興行的に失敗したことで生まれた赤字を回収するために作られた作品です。

そんな注目されなかった映画「となりのトトロ」ですが、上映から2年後の1990年に大きな転機が訪れました。

キャラクターグッズとしてぬいぐるみを販売したところ非常に好評で、なんと約70万個という異例の売り上げを達成します。

もともと高い評価であった「となりのトトロ」はぬいぐるみが好評だったため幅広く知られていき、上映から2年越しに大人気作品へとなったのです。

1997年に発売されたビデオ版「となりのトトロ」は上映から10年近く経っていたにもかかわらず約1ヶ月で100万本を越える売り上げを達成しました。

そこから多くのグッズが販売される人気キャラクターとなっていき、トトロはスタジオジブリの顔といえる存在になります。

トトロたちには別の名前があった?

本作には大、中、小の違った大きさである3種類のトトロが登場していますが、初期段階ではそれぞれに別の名前がありました。

それぞれ大きい個体はミミンズク、中くらいの個体がズク、一番小さな個体がミンという名前です。

ただし初期設定の名前は監督が新たにトトロという名前を思いついたため、使われなくなってしまいました。

実は新しい名前を監督が思いついたのは、知人の娘が関わっているという噂があります。

その少女が監督の住んでいた地名である「所沢」を「ととろざわ」と発音したことが元となって「トトロ」という名前が生まれたそうです。

メイが大トトロの発した鳴き声を「トトロ」と解釈する場面があるのはこういった経緯がきっかけだといわれています。

トトロはどのようなことをメイに伝えたかったのでしょうか?
トトロはメイに「まだ眠たいよ」と伝えたかったらしいですよ。

不思議な生き物たちが持つ魅力について

映画「となりのトトロ」にはトトロを始めとする不思議な生き物たちが多数登場しています。

この映画が人気になった理由には、登場する不思議な生き物たちの魅力があったためでしょう。

そんなかわいさにあふれる彼らの活躍について紹介していきます。

トトロ

映画のタイトルにもあるように「となりのトトロ」のメインキャラクターであり、スタジオジブリの顔ともいえる存在です。

大トトロの他にも中、小の個体が登場しており、それぞれがかわいらしい見た目や性格をした生き物だといえます。

大トトロは非常にのんびり屋さんで、いつもクスノキのふもとで気持ちよさそうに寝ている生き物です。

メイがお腹に落ちてきても全く気にしないほどのマイペースな性格でもあります。

中くらいのトトロは彼らの中で一番働きものです。

ただ、トトロたちの中で一番食いしん坊なのか、好物の木の実を持ち運ぶために袋を持ち歩いています。

一番小さなトトロはまるで子供のような、どこか落ち着きのない性格です。

透明になれる能力を持っていますが、消える直前の姿をうっかりメイに見られてしまい追いかけられてしまいました。

他にも3匹のトトロが集まってクスノキの上で楽しそうにオカリナを演奏する場面や、サツキやメイの夢に登場したりとさまざまな場所で活躍を見せます。

まっくろくろすけ

作中ではまっくろくろすけと呼ばれる黒いイガグリのような見た目の生き物です。

そして人が住まなくなった家などに住み着く一種の妖怪といわれています。

実はまっくろくろすけという名前はメイによって名付けられたものであり、本当の名前は「ススワタリ」です。

見た目はとてもかわいらしいですが、臆病な性格で人を見るだけでくもの子を散らすように逃げてしまいます。

また、彼らは特に悪さを働いたりはしませんが、触るとすすまみれになってしまうので注意が必要です。

ネコバス

ネコバスはこの地域に住み続けている、とても長生きで大きな化けネコです。

胴体はバスのような形をしており、中は大勢がゆったりと座れるほどの広々とした空間があります。

外側も内側もふわふわと気持ちよさそうな質感であり、思わずなでたり触ったりしたくなるでしょう。

作中ではトトロに呼ばれて迷子になったメイの所へサツキを運んでくれたり、二人の合流後に母がいる病院まで送ってくれました。

元々ネコバスはカゴ屋のカゴに化けていたネコでしたが、バスをみた時その凄さに憧れ、バスの姿を真似するようになったといわれています。

サツキとメイの誕生秘話

映画「となりのトトロ」の主人公は、サツキとメイの姉妹です。

しかし初期設定の段階ではサツキとメイは存在しておらず、彼女たちとは違う別の主人公が存在していました。

元の主人公に代わって生まれた彼女たちの誕生秘話についてを紹介します。

サツキとメイが生まれた理由 その1

映画「となりのトトロ」の主人公は初期設定の段階では一人の少女だったのです。

本来はサツキとメイの要素を合わせた見た目の別の少女が主人公として活躍する予定でした。

実際に公開前に作られたポスターには、トトロの横でサツキでもメイでもない少女がバスを待っています。

しかし、幼稚園児ほどの少女が父を一人でバス停に迎えに行くという設定に無理があったため、その役割をこなせる姉を登場させたのです。

それから主人公のデザインや脚本の調整が行われ、広く知られているサツキとメイの姉妹が誕生しました。

サツキとメイが生まれた理由 その2

また、「火垂るの墓」(1988年)と同時上映であったことも、サツキとメイが誕生した理由の一つだとされています。

もともと「火垂るの墓」と「となりのトトロ」の2作品は60分の中編映画として上映される予定でした。

しかし60分という短い時間では作品を描写しきれないと監督が考えたため、「火垂るの墓」は60分から90分へと延長されることに。

この2作品は同時上映作品であるため、どちらの作品も同じ上映時間の映画にする必要があります。

そのため映画「となりのトトロ」も約30分の尺延長が必要になりました。

そこで「となりのトトロ」の監督が取った手法が、「主人公を姉妹にすること」だったのです。

姉妹を主人公にしたことによって話の展開が広げやすくなり、90分という尺に合った作品を完成させることに成功します。

サツキとメイの誕生によって…。

これら2つの理由によって主人公がサツキとメイの姉妹になりました。

主役を1人の少女から2人の姉妹に変更したことで物語は大きく広がり、より深みのある作品になります。

例えばメイが昼間にトトロたちを見つけて追いかける一連の流れは、主人公がメイとサツキになったからこそ生まれた場面です。

メイのように好奇心が旺盛な子供が登場人物に居なければ、この場面は生まれなかったでしょう。

また、迷子になったメイを探すサツキという構図も、一人っこのままでは描くことはできませんでした。

このように映画の名場面の多くは、サツキとメイだったからこそ誕生したのです。

もし「となりのトトロ」の主人公が姉妹ではなかった場合、ここまでの人気は出なかったかもしれません。

主人公がサツキとメイではなかったら「となりのトトロ」はどんな物語になったのかな?
きっと今とは全く違った「となりのトトロ」の物語が生まれていたでしょうね。

「となりのトトロ」の都市伝説について

映画「となりのトトロ」は子供や大人問わずに高い人気を誇る作品です。

しかし人気になった本作は深く考察され、その中でさまざまな都市伝説が生まれてきました。

そんな「となりのトトロ」の都市伝説の中でも、特に有名な説について触れていきます。

サツキとメイは幽霊だった!?

映画の終盤で、母がサツキとメイが居たような気がすると父に伝える場面がありますが、どうしてそう感じたのでしょうか。

そこで出てくるのがサツキとメイは幽霊であったという都市伝説です。

その内容はメイが村にある池で溺れ死んでしまい、サツキはそんなメイを探して森で死んでしまうというものでした。

そして2人の姿が母に見えなかったのは、既に死んでいたためなのではないかというものです。

さらにメイの物らしきサンダルが池に浮かんでいたり、途中でサツキとメイの影が消えていたことも合わさって、意味深な描写が続きます。

妙に信憑性のある理由がいくつもあげられており、思わず信じてしまう人も出てくるほどの都市伝説です。

この説は本作の人気が出始めた1990年以降に日本各地でささやかれるようになり、多くの人に知られる都市伝説になりました。

都市伝説の真相は…?

そんな都市伝説ですが、この説はあくまで噂であり本当ではないといえます。

1つ目の理由である池に浮かんでいたサンダルは比較するとメイの物と明らかに異なることが分かり、更にメイはサンダルを両方とも履いていました。

なぜ池にサンダルが浮かんでいたのかは謎ですが、メイと池のサンダルは関係なく、池で溺れたという事実はないといえます。

また、二人の影が途中で消えた理由は、途中から影を描く必要がないとスタッフたちが考えたためです。

これは舞台が真夏の昼間に差し掛かっており、真上に太陽があったため影がいらないと判断したからだといわれています。

また、映画を細かく観てみると、サツキやメイ以外の登場人物の影も途中からなくなっていることが判明しました。

よく観察すると違うと分かりますが、意味深なサンダルを池に浮かばせたり影の描写を途中でなくしてしまったことなどが都市伝説として語られる原因になったのでしょう。

この都市伝説に関してはスタジオジブリから公式に否定されるほどで、とても大きな反響があったことが分かります。

2人が母に見えなかった理由も…?

サツキとメイの二人が母に見えなかった理由も、作中の描写から考察ができます。

母に見えなかった理由は、母が振り向いた時にサツキとメイは既にネコバスに乗っていたためです。

実はネコバスに乗っている人は外から姿が見えないということが、作中の描写で判明していました。

また、母にあえて顔を見せなかった理由もあり、二人は母の体調が崩れたと聞いたため心配して顔を見に行こうとしたのだと考えられます。

彼女たちは元気な母の姿を見ることさえできれば目的を果たせているので、直接会う必要はありません。

むしろ家から遠く離れた病院まで2人で来ていることがばれてしまった方が両親に心配をかけてしまうので、隠れて様子を見に行きこっそりと家に帰ったのです。

また、サツキとメイが生きて病院へ来ていたことの証拠も残されていました。

それはメイが持ってきたメッセージ入りのトウモロコシであり、もし彼女たちが死んでいたのであれば母にこれを届けることは不可能でしょう。

エンディングでは幸せな家族の姿が…?

また、都市伝説を否定するさらに大きな要素がエンディングで登場しています。

母の体調が良くなったのか、家に帰ってきたことが描写されているのです。

父や母、メイやサツキの4人で仲良く団らんする描写もあり、幸せそうに暮らすハッピーエンドで心の温まる物語として締めくくられています。

ただし母の顔が映画よりも若く見えるため、過去を回想しているだけではないかと深読みして考察する人がいました。

つまりエンディングはサツキやメイ、母が元気であった過去の描写であり、今とは違うのではないかと考察したそうです。

描写されている情報をどう考察していくかは、非常に面白い物だといえます。

映画の見方によってここまで違った捉え方ができるのですね!
少し視点を変えてみると意外な発見があったりするから、映画というものはとても面白いですよ。

「となりのトトロ」を彩る優しい登場人物たち

映画「となりのトトロ」が高く評価される理由の一つは、登場人物たちの優しさを丁寧に描いて表現しているところにあります。

登場人物たちによって生み出される優しい世界が全編に渡って描かれているからこそ、子供から大人まで心に響く感動を「となりのトトロ」は届けてくれるのです。

そんな彼らの言葉や行動から見えてくる優しさについてを紹介していきます。

カンタ

サツキによくちょっかいをかける生意気な少年カンタは、実は都会から来たサツキのことが気になっていただけでした。

そのためそっけない態度を取りながらも、困っているサツキたちに傘を貸してくれたり、メイ探しを手伝ってくれます。

思春期の少年らしい行動で微笑ましいですね。

となりに住むおばあちゃん

サツキとメイが暮らす家の管理は、このおばあちゃんがずっとやってくれていました。

また、サツキとメイのことを本当の孫のようにかわいがってくれて、しっかりと面倒をみてくれる人です。

実はカンタのおばあちゃんで、いたずら好きな孫であるカンタのことをよく叱っています。

村人たち

サツキが迷子になったメイを探す時には、たくさんの村人たちがメイが居ないか探すことを手伝ってくれました。

つい最近村にやってきたサツキたちにも親身になって手助けをしてくれる、とても優しい人たちです。

大トトロ

トトロは人間ではありませんが、彼(彼女)もまた優しい心の持ち主です。

トトロは落ちてきたメイのことを大きなお腹で助け、その後にメイが行ういたずらにも優しく応えてくれます。

また、メイが迷子になった時もトトロはネコバスを呼びよせ、サツキがメイを見つける大きな助けになりました。

もしトトロが居なかったら本当の大事件になっていたかもしれません。

まとめ

広い世代に根強い人気を誇る名作アニメ映画「となりのトトロ」についての紹介でした。

トトロたちをはじめとする不思議な生き物たちのかわいらしい姿に、心を奪われた方も多いでしょう。

またサツキとメイ、その他の登場人物たちによって描かれる優しい世界も魅力的で心が癒やされていく作品です。

心温まる雰囲気の作品やかわいいキャラクターなどが好きな方に、映画「となりのトトロ」はおすすめの作品といえます。

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