
「グリーン・インフェルノ」は2013年に公開された、人食い人種をモチーフにしたホラー映画です。
性的描写を売りに観客を集める”セクスプロイテーション映画”の流れを組む、イタリアのホラー映画「食人族」(1981年)のリブート作品になります。
「食人族」は上映当時ドキュメンタリーとして宣伝されたせいか、怖いもの見たさに観客が押し寄せ残酷な表現とエッチなシーンで話題になりました。
作中で人食い人種が住んでいるジャングルの名称が”グリーン・インフェルノ”であり、その名を冠した本作は、原作に対してのリスペクトを感じさせます。
性的描写は抑えられていますが、人肉の解体や調理など食人要素は格段にパワーアップしており、スプラッターでは無いものの人体損壊が多くホラーファンを満足させるでしょう。
イーライ・ロス監督が愛してやまない「人食い人種映画」を自分の手で復活させ、現代の社会が抱える問題へのメッセージも詰め込んだ本作はただのホラーでは納まりません。
監督の熱量の高さゆえに完成までは苦労も多く、キャストやスタッフは大変な目に遭ったようですが、映画祭で公開された時に観客が気絶するなど怖さのレベルは保証済みです。
ホラーを得意としてきたイーライ・ロス監督の手腕や本作に至るまでの成長を含め、恐怖映画としての面白さなどを考察していきます。
グリーン・インフェルノ(2013年)
見どころ
「ホステル」のイーライ・ロス監督が、1981年の「食人族」をモチーフに描いた食人エンターテイメント。主演は「アフターショック」のロレンツォ・イッツァ。
出典 : video.unext.jp
あらすじ
過激な慈善活動を行う学生グループは、企業の森林伐採により危機に瀕しているヤハ族を救おうとペルーのジャングルへ乗り込む。だが、彼らの乗った飛行機は熱帯雨林に墜落。生き残った学生たちは助けを求めるが、そこで出会ったヤハ族は食人族だった…。
出典 : video.unext.jp
グリーン・インフェルノ(ネタバレ・考察)
ペルーのジャングルをロケ地とした本作は、出演者もスタッフも想像を絶する環境での撮影を余儀なくされました。
原住民の協力もあり撮影は無事完了したかに見えましたが、撮影前から帰国するまでの間には未開の地ならではの耐えがたい苦労だけでなく、ちょっと背筋が冷たくなるエピソードもいくつかあるのです。
映画を楽しむスパイスとして、「グリーン・インフェルノ」に関するトリビアをお伝えしていきます。
“危険”な撮影現場
本作のオーディションに参加した俳優や撮影に関わるスタッフたちは、全員が以下の事項を了承し、サインした者だけが選ばれました。
クルーに加わるための確認事項
- 黄熱病の予防接種を受けなければ参加できない
- 接触すると死亡する危険のある生物がいる場所のロケであることを理解
- 衣食住を含めてまともなアメニティは一切期待できない
- ジャングルの奥地で一定期間拘束される
などなど、「ジャングルで何が起きても一切文句を言わない」という条件で契約したため、普通の映画の何倍も過酷だったようです。
ペルーの密林には危険な生物が多く、巨大蜘蛛や鋭い牙と爪を持つ大型動物、水中には血の匂いを嗅ぎつけ襲いくるピラニアや猛毒を持つエイなどが生息しています。
そして肉食の猿も生息しており、集団で獲物を襲い食い殺す気性の荒さから警戒対象となっているのです。
しかしペルーの原住民たちはこの猿を捕らえて食べてしまいます。焼き肉やスープで食べるそうですが、スープには猿の頭が入っており、まるで赤子のように見えるとのこと。
人間に近い生き物として知られている猿を食べてしまう彼らの食文化は、もしかしたら食人をしていたころのルーツが残っているのかもしれません。
撮影に参加したメンバーは大事に至らず帰ってこられましたが、死者が出てもおかしくない環境で本作は作られ、現地の習慣を目にしたためかリアルな異文化を描けています。


エキストラの先住民は食人経験者!?
ペルーの奥地にロケハンをしに向かったイーライ・ロス監督とスタッフは、現地住民であるカラナヤク族に接触して、映画のエキストラとして出演してもらえないかと交渉しました。
ですが前提として、彼らは”映画”を知らなかったため、理解してもらうべくテレビを持ち込んで村人に映画を観せたのです。
そこで上映されたのは「グリーン・インフェルノ」の原典となった「食人族」でしたが、何故か村人は大喜びして映画を気に入り、出演してくれることになりました。
村人たちは「食人族」の内容をコメディとして観ており、恐怖を感じなかったようです。
先住民たちは映画という経験のない文化を純粋に楽しんだのか、はたまた食人を当たり前の文化とし、ホームドラマを観るような感覚で映画を楽しんだのか…。
真実はわかりませんが、身の毛もよだつ想像だけが膨らんでしまいます。
リアルすぎて食人族の存在を疑われた
ペルーのジャングルで撮影しているときに、収録現場となっている村に宣教師が訪れる”ハプニング”がありました。
宣教師はキリストの教えを布教するべく、なぜか歌いながら船で移動してきたのですが、村にある杭に刺さった血みどろの死体や骸骨の小道具を見て恐怖を感じたそうです。
損壊した死体や人間だったもののパーツが散らばっているその現場は、あまりに制作スタッフが優秀だったために本物にしか見えなかったのでしょう。
撮影班が声をかけ説明するまで、宣教師たちは恐怖を和らげるために大声で歌っていたとのことで、どれだけ恐ろしかったかが解るのです。
ただし本当に人食い人種がいるとしたら、自分の存在をアピールするだけになるので、大声で歌うのは逆効果では?と考えてしまいます。
「グリーン・インフェルノ」をオススメする理由
ホラーの名手であるイーライ・ロス監督が作った食人族の映画、という時点でホラー映画が好きな方なら是非観てみたいという欲求に駆られるでしょう。
また人が人を食べるというカニバリズムは古くからタブーとされてきたからこそ、観客の興味を惹くテーマとして使われています。
本作は映画祭で上映されたときに観客が失神し、救急車で運ばれる騒ぎになったにも関わらず、一切カットすることなく公開され、監督が描くそのままの映像を観られるのです。
多くの監督が様々な「食人」を描くなかで、過去の名作に敬意を払いながら、上回る力量を見せてくれた本作は一見の価値がある映画作品になります。
人肉食の描かれ方、じっさいの食人による人体影響なども学びつつ、このホラー映画をなぜおすすめするのかをお伝えしていきましょう。
恐ろしい習性である”食人”を観賞できる
原住民であるヤハ族を守るために、違法な森林伐採を妨害しますが、強制的に退去させられた主人公たちは飛行機が墜落したことでジャングルに放り出されるのです。
そこに現れたヤハ族は食人文化を持ち、最も太っていた男性が生きたまま目をえぐられ、舌を抜かれ、活造りのように食べられてしまいます。
生食だけでなく、窯に入れて蒸し焼きにするなど人肉グルメはバリエーション豊かで、ヤハ族にとって訪れた人間はごちそうでありお祝いすべき存在なのが分かるのです。
これだけ文化が違っても、同じ人類というカテゴリー分けされるので、未知の文化は面白いという印象を覚えるのも、本作ならではでしょう。


希望があると見せかけて上回る絶望が待っている
囚われた人間たちの中で、墜落地点まで走って助けを呼んでくると提案した女性が、こっそり脱獄します。
その後、檻の中の人間たちに、肉の入ったスープが食事として配られました。
ですがそのスープの肉には、脱獄した女性が入れていたタトゥーが見えました。女性は捕まって、囚人たちの食料にされたのです。
仲間を食べてしまったことに気がついた女性は陶器でできたお椀を叩き割り、その破片で自分の首を切り裂いて自殺します。
囚人たちにも食人という習慣を共有させ、”原住民の文化”が”一般社会の文化”を打ちのめすシーンになっており、文化の違いを思い知らされるのです。
それと同時に、全く違う文化どうしがそれぞれの文化を押し付ける行為はお互いにとって幸せではないことも伝えています。
悪党の死を願うメンバーと観客の一体感
序盤で自然保護活動のために南米を訪れたはずなのに、リーダーのアレハンドロが現地ガイドのカルロスからマリファナを受け取っているシーンがあります。
これはカルロスとアレハンドロは裏でつながっており、自然保護活動も表向きの活動でしかなく、実際は別の企業からジャングル利権獲得のために派遣された工作員だからです。
活動に命をかけるわけでもなく、現地でマリファナでも吸いながら楽しく稼ぐつもりでいたのでしょう。
アレハンドロはこのことを自白し、数日経てばアレハンドロと繋がっている企業がヤハ族を全滅させるから助かると仲間たちに告げると、他の囚人は激怒します。
この時点で”誰が生き残るのか”に加えて”アレハンドロの最期はなるべく残酷にして欲しい”という共通認識を囚人たちと観客が共有するのです。
囚人たちの脱出作戦とアレハンドロの抵抗
囚人たちは自殺した女性の死体にマリファナを詰め込み、加熱調理すると燃えるようにしてヤハ族をトリップさせる作戦を思いつくのです。
死体は無事に窯へと運ばれ、火にくべられたため、体内にあるマリファナが熱されて村中に煙が立ち込め、ヤハ族は朦朧となります。
脱出を開始しますがアレハンドロは見捨てられそうになります。残されると食われてしまうため、アレハンドロは1人を襲い気絶させて逃亡しました。
気絶した者はトリップしたヤハ族に襲われ、生きたまま全身を食われるという想像を絶する死に方を迎えます。
殺してくれたほうがまだまし、というシーンになっており、「グリーン・インフェルノ」でもっとも残酷なシーンといえるでしょう。
計画的に仲間を利用し、自分の利益のために誘導して、意地汚く生き残るアレハンドロを描くことで、観客は更に無残な死を彼に求めるようになります。
スッキリ終わったと見せかけてどんでん返しが待っている
新たに利権を獲得した企業は傭兵を使ってヤハ族を襲撃しますが、主人公が虐殺シーンをストリーミングで流していると脅したため、戦闘は停止します。
現地を脱出する主人公は、アレハンドロの懇願を無視して現地に置き去りにし、自然保護活動を発表する場でヤハ族は食人族ではなく平和的であると発言しました。
そのままエンディングになり”直接表現は無いけどアレハンドロは食われただろう”と観客に思わせながらスタッフロールが流れます。
ですがそこで映画は終わりではありません。スタッフロール中に着信音が流れ、アレハンドロの妹から主人公に電話がかかってくるのです。
そこには死んだはずのアレハンドロが衛星写真に写っており、その姿はヤハ族の村で男性をまとめているリーダー格の男にそっくりでした。
傭兵たちによって数が減ったヤハ族に対して自分を売り込み、彼らの文化を受け入れながら利用して、食人族の男性リーダーとなり生き延びたと推測できます。
アレハンドロの妹と主人公が、この件で話し合うために会いましょう、という通話を最後に映画は終わり、その後は描かれません。
食人族の存在を秘匿した主人公、企業とグルになって利権を貪っていた家族の妹、人には明かせない秘密を持った二人は殺し合うのかお互いに口をつぐむのか、想像は尽きません。
上映後からこのエンディングが話題になり、続編の要望が集まり企画されることもあるのですが、クランクインが始まらないということはしばらく待つ必要があるのでしょう。
自説ですが、続編が出るとすればアレハンドロが率いる食人族と、自然破壊をする企業や自然保護に励む保護団体が命を奪い合うトライバルホラーになるのではないでしょうか。


本作が語りたかったメッセージの意味
自分たちが住んでいるジャングルを追われ、追い詰められているヤハ族以外の人間は、エゴか利益目的かで動いています。
自然保護団体を名乗るメンバーは文明人として原住民や自然を守ろうと活動しますが、彼らは保護活動している自分に酔いたいだけです。
それどころかカリスマのあるリーダーは自然破壊を進める企業の手先であり、損得勘定でメンバーたちを利用しています。
博愛精神を持っている人々も、実際は環境破壊で利権を得る企業の手先にいいように使われているだけかもよ、と監督に忠告されているのです。
またSNSでの拡散などで保護活動やエコなどに参加している人たちへ、自分で動いて現実を見極め体験しろとも伝えています。
残虐な犠牲シーンは、単純に死を楽しむだけでなく、メッセージを伝えるためのくさびとして観客の脳裏に突き刺さるのです。
過去作に登場しているゲストが示す”人食い人種映画”誕生の予告
イーライ・ロス監督はホラー映画に関して造詣が深く、影響を受けた監督を称えるだけでなく自身の作品にカメオ出演してもらうこともあります。
「グリーン・インフェルノ」を制作する前に撮影した2部作のホラー映画である「ホステル」(2005年)「ホステル2」(2007年)では、著名なホラー監督を招いているのです。
「ホステル」では快楽殺人サークルに関わっている裏社会の日本人として三池崇史監督が出演し、三池監督が作ったスプラッターアクション「殺し屋1」(2001年)に敬意を評しています。
「ホステル2」では競り落とした人間の足を食べる食人愛好家として、「食人族」を監督したルッジェロ・デオダートが登場しているのです。
この作品の後に「グリーン・インフェルノ」が撮影されたことを考えると、デオダート監督に出演オファーをした段階で構想はまとまっていたように思えます。
ホラー映画愛好家たちにデオダート監督が人肉を食べるシーンを見せることで、「食人族」愛好家たちに”次回作にも期待しててね”と目配せをしているのではないでしょうか。
まとめ
生きながら解体され、原住民に料理されるなど残酷表現が強いため、社会に対してのメッセージがありつつもR18+(18歳以下視聴禁止)という厳しい制限を設けられた本作。
残酷なシーンの見応えは他のホラー映画と比べても抜きん出ており、ファンを満足させるでしょう。
それと同時に”ジャングルの緑”と”原住民の赤”というコントラストが印象に残る映像美も素晴らしく、現地ロケの苦労が報われている仕上がりです。
気軽にホラー映画を見るつもりの観客に「本当にお前は大丈夫なのか」と問題を突きつけてくるイーライ・ロス監督ならではの語り口が存分に楽しめます。
啓蒙映画として観るもよし、人食い人種の大活躍を観るもよしと、成人している人たちには幅広い楽しみ方を提供してくれるので、ぜひご覧になってください。