「スラムドッグ$ミリオネア」は2008年に公開されたダニー・ボイル監督による社会派エンタテインメントのイギリス映画です。
ドラマ展開に力を入れて描いており、クイズの進行と主人公ジャマールの過去を振り返るシーンの連動が美しい作品になっています。
インドを舞台に描いているため、出演者のほとんどがインド人で進められるのが特徴です。
スラムでのつらい経験を武器に未来を掴んでいく圧巻のストーリーが魅力的な「スラムドッグ$ミリオネア」についてトリビアと考察を交えながらお伝えしていきます。
スラムドッグ$ミリオネア(2008年)
インドで国民的な人気を誇るクイズ番組「コウン・バネーガー・カロールパティ」(クイズミリオネア)に出演したジャマールは、最高金額獲得まであと1問まで迫っていた。
番組のMCを務めるプレーム・クマールは、電話オペレーターの見習いでお茶くみをしている無学なジャマールがなぜここまで勝ち進んだのかを訝しむ。
あらかじめ答えを知っていたと疑われたジャマールは警察に逮捕され、激しい拷問を受けるが「本当に答えを知っていただけ」と答える。
答えを知ることになった自分の生い立ちを警部に語り始めるジャマールは、ある少女を探し求める人生の中で、壮絶な体験をしてきた…。
スラムドッグ$ミリオネア(ネタバレ・考察)
本作はイギリス映画でありながら、オールインドロケを敢行し、出演しているのもインド人ばかりです。
現地で抜擢した子役たちの自然な演技もあり、「トレインスポッティング」を監督したダニー・ボイルらしい人間ドラマの奥深さを感じる作品になっています。
ダニー・ボイルにアカデミー監督賞や作品賞をもたらした「スラムドッグ$ミリオネア」のトリビアをお伝えしていきましょう。
「ラスト・エンペラー」以来の快挙を成し遂げた
外国人によって描かれた海外映画として有名なのは、1987年にアカデミー賞(作品賞、監督賞を含む9部門)を獲得したベルナルド・ベルトルッチの「ラスト・エンペラー」です。
イギリス人が描いたインド映画である「スラムドッグ$ミリオネア」は「ラスト・エンペラー」以来の海外映画としてアカデミー賞主要賞を受賞した作品となりました。
共通項として挙げられるのが、どちらも大手プロダクションの制作映画ではないことです。
「ラスト・エンペラー」では中国で撮影されましたが、制作やサポートにアメリカの大手スタジオは入っていません。
「スラムドッグ$ミリオネア」も同じく、製作時に大手のサポートは無く予算も限られていましたが、ムンバイで無名の役者ばかりの本作を情熱的に撮影しました。
その結果、胸を打つドラマとインドの現代史をミックスした演出で大いに評価され、作品賞や監督賞を含むアカデミー賞8部門制覇という評価を得たのです。
あの名作に並ぶ受賞歴
「スラムドッグ$ミリオネア」はゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、アカデミー賞の3つで作品賞、監督賞、脚本賞を受賞しています。
この快挙を達成したのは本作と、スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」だけです。
「シンドラーのリスト」は長年、娯楽作家として評価されていたスピルバーグが人間ドラマでは評価されないジンクスをひっくり返した名作になります。
そんな名作に並ぶほどの評価を得た「スラムドッグ$ミリオネア」がどれだけ素晴らしい出来なのか、一端を知るには十分な実績ではないでしょうか。
アメリカでは危うくビデオスルーの危機に
アメリカでの公開はワーナーのインディペンデント系列会社が配給する予定でしたが、会社がなくなってしまい、一時はアメリカでビデオスルーになりかけました。
ですがタイミングよく別会社のインディペンデント系列であるフォックス・サーチライトから声がかかり、配給することが決まったのです。
アメリカで限定公開が開始された直後から話題になり、1ヶ月後には全国公開になり大ヒットしました。
14億円かけられた「スラムドッグ$ミリオネア」は最終的に400億円近い興行成績を叩き出したのです。
もしもアメリカの映画館で公開されなかったらアカデミー賞の受賞資格が無くなっていたので、これはまさに運命だったのでしょう。
ジャマールが飛び込むトイレはどう作った?
幼少期のジャマールが兄サリームによってトイレに閉じ込められた時、インドの大スターであるアミターブ・バッチャンが通りかかります。
バッチャンのサインがどうしてもほしいジャマールは、便壺に飛び込んで糞尿まみれになりながらもバッチャンのサインをゲットするのです。
この便壺の中身である糞尿はチョコレートとピーナツバターを混ぜ合わせたもので、害はありません。
ですがどう見てもリアルに糞尿なので、このシーンは分かっていても鼻をつまみそうになります。
映画に描かれるクイズとジャマールの体験
「スラムドッグ$ミリオネア」ではジャマールの生い立ちを明らかにしながらクイズが進んでいく脚本が素晴らしく、彼の人生での体験がクイズの答えと結びついています。
インドの社会問題にも触れる、ジャマールの人生とリンクしているクイズの問題と答え、解答に至るまでの体験を明らかにしていきましょう。
糞尿まみれになるジャマール
Q:1973年のヒット映画「鎖」の主演俳優は?
A:アミターブ・バッチャン
ジャマールは幼い頃からアミターブ・バッチャンのファンで、前述通りトイレに飛び込んでバッチャンのサインをゲットします。
もともとファンだったので、この問題に答えることが出来たのです。
スラムの内外では常識が違う
Q:インドの国章には3頭の獅子の姿が。その下に書かれた言葉は?
A:真実のみが勝利する
ジャマールはライフラインのオーディエンスを使い、問題をクリアします。
インド人であれば誰でも知っているような問題なのに答えられないことを疑問に思う警部でしたが、スラムで生きていく中で必要な知識ではなかったのです。
逆にジャマールは警部に対し、ムンバイの街の情報を質問しますが、警部は答えられませんでした。
イスラム教徒とヒンドゥー教徒の対立
Q:ラーマ神の描写で彼が右手に持つ物は何でしょう?
A:弓と矢
ジャマールの一家はインドでは珍しくイスラム教徒でしたが、インドで主流を占めるヒンドゥー教徒の襲撃によって、母を亡くしています。
そこにはラーマ神の格好をしていた子供がおり、右手には弓と矢を携えていました。
このことが強く印象に残っており、ジャマールを正解に導きました。
孤児ビジネスの餌食になる兄弟たち
Q:クリシュナ神の歌を書いた有名な詩人は?
A:スールダース
母を失ったジャマールとサリームは、ラティカという孤児と知り合い、3人で生活するようになります。
ですが孤児を集めて物乞いをさせるママンという男のグループに捕まり「クリシュナ神の歌」を教えられるのです。
盲目の歌い手は普通の歌い手よりも倍稼げるので、歌が上手い子供は目を潰されてしまいます。
ジャマールも目を潰されそうになりますが、サリームの機転で脱走することができました。
ジャマールと盲目の少年の再会
Q:アメリカの100ドル札にはどの政治家の顔が描かれているでしょう?
A:ベンジャミン・フランクリン
街であてもなくラティカを探すジャマールは、目が見えない歌い手の子供を見つけます。彼はママンに目を潰された少年でした。
100ドル札を渡したときに、少年はお札に誰の絵が書いてあるかと訪ねます。
その特徴を伝えたとき、盲目の少年は「ベンジャミン・フランクリン」と答え、声から相手がジャマールであると理解しました。
ラティカを探していることを告げると、少年はラティカがどこにいるかを教えてくれるのです。
ラティカを奪われたジャマール
Q:リボルバーを発明したのは?
A:サミュエル・コルト
ママンを撃ったサリームは、ママンと敵対しているジャヴェドというマフィアと手を組むために、ホテルにジャマールとラティカを残して街に出ます。
その間、ラティカとジャマールはお互いを思っていたことを確認し、絆を深めるのです。
ですが戻ってきたサリームはジャマールに銃を向け「コルトをぶっ放すぞ!」と脅し、ジャマールを追い出してラティカをジャヴェドのところへ連れていきました。
実の兄から銃を向けられ、思いを寄せているラティカを奪われたことにショックを受けるジャマールはにはこの場面が鮮明に記憶に残ったのです。
スラム上がりの青年が出来る仕事はお茶汲み
Q:ケンブリッジサーカスはUKのどの街にある?
A:ロンドン
一人で暮らすようになったジャマールは、コールセンターのお茶汲み係をしており、世界中から電話がかかってくるためイギリスの街の情報も分かり、回答できました。
コールセンターの職員から仕事をちょっとだけ代わってくれ、とお願いされることも多かったのが、功を奏したのです。
ある日コールセンターの端末に触れる機会があったジャマールは兄のフルネームを入力して検索します。
すると15件ヒットし、その15件を順番に電話していくと、兄であるサリームの電話に繋がり会うことになるのです。
再会を喜ぶサリームでしたが、ジャマールはラティカにした仕打ちを許しておらず、サリームを殴り「一生許さない」と告げます。
教えてもらったサリームの自宅から仕事に向かうを彼を追跡すると、ジャヴェドの家につきました。そこでジャマールはラティカと再会します。
ラティカと一緒に逃げようと考えるジャマールでしたが、待ち合わせの場所に来たラティカはサリームたちに捕まってしまいました。
ラティカが「クイズミリオネア」を熱心に観ていることを知っているジャマールは、番組に出ることを決めます。
司会者の罠を見破るジャマール
Q:最多センチュリーを記録したクリケット選手は?
A:ホッブス
CMに入り、トイレに向かうと司会者と出会います。答えがわからないというジャマールに対し、司会者は「私を信じろ」と言ってウソの回答を教えます。
CMが終わり、ジャマールはライフラインの50/50を使うと、司会者が教えた回答と、別の回答の2択になりました。
ジャマールは司会者が嘘をついていると見破り、正解を選びます。ここで放送時間が終わり、続きは明日になります。
自分を信じなかったジャマールに対し、司会者は不正をしていると考え警察に連絡し、ジャマールは尋問されるのです。
取調室に場面が戻り、警部に今までの経緯を説明しているジャマールは「自分がスラム出身だからウソをついていると思うか?」と問います。
警部は納得し、ジャマールは不正をしていないと判断。ジャマールをパトカーでテレビ局に送り届け、クイズは最終問題に入るのです。
サリームの自己犠牲とジャマールの運命
Q:アレクサンドル・デュマの著書「三銃士」。銃士2人の名はアトスとポルトス。3人目の銃士の名前は?
A:アラミス
ジャヴェド邸でサリームとラティカはジャマールがミリオネアに出場していることを知ります。
ジャヴェドが電話しているスキを突いて、サリームはラティカに携帯電話と車の鍵を渡して逃がすのです。
サリームは過去にラティカにしてきたことを謝り、幸せになってくれと伝えます。
最終問題の回答がわからないジャマールはライフラインのテレフォンを使い、サリームの携帯に電話をするのです。
そこで電話に出たのはラティカでした。クイズの回答よりも、ラティカがいま安全なところにいることを聞いて安心するジャマール。
直感を信じ解答、結果として全問正解したジャマールはミリオネアになります。
ラティカを逃したことでジャヴェドに襲われたサリームはジャヴェドを射殺し、自分も銃弾を受け倒れました。
サリームの最後の言葉は「神は偉大なり」で、これはインドの偉人ガンディーが最期に残した言葉と一緒なのです。
ジャマールの運命とエンドロール
番組の後、過去に約束していた駅でラティカと再会し、キスをする二人。ハッピーエンドで物語は終わるのです。
ここで映画冒頭に出ていた問題である「彼はあと1問でミリオネア。なぜ勝ち進めた?」という問に対して答えが表示されます。
「運命であった」という選択肢が残ることで、人生ははジャマールとラティカが幸せになるために導かれてきたということが印象に残るのです。
エンディングで登場人物たちが揃ってダンスを披露しますが、これはボリウッドと呼ばれるインド映画でのお約束として挿入されています。
インド映画では喜びや悲しみを表現する際にダンスを使うことで、言葉の壁を超えてメッセージを伝えるのが特徴なのですが、ハッピーエンドにふさわしいダンスが見られるのです。
まとめ
国民的な人気のクイズ番組に出演しながら、目的は賞金ではなく恋人に見つけてもらうためというジャマールの真っ直ぐな心が観るものに訴えかけます。
主人公の独白とクイズの回答を絡めながらインドの格差社会とおとぎ話を両方見せきった本作はアカデミー賞にふさわしい出来でした。
サスペンスチックな展開でありながら、壮大なラブロマンス映画としても感動を与えてくれるところが素晴らしい本作。
イギリス映画でありながらボリウッド作品へのリスペクトも忘れない、スッキリと楽しめる傑作ですので、是非ご覧になってください。