映画「1984」は1984年にイギリスで上映されたSF映画です。
監督はマイケル・ラドフォード、主演はジョン・ハートが務めました。
全体主義とディストピアについてを取り扱った映画の元祖と言える映画で、後に登場した多くのディストピアを題材とした作品に大きな影響を与えています。
この映画は、党によって生活や思想の殆どを管理されているディストピア世界の中で、自由を得ようと奮闘する一人の男とその末路を描いた映画です。
そんな映画「1984」についてネタバレや考察を交えて紹介していきます。
1984(1984年)
1950年代に起きた核戦争によって、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという3つの超大国によって分割統治されていた。
そしてオセアニアの人々は、ビッグ・ブラザー率いる党によって思想・言語・結婚などあらゆる生活に規制が加えられて、更に相互に監視をされる日々を送っている。
主人公、ウィンストン・スミスは真理省で歴史の改定作業をする役人の一人だが、ある日ふと感じた違和感からノートに自分の考えを整理するという、国から禁止された行為に手を染めてしまった。
時を同じくして偶然出会った同僚の若い女性、ジュリアから手紙による告白を受け、彼らは監視を潜り抜けながら出会いを重ねて愛し合う。
党に対する不信感を持ち始め、ジュリアとの出会いを重ねていったウィンストンは、監視された社会ではなく、自由に生きたいという気持ちが強く芽生えてくる。
その時に党の高級官僚の1人であるオブライエンが現体制に不満を持っていて、党を転覆させようと動く「兄弟同盟」に参加していることを教えられ、ウィンストンたちも同盟参加を決意することに。
しかしそんな彼らの後ろには、党の魔の手がゆっくりと迫っていた…。
「1984」(ネタバレ・考察)
映画「1984」には映画を彩るさまざまな見どころや裏話が存在しています。
これらを知っておくことにより、映画を深く楽しむことができるでしょう。
恐ろしく描かれた「全体主義」と「ディストピア」
映画「1984」を語る上で特に重要な言葉が2つあります。
それは「全体主義」と「ディストピア」です。
「全体主義」とは個人の自由や思想を制限しながら、国家として利益の追求を優先して行う仕組みのことを指します。
主に独裁者やごく一部の上層部によって国が取り仕切られていき、独裁的な政治が行われていくのです。
反対する集団は弾圧していき、他の国には侵略をしかけるようになるなど、非常に攻撃的な体制とも言えます。
このような体制は第二次世界大戦前後の日本・ドイツ・イタリアで見られており、ファシズムとも言われるものでした。
もう1つの「ディストピア」とは理想郷(ユートピア)とは真逆の、自由のない世界のことを指します。
自由がない世界で暮らすことは、今を生きる人々にとって非常に不幸な状態だと言えるでしょう。
ところがディストピアに住む人たちは不幸なのかと言われると一概にはいと言えず、その世界で暮らす人は幸せに過ごしていることもあるのです。
何故ならその世界は徹底的に管理された社会で構築されることによって、ある意味では平和を手にしているからでした。
「全体主義」と「ディストピア」を組み合わせて作られた映画、それが「1984」なのです。
救いのないバッドエンド映画
映画「1984」は英雄が巨悪を打ち破る話ではなく、ヒロインとの出会いで自由を求めるために党に逆らったウィンストンの末路を描いた話です。
そんな映画の見どころの一つは、党がどうやって強情なウィンストンの心を折っていくかでもあります。
肉体的・精神的にもウィンストンを徹底的に追い詰めていく党のえげつない拷問は、観客という立場であっても思わず恐怖を感じることでしょう。
また、ウィンストンに対して救いが全く無い物語であり拷問の末に洗脳された彼が、解放された後にビッグ・ブラザーへの愛を囁く場面で終わる非常に後味の悪い物語です。
彼は心まで党に忠誠を誓ってしまったのか、元のウィンストンらしい感情が残っているように見えません。
そのため「1984」はディストピアという言葉が相応しい、絶望的な世界を描いた物語に仕上がっています。
恐怖の象徴「101号室」はさまざまな場所で!
101号室とは、「1984」のクライマックスに登場する特殊な拷問を行う部屋のことで、101号室行きを命じられた人の殆どは、死ぬ方がましだと暴れだす程に恐れられている場所です。
ここで行う拷問は、101号室に収容される人それぞれにとってトラウマとなっている物を使って行われます。
なぜそれぞれに合わせた拷問をすることが出来るのかというと、党は人々の生活を全て監視しており人々の恐怖やトラウマを全て把握しているためです。
例えばウィンストンは小さい頃に母親が大量のネズミに食べられている所を見てしまったため、ネズミが強いトラウマになっています。
ウィンストンは部屋でその時の夢を見てうなされることがあり、その時の寝言から彼のトラウマを党が知ることができたのでしょう。
そして彼に対して、101号室で飢えたネズミに襲わせる拷問にかけようとしたことで、ここまで拷問を耐えてきた彼の心を完全に折り、恋人を裏切らせました。
そんな「101号室」という概念は、この映画の成功からさまざまな作品に登場をしています。
例えば世界的に有名なステルスアクションゲーム「メタルギアソリッドV」(2015年)で、101号室という名前の拷問室が登場しました。
このゲームは101号室を始めとして、「1984」の要素を多く盛り込んだ作品であると言われています。
実は管理社会が打ち破られることが示唆されている
一見打ち破ることのできない完成した監視社会も、実は永遠に続いてはいかないということが映画の元となった小説によって示唆されています。
小説「1984」の本編の後に、ニュースピークというオセアニアで指定されている言語ではなく、英語で書かれた文献が掲載されていました。
この文献は英語で文章を残すのは党によって禁止されているのに関わらず英語で書かれた文献であること、ニュースピークについてが過去形で綴られていることから、この著書が出た時には党から解放されているとも考えられます。
映画本編のはるか未来の話にはなりますが、党による監視社会が誰かによって打ち破られるということが想像できますね。
ウィンストンではありませんでしたが、確かに英雄は誕生したのです。
大企業の広告の題材にも使われた映画
「iPhone」などでお馴染の会社、Appleは映画の公開と同時期に「1984」を題材とした長編CMを制作していました。
わずか60秒の映像を撮るのにかけた金額は約6千万円で、監督には映画「エイリアン」(1979年)で有名なリドリー・スコットを起用するなど、このCMに対して非常に力を入れていることが見えてきます。
このCMは「現実の1984年はMacintoshがあれば、1984の世界とは異なる素晴らしい世界になっていくだろう」という意味を込めて制作されました。
また、1984年頃にコンピューター業界のシェアをほぼ独占していたIBMという会社に抵抗していくという意味も込められています。
そして当時のCMではありえなかった商品情報を一切出さない宣伝方法や、「1984」の世界観を忠実に描き、それを打ち破る様子を上手く表現したことから、広告史に名前を残す程の衝撃を与えた作品です。
徹底して描かれたディストピア
映画「1984」の見どころの一つは、徹底して描かれた監視社会の情景についてでしょう。
その退廃的ながら、どこか魅力的に描かれた監視社会を構成する要素について紹介していきます。
Check!
- 全体主義
- テレスクリーン
- 相互監視・密告
- 思想警察
全体主義
全体主義は個人が支配者に対して異を唱える思想などを禁止して、全体の利益を個人の利益より優先させる政治体制のことです。
「1984」の世界ではこの体制に異を唱える人は思想犯として連行して処刑するといった恐怖政治を行うことによってこの体制が保たれています。
ウィンストンも、最初はこの体制に何も違和感を持つことなく日々仕事をこなして生活していました。
しかしある出来事をきっかけに彼はこの世界の矛盾に気がついてしまいます。
テレスクリーン
テレスクリーンは国の至る場所に設置されている、党を崇拝する思想を取り扱った映像・音声が流される機械です。
しかし実態は監視カメラとマイクを組み合わせた、人々の監視を行うための機械であり、国民は党に対して反対思想を持たないかテレスクリーンで常に監視されています。
テレスクリーンは街中だけでなく、家の中や風呂場・トイレと言ったプライベートな空間に至るまで設置されていると考えられるため、人々の息が付ける場所は最早存在していません。
ウィンストンはテレスクリーンの死角を使うことで、自身の思想を日記に綴っていると思っていました。
しかし党にはそのことがしっかりと把握されており、この監視にはほとんど死角がないことが分かっています。
相互監視・密告
一方、テレスクリーンでの監視だけでは補うことのできない部分は、人々に相互監視させることで対策しています。
党の教育で育った人たちは、反対思想を持つ人たちを積極的に密告していくため、党は効率的に危険因子となる要素を見つけることができました。
この世界では自分の子供にすら密告されるなど、信じられる人がまるで存在しない恐ろしい世界になっています。
作中でもウィンストンとジュリアは信頼していた雑貨屋の店長に密告され、思想警察に逮捕されてしまいました。
その店長も実は一般市民ではなく思考警察という組織の一員だと思われる描写があったため、人々の安らげる場所は無いに等しいのです。
思想警察
思想警察はテレスクリーンや密告で反対思想を持つと判断された人々を逮捕して、愛情省に連行する組織です。
愛情省では長期間の拘留や拷問によって、反対する思想が間違いであると認めさせた後に一度解放し、自らの罪を償うために処刑を望むように洗脳する恐ろしい場所になっています。
ここから出てきた人は例外なく党を愛し、党に歯向かったことを後悔するように心を変えており、それは主人公のウィンストンも例外ではありませんでした。
また、洗脳した後にわざわざ処刑をする理由は、思想が間違いであったと自身の口から語らせることによって、その人が隠している反対思想を綴った文章を無力化する意図があったためです。
国民の視点から見た階級による格差社会
映画「1984」のオセアニア国民は、プロール・党外局員・党内局員という3つの階級に分けられており、大きな格差が存在しています。
更にオセアニアのトップにはビッグ・ブラザーが、党に抵抗するレジスタンスにはゴールドスタインという人物が存在するのです。
Check!
- プロール
- 党外局員
- 党内局員
- ビッグ・ブラザー
- エマニュエル・ゴールドスタイン
虐げられる群衆・プロール
彼らは人口の大半を占める被支配階級で、党による監視は厳しくなく、党員に禁止されている娯楽を楽しむことは出来ますが、異常な労働量を強いられ、教育もまともに受けられない階級です。
生活水準も非常に低く、10代から死ぬまで労働を課せられたりするため、まるで奴隷のような扱いをされています。
映画ではこの世界の悲惨さを描く役割を強く果たしている人々です。
また、主人公らが信頼していたプロール階級の雑貨屋の店主は、実は思想警察の一員でした。
プロールの中にも党による監視の目は、広く行き渡っているのです。
立場の悪い公務員・党外局員
彼らは公務員の様に党や政府に関する実務を担う人々のことです。
実は特に監視を厳しくされているのは党外局員たちであり、彼らが立ち上がって上流階級に抵抗することを防ぐために、テレスクリーンを使った監視と相互の密告が厳しく行われています。
また、党外局員はプロール以上に娯楽などは著しく制限されており、彼らにとって娯楽と言える物は犯罪者の公開処刑しかないほどの惨状です。
主人公のウィンストン、ヒロインのジュリアは党外局員であり、共に真理省という場所で働いていました。
ジュリアがウィンストンに手紙を出し、隠れて出会いを重ねていくことで、彼の心境にも大きな変化が起きていきます。
特権階級・党内局員
彼らはこの国における事実上の支配階級で、世襲制ではなく個人の持つ能力によって選ばれる人々です。
生活はプロールや党外局員たちとは比べ物にならない位裕福であり、党内局員が裕福な暮らしをするためのしわ寄せで、下の階級は非常に貧しい生活を送っています。
更に監視用のテレスクリーンを一時的に消せるなどのさまざまな特権などを持っており、正に特権階級と言える存在です。
党内局員の中で特にキーパーソンとなるのは、主人公たちの上司であるオブライエンという人物で、彼の影響で主人公たちは党に対する反対運動への加入を志すように…。
しかしオブライエンは、党への反対運動に参加する人を炙り出すために運動に参加していることを装っていた人物で、彼に騙されて主人公たちは捕らえられてしまいます。
オセアニアの支配者・ビッグ・ブラザー
ビッグ・ブラザーは「1984」の世界で革命を起こした、現オセアニアの最高指導者であり、国民が最も敬愛すべき偉大な人物です。
彼はどこにでもいることを表現するために、「ビッグ・ブラザーがあなたを見守っている」という言葉が描かれたポスターが至る所に貼られていたり、テレスクリーンで崇拝の対象としても登場します。
実際には見守っているのではなく、党によって監視されていることを指している、異常な監視社会の恐ろしさを表現する情報の一つです。
そして彼に忠誠を向けず逆らおうとする人々は、思想犯罪者として連行され、最終的にその存在をなかったことにされます。
政敵・エマニュエル・ゴールドスタイン
ゴールドスタインも、ビッグ・ブラザーと共に過去に革命を起こした人物とされています。
しかし彼は、程なくして党を裏切り、党に対する反対運動を行う「兄弟同盟」を設立し、今でも地下に潜伏して活動している人物です。
革命を起こした人々は現在では彼とビッグ・ブラザーの二人しか居ないと言われており、他の人たちは全員粛清されてしまいました。
今日のオセアニアで起きた殆どの問題は、党によってゴールドスタインが引き起こした物とされており、国民が憎悪をぶつける対象として日々利用されています。
ウィンストンは基本的に理性的な人物ではありますが、そんな彼であってもゴールドスタインを前にした時は思わず憎悪をぶつけずにはいられなくなるほど、党の教育は根深く浸透しているのです。
革命の指導者について
実はビッグ・ブラザーもゴールドスタインも、既に粛清された共に革命を起こした人たちも、本当に実在するかは明らかになっていないのです。
彼ら二人が登場する場面はテレスクリーンの映像やポスターでしか登場をしておらず、実際に姿を現したことは一度もありません。
それぞれが崇拝する対象として、あるいは国民が苦しい生活を強いられてる元凶として、党の支配を上手く進めるために作られた存在かもしれないです。
そのことを知る人はこの国の上層部を含めても殆どいないでしょう。
もし本当のことを知ってしまった場合、秘密を守りたい一部の人たちによって存在を消されることになるでしょう。
「1984」の重要な要素
映画「1984」を見るにあたって、特に押さえておきたい用語が3つ存在しています。
物語の根幹にも関わる物なので、知っておくとより楽しむことができるでしょう。
新しい言語・ニュースピーク
ニュースピークは、映画「1984」でのオセアニアで使われる、英語を簡略化して作られた言語です。
この言語は語彙の量を意図的に少なくすることで人々の思考する能力を低下させ、党による支配を盤石にする狙いが込められています。
もしこの言語が完全に普及した場合、党に反対する思想を表す手段が言葉では存在しなくなり、思想で抵抗ができなくなってしまう非常に恐ろしい言語です。
また、ニュースピークは世界で唯一、辞書が改定されるたびに語彙の数が減っていく異常な言語になっています。
矛盾した言葉・ダブルスピーク
ダブルスピークは一つの言葉で矛盾した二つの意味を同時に言い表す表現方法です。
作中では、よく登場する4つの役所がダブルスピークを使い、それぞれが平和省・豊富省・真理省・愛情省という名前を付けられていました。
一見良いイメージを感じる名前の役所ですが、実際は良い響きなのは名前だけで、役所名と正反対のことを行う場所です。
例えば平和省は、国民が裕福にならないよう、戦争をあえて継続するために活動をしている役所になっています。
ダブルスピークは自由や平和を表す意味を持つ単語で、その裏にある暴力的な事実を隠し、受け手の印象を都合の良い物に変えてしまうために使われる表現方法です。
この語法は現実でも使われている表現方法で、死亡時の保険を生命保険と言いかえる、事業の再構築を意味するリストラを従業員の大規模解雇という意味で使うといった使用例が存在しています。
矛盾した思想・ダブルシンク
ダブルシンクは、映画「1984」に登場する、物語の中核をなす思想のことです。
しかしダブルシンクは、説明をするにはあまりにも歪な考え方になっています。
簡単に解釈をしていくと、「例え間違っていることであっても、それが党に合ってると言われたら間違いだと認識しながらも信じなくてはいけない」といった思想のことです。
これは「1984」では党による支配を完璧にするために使われる手法の一つで、この国の多くの人は党の教育によってダブルシンクを無意識の内に使い、党を妄信的に信じ続けながら生活をしていました。
そしてダブルシンクを使えてない人たちは思想犯として捕らえられ、拷問じみた教育をされることでダブルシンクを強制的に身に付けさせられます。
ウィンストンは始め、「自由とは、2+2は4だと言えることだ」という思想を持っていましたが、教育という名の拷問によって「2+2は党が言うのであれば5になる。3にも、同時に4にでもなりうる」という考え方に矯正されてしまいました。
まとめ
映画「1984」は後に登場するディストピア映画の開祖ともいえる映画です。
そして原作者、ジョージ・オーウェルによって描かれた退廃的な世界観を実写で忠実に再現した作品でもあります。
また、アメリカでは2017年に大統領に就任したトランプ大統領の発言によって注目されるようになり、再ヒットを果たした作品です。
ディストピアな世界観が好き、バッドエンドで終わる映画が好きという方には特におすすめの映画になっています!