
「マトリックス」は1999年に公開されたウォシャウスキー兄弟(現在は共に性転換して姉妹)による革命的なSF映画です。
現実と思われている世界が、実はコンピューターに支配された仮想空間で、人類はエネルギー源として培養されているというショッキングな内容になっています。
設定だけではなく、武術指導を招いて作られたカンフーシーンや独特のSFXなど、視覚的な要素でも先進的な作品でした。
また哲学や宗教など、興味深いエッセンスが織り込まれている本作に秘められた謎を考察していきましょう。


マトリックス(1999年)
トーマス・アンダーソンは普通のプログラマーとして過ごしていたが、裏の顔はネオというハッカーであらゆるコンピューター犯罪に手を染めていた。
日常の中で、「これは夢なのではないか」というイメージを抱くが確証を得られず過ごしていたネオに、ある日メッセージが届く。
差出人であるトリニティーにモーフィアスという人物を紹介されたネオは、本当の現実を知るかこのまま過ごすかの選択を迫られ、現実を見ることにする。
するとネオは機械が自分を培養器に入れて搾取していた事を知り、機械に反抗する組織の一員として、人類を救済する戦いに身を投じることになる…。
マトリックスの基礎知識
日本のサブカルチャーなどに造詣が深いウォシャウスキー兄弟のオタク熱がこの作品を生みました。
2人が「マトリックス」を作るための要素となっていった知識についてお伝えしていきます。
ジャパニメーションからの影響
ウォシャウスキー姉妹は、ジャパニメーションの影響を色濃く受けており、映像表現のアイデアとして数々の作品が引用されているのです。
大友克洋監督の「AKIRA」(1988年)から始まり、川尻善昭監督の「獣兵衛忍風帖」(1993年)や押井守が監督した「攻殻機動隊」(1995年)などになります。
特に「攻殻機動隊」は配給元のプロデューサーに映画を見せ、その作品を実写化すると意気込んで本作は作られました。
劇中での電脳への接続や緑色のプログラムコードなど、影響を色濃く感じるのです。


4ヶ月のカンフートレーニングを積んでクランクイン
武術指導には香港映画で数多くのカンフー映画に携わってきたユエン・ウーピンが指名されました。
ユエンが引き受ける時の条件は、役者たちにカンフーのトレーニングを積ませ、納得の行くところまで鍛錬できたら撮影する、というものでした。
特にキアヌ・リーブスは4ヶ月間ものトレーニングを詰み、未経験から劇中のアクションがこなせるようになるまで急成長したのです。
そして本作が登場したことで、ハリウッドではカンフーやワイヤーアクションが一般的になっていきました。
このことからも後世への大きな影響を持っている作品であるといえます。
香港映画へのオマージュ
カンフーだけでなく、香港映画へのオマージュが見られるのも映画オタクであるウォシャウスキー兄弟ならではです。
サングラスを掛け、ロングコートを着て二丁拳銃で銃撃戦をするあたりは「男たちの挽歌」の影響を感じます。
ウォシャウスキー兄弟がジョン・ウーのファンっであることを公言しており、ファンとしては見ておきたい作品です。
バレットタイム撮影が確立した
本作ではネオが能力に目覚め、エージェントの銃弾を避けるシーンを始めとして、バレットタイムでの撮影が登場します。
バレットタイムは被写体の周囲にカメラを並べ、被写体よりも早く撮影することでスローモーションの間に被写体を回り込む映像が撮れるという技術です。
似たようなアイデアの技術はすでにあったのですが、撮影方法として確立したのはマトリックスが初めてになります。
公開当時、弾を避けるネオのマネをした人がたくさん出たのですが、それもうなずける強いイメージを感じるのです。
マトリックスと宗教
マトリックスに登場する登場人物はキリスト教やユダヤ教を知るものが見ると興味深い構造になっています。
ややこしくない範囲でマトリックスに使われている宗教観を解説していきましょう。
ネオの本名
ネオはトーマス・アンダーソンという名前ですが、このトーマスとはキリストの12使徒である聖トマスを現しています。
疑い深いトマスと言われ、キリストが復活した際に自分の目で確かめてその存在を認めたという逸話があるのです。
現実に対して常に疑念を持っているトーマスが、新たなる救世主になるというのが本作の構図になります。
ネオはキリスト
キリストは奇跡を起こし(弾を避ける)、一度死んでから復活を遂げるところがネオと共通しています。
またネオはアナグラムすると”NEO”から”ONE”になり、キリストを指す言葉になるのです。
ハッカー時代のネオが顧客に”救世主”だといわれるのも、キリストを暗示しています。
ザイオンとトリニティー
人類最後の都市ザイオンは、エルサレムをさすZION(シオンとも読む)から来ています。このことからも旧約聖書からの引用を感じさせます。
トリニティーは父(神)と子(キリスト)と精霊の”三位一体”を表す言葉で、モーフィアスとネオ、トリニティーの3人が1つで完全になることを指すのです。
このように様々な宗教観が入っていることが分かり、ストーリーに深みを与えています。
マトリックスと東洋思想
マトリックスは西洋的な宗教思想、哲学の他に東洋の思想も織り込まれています。
観客へのメッセージとして送られている要素をピックアップしてお伝えしましょう。
リインカーネーションと色即是空
過去にも救世主がおり、ネオは新たな救世主であると伝えられるシーンは、リインカーネーションすなわち転生を意味しています。
またマトリックスの世界が色、現実世界が空と考えると、「色すなわちこれ空なり」つまり全ては空想だという、色即是空を伝えてきたブッダの教えにもつながるのです。
このように仏教の影響を随所に感じさせ、見るものへの問いかけとなっています。


禅を感じさせる少年の問いかけ
オラクルの所に居た少年がスプーンをを曲げているシーンで、曲がるのはスプーンじゃなくて自分自身だとネオに伝えるシーンがあります。
動いているのは幡(はた)でも風でもなく、それを見ている人の心だという禅問答の「非風非幡」を思わせる問いかけです。
オタクとしてあらゆる知識に造詣が深いウォシャウスキー兄弟だからこそできた表現といえます。
なぜカンフーが取り入れられたか
「マトリックス」ではネオたちがカンフーを使って戦いますが、これはアクションとして取り入れただけではありません。
鍛錬こそが精神の壁を超えるという中国武術の思想がメッセージとして込められているのです。
この思想によってマトリックスの常識を超えていき、超人的な能力を引き出せるんだと伝えています。
つまり常識にとらわれず、精神の壁を超えていけば未来が変わるという観客へのメッセージになっているのです。
選択することで未来が決まる
本作ではネオが選択を迫られるシーンが繰り返し登場します。
重要なキーワードとして登場する”選択”のシーンについて解説していきましょう。
マトリックス内部で発生する選択
最初の”選択”は遅刻するトーマス(ネオ)が、会社の上司に二度と遅刻をしないか、会社を辞めるかを迫られるシーンです。
モーフィアスから錠剤を”選択”するように仕向けられるなど、ネオ自身の選択シーンで世界が変わっていくことが分かります。
マトリックスが機能するために必要なことが「選択」
人類が電脳データとして暮らす世界がマトリックスです。この世界は何度かの調整を経て現在のバージョンになっています。
最初のマトリックスは完全な理想郷をデザインしましたが、人類は受け入れることが出来ず崩壊しました。
人類には不幸や苦しみがないと現実として認識できなかったのです。
人類に違和感を覚えさせること無くマトリックスで生活するために、機械の神は”選択”という要素を取り入れました。
これによってマトリックスは無事機能し始めましたが、一定数のエラーを引き起こす可能性が発生したのです。
エラーが起きた人類は培養槽からパージされ、救助されたものがザイオンの住人となり、マトリックスへの反逆者が増える結果になりました。
オラクルが説く「選択」の重要性
予言者としてマトリックスで人類を導くプログラム、オラクルはネオに対して「運命を信じるな、自分で選べ」と伝えます。
プログラムとして確定している未来を予言するオラクルですが、ネオには未来を超える力があると感じたのでしょう。
救世主になる選択
モーフィアスが危機に陥ったとき、ネオは運命を感じ助けに行く”選択”をします。
自分の命をなげうって、仲間を助ける選択をすることで一度ネオは死亡し、トリニティーの愛を受けて復活するのです。
この”選択”が結果としてネオを救世主たらしめました。
本作の続編となる「マトリックス・リローデッド」「マトリックス レボリューションズ」でも”選択”は重要なキーワードとなるので、チェックしましょう。
まとめ
2000年代の映画に絶大な影響を及ぼした金字塔的SFアクションがこの「マトリックス」です。
マトリックス以前、マトリックス以後に分けられるほどにその存在は大きな作品だと言えます。
すでに鑑賞済の方はもう一度、未鑑賞の方はこの機会に是非再生リストに加えてみてはいかがでしょうか。