魔界転生

「魔界転生」は山田風太郎の時代伝奇小説が原作の映画で、2回映画化されていますが、今回取り扱うのは1981年の深作欣二監督版です。

主演は千葉真一と沢田研二が務め、時代劇としては異例の女性人気を誇る作品となり、上映初週は大行列が出来るほどの評判を呼びました。

海外では「Samurai Reincarnation」のタイトルで発表され、国内外に多くのファンを持つことになった「魔界転生」をネタバレ・考察していきます。

魔界転生(1981年)

寛永15年(1638年)のキリシタン弾圧に端を発する島原の乱で、天草四郎時貞を始めとする2万人近いキリシタンが討伐軍に惨殺された。

しかし悪魔ベルゼブブの力により蘇った四郎は、徳川幕府に復讐するべく、自分と同じく現世で無念の死を遂げた者たちを魔界衆に引き入れていく。

江戸に向かう四郎と魔界衆に加わった剣豪たちの存在を知った柳生十兵衛は江戸にいる父・宗矩に書状を送り、自らは四郎たちを追うのだが…。

魔界転生(ネタバレ・考察)

「魔界転生」は名役者ばかりを揃えており、深作監督の手腕と人徳が伺えます。

千葉真一と沢田研二は最初から決まっていましたが、助演に緒形拳や室田日出男、丹波哲郎といった実力派俳優を配置し、スキのない布陣です。

伝奇時代劇というエンターテインメントとしての演出も、観るものの想像を超えるような工夫がされており、魅力に溢れています。

そんな「魔界転生」のトリビアをお伝えしていきましょう。

若山富三郎の提案した転生者の演技

魔界衆になった宗矩は、まばたきをしません。このことから人間ではない不気味なイメージが伝わってきます。

この演技は宗矩を演じた若山富三郎の提案だそうです。

魔界衆に転生した後の宗矩は全くまばたきをせず、見開いたままの視線で観るものを威圧します。

炎上シーンは実際にセットを燃やしている

クライマックスの天守閣炎上は実際にセットを燃やして撮影されており、時代劇屈指の名シーンとして名高いです。

このシーンで対決した十兵衛役の千葉真一と宗矩役の若山富三郎は水をかぶってセットに立ち、熱気に襲われる中、何時間もの撮影に耐えました。

また天草四郎を演じた沢田研二は手の甲にやけどを負うなど、非常に危険な現場だったことが分かります。

その結果、現代では危険すぎて撮影許可が降りないような大迫力の炎上シーンを楽しめるのです。

多くのトラブルに見舞われながら大ヒット

クライマックスの炎上シーンでは千葉真一、沢田研二の両名ともにやけどを負うなど、本作の撮影はトラブル続きでした。

胤舜役の室田日出男や武蔵役の緒形拳は殺陣の撮影中に怪我をしてしまい、また若山富三郎は殺陣の激しさから腰を痛めてしまいます。

京都郊外のロケハン中にスタッフが死体を発見するなど、事件が立て続けに起きたため、制作指揮の角川春樹自ら神官になってお祓いの祭事が執り行われたのです。

トラブルが起きた映画はヒットしないと言われていましたが、このジンクスを打ち破り観客動員数200万人・配給収入10億5000万円を計上しました。

これは1981年に公開された邦画の中では第7位、洋画も含めると第9位と健闘しています。

収録前に祭事はしていましたが、あまりに呪われているということもあり、宣伝を兼ねてもう一度お祓いすることになったのです。
魔界の呪いでしょうかね…。でも、トラブルを宣伝に使うあたり、すごいですね。

史実に沿って進む?魔界転生

作中で語られる島原の乱を筆頭に、江戸時代の歴史を追うように進む「魔界転生」は、明暦の大火でクライマックスをむかえます

人物や事件の歴史を知っているとより楽しめるので、歴史と作中の情報を比べながら考察していきましょう。

細川ガラシャの因縁

歴史上でいうと、細川ガラシャは細川忠興の妻でしたが、石田三成に人質になるよう請われてこれを断り、家臣に介錯されて亡くなりました。島原の乱の38年前です。

「魔界転生」では人質に取られたところまでは同じですが、夫に見捨てられたガラシャが無念のあまり魔界転生を受け入れ最初の魔界衆になります。

ガラシャの登場は原作にはない映画のみでの改変ですが、原作者の山田風太郎は非常に驚き、感心したそうです。

天草四郎との共通項にキリシタンであること、非業の死を遂げたことがあるなど、登場する理由は色濃くあります。

明確な理由で復活するガラシャの存在が、無念を抱えた死者は天草四郎の手で転生するという設定を解らせてくれるのです。

剣豪たちが多く没した1640年代

宮本武蔵、柳生宗矩、宝蔵院胤舜は史実としては1645年から48年の間に立て続けに亡くなっています。

不思議な因縁を感じずにいられません。史実は小説より謎めいているのです。

「魔界転生」の劇中と擦り合わせるなら、天草四郎が島原の乱の後に復活し、武蔵や胤舜そして宗矩を魔界衆にしたと考えれば歴史とリンクしていると理解できます。

天草四郎が蘇って魔界衆を操っている時点で創作ですよね? 宗矩が仕えてるのも家光じゃなくて家綱ですし…。
クライマックスが明暦ですから! 創作はディティールが大事。破天荒と思われがちですが、意外と歴史も拾っていることにも注目してほしいですね。

明暦の大火と徳川家綱

江戸城の天守閣をも燃やし尽くした明暦の大火は、1657年に起きた大災害で、地震や戦争などの被害を除いた被害の中では最大の火災です。

原因は諸説ありますが、「魔界転生」では江戸城の失火から街全体が燃えていく設定になっています。

乱心したガラシャが燃えた天守閣に当時の将軍である家綱を連れて上がり、火の海に飛び込んで心中する最期は見ごたえがあります。

妖刀村正伝説

「魔界転生」では丹波哲郎が魂を込めて魔物を斬る妖刀を打つのですが、精根尽き果てて死んでしまいます。

胤舜や武蔵を葬った妖刀は実在するのでしょうか

史実では、村正は1521-1555年頃に活躍した名工で、その切れ味の鋭さが人気になり三河武士がこぞって買い求めたという逸話があり、1668年までは名跡があったと記されています。

その結果、三河出身の徳川家康も家宝として二振りの村正を所有しますが、徳川家の周囲で村正の刃傷沙汰が頻出し、村正の呪いとして忌避されました。

これは前述の通り三河武士が村正を多く使っていたため、必然的に徳川の縁あるところで村正の事故が起きたというのが現代の説で、呪いというのもいわゆる風評被害です。

ただ家康の死後、三河武士の間で忖度が起き、自然と使われないようになっていったらしいと史書にはあるので、当時はまことしやかに語られていたのかもしれません。

このディティールをもとに妖刀伝説を組み込み、有り得ないものを斬る妖刀として村正が描かれているのです。

十兵衛と武蔵の対決について

基本的に暗い色調で描かれている「魔界転生」のなかで、美しい青空の下で撮影されたのが十兵衛と武蔵の決闘シーンです。

なぜこのシーンだけ明るいカラーで描かれているのか考察していきましょう。

暗いトーンの本編と対比する意味で作られた?

監督はあえて武蔵との対決は鮮やかな空の下で描いたように思えます。色の対比でこの戦いが印象に残るようにしたのではないでしょうか。

全体を通して色鮮やかなシーンが限定されるため、観るものに強くイメージが残るのです。

ここで新国劇出身だった武蔵役の緒形拳は剣劇で鍛えた太刀さばきを見せ、見事に散ります。

仰向けに倒れ、波にさらわれていく武蔵は本作でも屈指の名シーンです。

過去作品のオマージュとして織り込まれた

舟島で武蔵と一騎打ちをするのは、佐々木小次郎と宮本武蔵の巌流島対決に由来し、この決闘といえば海岸で日中に対決と相場が決まっています。

舟島は巌流島の本来の名前で、武蔵にとって最終決戦であるということを意味しているのです。

そしてこの対決シーン自体が、中村錦之助出演の「宮本武蔵 巌流島の決斗」(1965年)のオマージュといえます。

波打ち際を走りながら両者が対峙するのも同作のオマージュで、印象的なシーンとして観客の記憶に残るのです。

宗矩と十兵衛の殺陣に見える美学

燃え盛る江戸城の中で柳生十兵衛と柳生宗矩が相対するシーンは、本作のクライマックスといえます。

日本屈指の殺陣を誇る千葉真一と若山富三郎が作り出した、歴史に残る山場を考察していきましょう。

乱心した宗矩の立ち回り

ガラシャが家綱を連れ回し、炎上する江戸城を駆け抜けていくシーンでは、宗矩が彼女をサポートするかのように家臣たちを切り捨てます。

宗矩は十兵衛と対決する舞台を邪魔されたくない、ふさわしい場面を作り出したいという一念で天守閣まで登るのです。

村正を持ってばったばったと家臣たちをなぎ倒していくさまは50歳にして全くキレが衰えておらず、鬼気迫るものがあります。

この時の1対多数の殺陣は、当代随一の殺陣を見せられる若山富三郎だからこその美しさを感じるのです。

十兵衛との決闘

息子としてではなく、一人の剣士として立ち会いたかったという一念で転生した宗矩は、十兵衛と相対して抜刀します。

このとき宗矩と十兵衛は、同じように刃を縦に構えて手を添える仕草を見せますが、すぐに別の構えになるのです。

ここは十兵衛と宗矩が柳生新陰流の同門であることを同じ構えで伝えています。

その後、それぞれの剣士としての個性を出していくために構えが変化していくという美しいシーンなのです。

殺陣に長けている両者の緊張感が走るアクションは、時代劇屈指といえるでしょう。

後世への影響

本作に登場したキャラクターはどれも異彩を放っており、その存在感から国内外に大きく影響を与えました。

いかにして現代まで影響を与えたのか、作品を挙げながらお伝えしていきます。

「アベンジャーズ」のニック・フューリーは隻眼でアイパッチを着けていますが、サミュエル・L・ジャクソンはニックを演じる際に千葉真一の十兵衛を参考にしたそうです。

「アベンジャーズ」は数多のマーベル映画ヒーローが一堂に会する豪華な作品になります。

アイアンマンやソー、キャプテン・アメリカなど名だたるヒーローたちをまとめ上げる質実剛健な男としてニックは存在感を放つのです。

それが日本の深作欣二作品に影響を受けるというのは、本作の評価を高めるのに値する事実ではないでしょうか。

天草四郎のイメージが確立した

辻村ジュサブローによって華美にデザインされた天草四郎のイメージは後のゲームなど様々な媒体で受け継がれ、天草四郎といえば「魔界転生」のイメージが強く残りました。

特にゲーム「サムライスピリッツ」で登場する天草四郎は「魔界転生」に登場する天草四郎と酷似した華美なデザインで、影響の強さを感じるのです。

その結果、現在多くの人がイメージしている”天草四郎”は、知ってか知らずか「魔界転生」をベースに描かれることが多いといえます。

まとめ

怪しい世界観と豪華俳優陣による切れのあるアクション、そして重厚な殺陣が混ざり合って成立しているという稀有な本作。

日本の時代劇を語る上で外せない作品になっていますので、80年代の名作を掘り起こすと言う気持ちで鑑賞してみてはいかがでしょうか。

きっと出演俳優陣と、深作監督のファンになること間違いなしです。

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