
映画「犬鳴村」は2020年2月7日に公開されました。
主演は「ダンスウィズミー」(2019年)などの代表作を持つ期待の若手女優・三吉彩花で、監督は「呪怨」「呪怨2」(2003年)「樹海村」(2021年)などのホラー映画を手掛けた清水崇が務めました。
日本最凶の心霊スポットと呼ばれる福岡県の旧犬鳴トンネルと、都市伝説として話題を集める「犬鳴村伝説」の謎を追う女性達の恐怖体験を描いた、ジャパニーズ・ホラーです。
今回は映画「犬鳴村」から犬鳴村にまつわる都市伝説を挙げながら、奇妙なわらべ唄の秘密や、犬鳴村にまつわる過去をご紹介していきたいと思います。
犬鳴村(2020年)
臨床心理士として病院で働く森田奏(三吉彩花)の周りで、ある日突然奇妙な出来事が起こり始める。
不思議なわらべ歌を口ずさみながら突然死した兄の恋人、行方不明になった兄弟、次々と起こる変死事件。
「トンネルを抜けた先の村で××を見た…。」という兄の恋人の最期の言葉を元に奏は、真相を突きとめるため、犬鳴トンネルへと向かう事となる。
しかし、そこには想像を絶する恐怖が彼女を待ち受けていた。
奏の運命は!?果たして彼女は無事に生きて帰れるのか…!?
犬鳴村(ネタバレ・考察)
出典 : nishinippon.co.jp

福岡県に実在する旧犬鳴トンネルはその昔、犬鳴谷村というある集落に続いていました。
今はトンネルは封鎖され、通る事はできませんが、ここには様々な都市伝説が存在しています。
そのうちのいくつかをご紹介していきます。
トンネルの前に“白のセダンは迂回して下さい”という看板がある
なぜ白のセダンなのか?それも謎ですが、昔、若いカップルが面白半分で犬鳴村に入り、惨殺されたという話があります。
この白いセダンに乗っていたのが、そのカップルだったのではないか?という噂がまことしやかに囁かれているのです。
要するに、これはこの村に入ると、そのカップルのように殺されます、という警告文だといえます。
誰が、何の目的でこの若い二人を殺したのかは謎ですが、肝試し感覚でそういう場所には行かないというのがベストな選択です。
村の入り口に「コノ先 日本国憲法 通用セズ」という看板がある
現在、トンネルの入り口は封鎖されているので、通る事は出来ませんが、トンネルの出口にこういった看板が掲げられているのだとか。
日本国憲法が通用しないという事は、これもまた自分の身に何が起こっても保障しません、という忠告だといえます。
村人は存在するのか、それも全くの謎ですが、恐怖を煽るような文言です。
また、犬鳴村は日本の行政記録や地図から完全に抹消されているという話もあります。
全ての携帯電話やスマホが圏外になる
何故、圏外になってしまうのか、これも謎です。
山奥だから、という説もありますが、外部との連絡手段が一切遮断されてしまうというのは、想像を絶する恐怖といえます。
自分に何が起こっても誰の助けもないのです。
トンネル付近にある公衆電話に女の幽霊が出る
この公衆電話は今は撤去されてしまったとの事ですが、この場所で女性の幽霊を見たという情報がたくさんあるのだそうです。
また、電話から女の声が聞こえたりと、不気味な話が盛りだくさんとなっています。
そしてこの公衆電話の近くにコンビニがあるとの事なのですが、そこからは普通に電話はかけられるものの、警察には何故か、電話が繋がらないのだそうです。
謎が謎を呼ぶ、不思議な現象といえます。
ここでご紹介した事は、全て都市伝説です。なので事実ではありません。信じるか信じないかは、あなた次第です!!


奇妙なわらべ唄の意味
「くさかろ わるかろ
こめこもできなきゃ ふたしちゃろ ふたしちゃろ
わんこがねぇやにふたしちゃろ
あかごはみずにながしちゃろ」
犬鳴村に足を踏み入れ、恐怖を体験しながらも奇跡的に村を脱出した奏の兄・悠真とその恋人・明菜。
しかし明菜は完全に精神に異常をきたし、このわらべ唄を歌いながら最終的には鉄塔から身を投げ亡くなります。
「わんこがねぇやにふたしちゃろ」の、ねぇやの部分は“寝屋”か“姉や”のどちらか、もしくは両方の意味を持ち、犬と人間の交わりを示しているのです。
そして、「あかごはみずにながしちゃろ」の、みずにの部分は“見ずに”もしくは“水に”の意味を持ち堕胎の事を指しています。
明菜は悠真の子供を身籠っていました。
明菜が亡くなったのは犬鳴村の祟りで、明菜が死ぬ=お腹の子も死ぬという事なので、ここは遠回しに明菜が堕胎したという意味を含んだ表現といえます。
一度聞いたら頭から離れなくなるような、この奇妙なわらべ唄は清水崇監督が自ら作詞したものなのだとか。
犬鳴村の人々は臭いものに蓋をする、というこの村の風潮を自虐的に歌う事で、自らの出自への恨みや日常生活の苦しみ悲しみを慰めあっていたのです。
死因が〇〇だった理由とは!?
犬鳴村に近付いたのを機に、奏やその兄弟は人が犬の形相と化した“イヌビト”に追いかけられます。
しかし、襲われて死に至った人々の死因は噛み殺されたわけではなく、何故か皆溺死でした。
その理由について考察していきましょう。
犬鳴村はダムに沈んだ村だったから
犬鳴村はダム建設で村人の反対意見も聞かずに、無理矢理ダムの底に沈められた村でした。
とある企業の人々が、最初は良い人を装って村人に近付き、村人を信用させた後ダム建設を強引に進めていったのです。
要は村人たちは騙されたといえます。
その怒りは何年経っても消える事はありませんでした。
村人に殺された人々が溺死だったのは、自分達が愛し、慕っていた村を無きものにされてしまった無念さを晴らしたかったからではないかといえます。
一方的に企業が決めた事で、自分達の愛する故郷を守れなかった事を村人達は心から後悔し、また憤慨もしました。
自分達に近付いてくるものは皆、信用できず排除の対象とみなしたのです。
自分達の思いも水に流されてしまったから
ダム建設により、村人達が失ったものは、自分達の愛する故郷だけではありませんでした。
それは自分達の“想いや心”もです。
犬と人間が交配している、などと嘘をでっち上げ、犬鳴村に関する悪評を流し、企業の人々は犬鳴村の人達を他の地域から孤立させていきました。
そういった嘘は村人の心をひどく傷つけたといえます。
そういった経緯で村人達は姿を変え“イヌビト”となったのです。
自分達の想いがダム建設によって藻屑の泡となって消えたように、村人は人を信じる事も忘れたのです。
公衆電話からゴポゴポと水の音が聞こえるのも、ダム建設によって行き場所を失った村人達の無念さを表す伏線となっています。
ラストシーンが意味するものとは?
この「犬鳴村」という映画のラストは、奏の口元から犬の牙のようなものが見えるところで幕を閉じます。
このラストシーンが意味するものとは“呪われた血筋からは逃れられない”という意味を持っているのです。
奏の母方の祖母は実は犬鳴村出身の人間でした。
血筋には逆らえず、奏もまた人間という仮面を被った“イヌビト”として生きていくのだといえます。
そして、このラストシーンのもう一つの意味とは、この映画をただの感動ムービーで終わらせないというところにあります。
「あ!この映画ホラーだった!」と観客に最後の最後で思い出させる仕組みとなっているのです。
奏が今後イヌビトとしてどんな風に生きていくのか、ラストのその後を想像させる展開となっています。
観客にラストのその後を想像させる事で、映画に奥行きや深みを持たせているのです。
エンドロールに女性の顔が!?
ブロック塀で閉鎖された旧犬鳴トンネルが、エンドロールで映し出される描写があります。
そのブロック塀の隙間に女性の顔が映っているとの情報が!!
確認してみると、確かに女性の顔らしきものが映っています。
ホラー映画に霊の姿が映り込む事は稀にあるようなので、エンドロールまで見逃せません!!


「犬鳴村」恐怖回避バージョンとは?
出典 : amazon.co.jp
「犬鳴村」の公開前に、本編の冒頭8分間に可愛い犬が登場したりと加工を施した映像が一週間限定でSNSで流されました。
するとこれが、ホラーが苦手な人でも観られる!発想が面白い!と大反響を呼び、これがきっかけで「犬鳴村 恐怖回避バージョン」の制作が行われる事となったのです。
本作の128分間全編にわたって、可愛い犬達が登場、効果音が付け足される、恐怖シーンをカウントダウンで伝えるなどの加工が施され、何とも斬新な発想となっています。
これまでホラーを敬遠していた人でもこれなら本作を違った視点で観られる事間違いなしです!
また、ホラーを好んで観る人にもぜひ観てほしい一本となっています。
「犬鳴村」「犬鳴村 恐怖回避バージョン」両方を観てその違いを楽しむのも有りといえるでしょう。
宮若市民の人たちの反応は!?
映画「犬鳴村」の公開によって、福岡県宮若市民に住む人達の反応は様々だったようです。
宮若市の有吉哲信市長は、心霊スポットが注目され、少し複雑な気持ちになったとの胸中を初日舞台挨拶の時に明かしました。
宮若市はたくさんの自然で溢れ、家族で遊べるスポットや、温泉もあったりと素晴らしい場所です!
心霊スポットだけでなく、他のものに目を向けて街の活性化の為に宮若市を訪れるのも一つの案です。
日本各地に心霊スポットと呼ばれる場所はありますが、騒音やゴミ問題などで近隣の住民の方に迷惑をかけるといった話もちらほら耳にする事があります。
ホラー体験は映画内にとどめておくのがまさにベストと言えるでしょう。
まとめ
以上、映画「犬鳴村」から都市伝説を交えながら、本作で重要な意味を持つわらべ唄の謎や、登場人物達の死因等について書いてきましたが如何でしたでしょうか!?
本作はただ怖いだけでなく、家族の血筋を描いた深いテーマを持つ映画です。
ただのホラーにとどまらず、ほろりと泣ける部分もあります。
友達や恋人同士で観るのも有りですが、大切な家族とお家シネマで楽しんでみる、というのも一つの意見として参考にしてみて下さい。