
「グラン・トリノ」は2008年のアメリカ映画で、日本では2009年4月25日に公開されました。
本作品は「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)以来、アメリカ映画界の巨匠、クリント・イーストウッドが4年ぶりに監督・主演を務めた珠玉の人間ドラマとなっています。
周囲の人に心を開かない人種差別主義者の偏屈な老人が、隣に引っ越してきたとある家族との触れ合いの中で、人生において大切なものを見出していく感動作です。
映画「グラン・トリノ」から作品のトリビアを交えながら、一人の孤独な老人が人の温かさを知り、大切な人々を自分の命を懸けて守り抜く姿を紹介していきます!!
グラン・トリノ(2008年)
元・軍人のウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は妻に先立たれ、その頑固さや偏屈な性格から家族や周囲の人物から嫌われていた。
そんなある日、ウォルトは隣家に住むモン族の少年タオ・ロー(ビー・ヴァン)がウォルトの愛車であるグラン・トリノを盗もうとしている場面に遭遇する。
タオのその行動は、ギャングのリーダーである従兄の指示によるものであった。
その事件をきっかけに、ウォルトとタオの間には次第に年齢を超えた友情が芽生えていき、それぞれの人生に大きな変化をもたらしていく。
しかしある時ウォルトは、自分が余命幾ばくもない事を知り…。
グラン・トリノ(ネタバレ・考察)
「グラン・トリノ」は世に多くの名作と呼ばれる映画を生み出した、クリント・イーストウッドの俳優人生の到達点とも呼べる作品です。
ここでは「グラン・トリノ」に携わったスタッフや登場人物達の魅力をご紹介していきたいと思います!!
無名の脚本家の華々しいデビュー作!
「グラン・トリノ」の脚本を手掛けたのはニック・シェンクです。
彼にとって本作は映画脚本家としてのデビュー作となっています。
比較的、遅咲きの脚本家といえますが、「グラン・トリノ」の興行収入は290億円と高い数字を記録しており、いかにニック・シェンクの脚本が素晴らしいものであったかという証明ともいえます。
本作は第80回ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞のオリジナル脚本賞を受賞し、話題を集めました。
クリント・イーストウッドとニック・シェンクは2018年に公開された映画「運び屋」で二度目のタッグを組んでいます。
「運び屋」はクリント・イーストウッドが10年ぶりに監督・主演を務めた映画となりました。
「グラン・トリノ」は超えられませんでしたが、188億と、こちらも非常に高い興行収入となっています。
ハリウッドが誇る偉大な俳優、クリント・イーストウッドと、彼にその才能を見い出されたと言っても過言ではないニック・シェンク。
この最強タッグが手掛ける映画をまた観たいものです!!
カイル・イーストウッドが音楽を担当!
クリント・イーストウッドの息子で、プロのジャズベーシストとして活躍しているカール・イーストウッド。
作曲家、映画音楽作家としての顔も持ち、「グラン・トリノ」の他に「硫黄島からの手紙」(2006年)「インビクタス/負けざる者たち」(2009年)などクリント・イーストウッドが監督を手掛けた映画の音楽を担当しました。
ジャズをこよなく愛する父親の影響でミュージシャンを目指したというカール・イーストウッド。
映画内で使用される音楽を巡って、クリント・イーストウッドと熱い議論を交わすこともしばしばあるのだとか。
親子関係は良好で、カイル・イーストウッドは偉大な父の事を心から尊敬しているようです。
タオ役を演じたビー・ヴァンは一般人!?
本作にはモン族と呼ばれる民族が登場します。
モン族には二つのグループがあり、「グラン・トリノ」に登場するモン族の人達は中国の雲貴高原、ベトナム、ラオス、タイの山岳地帯に住む民族集団で、ミャオ族の下位グループに属する人々です。
ベトナム戦争でアメリカに味方をし、共産主義勢力による報復を恐れ、アメリカへと逃げてきたという背景を持ちます。
クリント・イーストウッド演じるウォルトの近隣住民として登場するモン族の人々ですが、そのほとんどは一般人、もしくは無名の俳優なんだとか!
モン族の真の姿をスクリーンを通して伝えたいと考えていたクリント・イーストウッドは、モン族の俳優を起用する事を最初から決めていました。
ウォルトと心を通わせていく少年・タオ役を演じたビー・ヴァンも、モン族出身の一般人です。
ビー・ヴァンは厳しいオーディションを勝ち抜いてタオ役に選ばれました。
演技経験もゼロからのスタートとは思えないほど、ビー・ヴァンの演技は輝いていて、彼を抜擢したのは大成功といえます。


俳優、クリント・イーストウッド見納めの映画!?
クリント・イーストウッドは本作を最後に俳優業を引退し、監督業に専念しようと考えていたのだとか。
しかし後にインタビューで、演じたい作品があれば俳優業にも戻ってきたいという趣旨の発言もしており、俳優業にはまだまだ未練もあるようです。
2012年に公開された「人生の特等席」では監督兼務ではない作品に約19年ぶりに出演し、話題を集めました。
2021年現在、90歳という年齢を感じさせない偉大な俳優クリント・イーストウッド。
これからも、スクリーンの前で観客達をドキドキ・ワクワクさせてほしいものです。
ウォルトの心情を変えていったものとは?
人種差別主義者で、口の悪さやその凝り固まった考え方から、家族からも慕われていないウォルト。
彼の心情を変えていったものとは一体何だったのでしょう?
そこを考察していきます。
きっかけは一人の少女の優しさ
ウォルトの隣家に住む、タオの姉であるスー。
スーが不良に絡まれていたところを、偶然通りかかったウォルトが助けたところから、二人の心の交流が始まりました。
しっかり者で心優しいスー。
モン族であるスー達の存在を最初は差別的な目で見ていたウォルトですが、スーの優しい人柄に段々と心を開いていきます。
スーはおそらくウォルトの孤独を見抜いていたのではないでしょうか。
家族はろくに訪ねて来ず、相棒は一匹の犬だけ。
そんなウォルトをスーは放っておけなかったのです。
モン族の人々が集まるホームパーティーに招待したりと、何かとウォルトの事を気にかけるスー。
スーの優しさがウォルトの凝り固まった心を次第にほぐしていったのです。
タオのひたむきさ
スーの弟であるタオは内気で引っ込み思案な性格の少年です。
その性格からか、ギャングのリーダーである従兄に度々悪事に誘われます。
しかしタオは悪いことや曲がった事を嫌う少年でした。
そんなタオを気にかけ、人生において大切な事や、女性の口説き方まで教えるウォルト。
実の孫から敬遠されているウォルトは、スーやタオという存在と出会えて心底嬉しかったといえます。
父親がいない為、ー家の大黒柱になりたいと考えるタオ。
タオの一生懸命な姿を見て、ウォルトはそのひたむきさに胸を打たれたのです。
そして、タオやスーの事を次第に自分の家族のように感じるようになっていたといえます。
モン族の人々の心の温かさに触れるうちに、人と人は人種を超え、分かり合う事もできるのだとウォルト自身も学んだのです。
何故、丸腰でギャングの元に行ったのか?
ある日、スーが陵辱され、タオ達が住む家にギャング集団が銃弾を打ち込むという事件が起きます。
この出来事に憤慨したウォルトは丸腰でギャング一味のアジトに乗り込んでいきます。
銃を持たずに一人でギャング達に挑んだ理由とは何だったのでしょう?
タオに殺しをさせない為
朝鮮戦争で、人を殺した経験のあるウォルトは、その影響でPTSDを患っていました。
戦争という特殊な状況ではあるものの、ウォルトは人を殺めるという自分と同じような想いをタオにはさせたくなかったのです。
タオがギャングの元に行けば、姉のスーの仇討ちをしようとする事は間違いないでしょう。
その反対に、タオがギャングの手によって殺されてしまう可能性もあります。
ウォルトがタオを地下室に閉じ込め、一人でギャングに挑んだのは、タオに殺しをさせないのと同様に、自分の命を第一優先に考えてほしかったからといえます。
戦争で多くの人の命を奪ったウォルトは、誰よりも命の重みをわかっていたのです。
ウォルトは相手がどんな人物であれ、まだ未来ある若者のタオに、殺人という罪を背負わせたくなかったといえます。
ギャング達により重い刑罰を与える為
銃を持たずにギャング達に丸腰で挑んだのは、これはウォルトなりの計算なのです。
自分が武器を持っていたら、ギャング達の刑罰が軽くなってしまうと考えた事から、ウォルトはあえて、武器を持っていく事をしませんでした。
ギャング集団に丸腰の自分を殺させることで、より重い刑罰を与えようと考えたのです。
そして罪が重くなることで、タオ達一家からギャング達を引き離す期間が長くなる事もウォルトは視野に入れていました。
ギャング達はウォルトの命をかけた狙いに、まんまと引っかかったのです。
病に冒されている自分にふさわしい最後だと思った
作品中でウォルトが度々吐血するシーンがあります。
ウォルトは自分の命が長くはない事を悟っていたのです。
残された時間が長くはないのなら、最後くらい誰かのためになる事をしたい、そうウォルトは考えたのではないでしょうか。
ウォルトは病気が原因で孤独に死んでいくよりも、氷のように固く閉ざされた自分の心を溶かしてくれたタオ達に、最後に何かしてあげたかったのです。
主人公が自ら死を選ぶという驚愕のラストですが、そのラストがこの映画においての一番の見せ場となっています。


タオに受け継がれたグラン・トリノ
グラン・トリノとは国境を超えて世界中に名車を送り出している、フォード・モーター社の車です。
映画内に登場するのは1972年型のフォード・グラン・トリノで、ウォルトの相棒として欠かせない存在です。
アメリカがその力を世界中に示し、世界経済において先頭を突き進んでいたといえる、時代の象徴ともとれる車がグラン・トリノといえます。
ウォルトは、フォードの自動車組立工を50年という長い歳月、勤め上げてきたポーランド系のアメリカ人です。
フォードに思い入れがあるウォルトは、グラン・トリノをかつての自分の栄光と重ねてみているのではないでしょうか。
グラン・トリノの価値を知るウォルトの親族達は、それが誰に受け継がれるのかという事で多少のワクワク感を感じていました。
しかし、ウォルトの遺言状によりグラン・トリノはタオが所有する事となります。
デトロイトは昔、自動車工業で名を馳せた街でした。しかし今は移民の街へと変遷を遂げています。
ウォルトはその変遷の中で古き良きアメリカの象徴だと思っているグラン・トリノをタオに譲る事で、タオへの親愛の証を示しました。
そして、アメリカの変遷を受け入れたのです。
タオがウォルトの愛犬を隣に乗せ、グラン・トリノを運転するラストシーンはまさに感動の一言に尽きます。


まとめ
以上、クリント・イーストウッドの監督としての見事な手腕と、名優ぶりがキラリと光る映画「グラン・トリノ」について書いてきましたが、如何でしたでしょうか!?
この「グラン・トリノ」という映画はウォルトという人物の生き様とその人生の最期を描いた感動作です。
ほろりと泣きたい時におすすめの映画となっています。
人生に迷った時、何かにつまずいた時、この映画を鑑賞して心震わせて下さい!